第6話 治霊院 3
翼は話が霊能力者の仕事からズレてきているので戻すことにする。
「話がだいぶそれたから戻すか。オカルト部で基礎を鍛えて、そこのメンバーと交流してから、オカルト対策課に戻る」
「交流は必要なんです?」
「何度も仕事を共にするからな。仲良くしておいて損はないぞ。例えば強い悪霊が手下を引きつれているとき、手下は五級霊力者たちが相手することになるんだ」
「常に別行動と思ってたけど、一緒に行動するときもあるんですね。それだったら一つの組織にまとまっていればいいのに」
「オカルト対策課は政府所属で、国民よりも政府の意向を優先することがある。オカルト部の前進は政府が作ったものでも、今は警察組織に属して市民を守るためにある。微妙に方向性が違うから一緒に活動はできても、一つにするのは難しい」
「そうなんですね」
「オカルト対策課に戻ったあとは、上司から指定された仕事をこなしていくことになる。そうやって動くのは二級までで、一級霊能力者は自分勝手に動いているけどな」
一級は日本の最高峰なので、一ヶ所に縛ることなどできず、各々で自由に過ごしてもらっているのだ。
大きなオカルト事件が起これば、現場に近い場所にいる一級霊能力者に連絡を入れるという形で対応してもらう。
「おおよその流れはこんな感じか、わからないところは上司かオカルト部に行って質問するといい。しっかりと答えてくれる。次に霊能力者の仕事だが、幽霊退治や妖怪退治、各地の浄化作業や異常の点検、土地を守ってくれる霊獣や精霊などへの挨拶、温厚な妖怪の保護と隠れ里への移動といったものだな。仕事以外にも鍛錬をやる必要があるし、勉強も怠れない」
「勉強は妖怪とかの弱点を調べるとかそんな感じですかね」
「それもあるが、君だと高校の勉強もすることになるだろう」
「高校の? 霊能力者には必要ないと思うんですけど」
翼は確かにと頷いたあと続ける。
「でも俺は必要と思うし、ほかの奴も必要と答えるだろう。いいか、これからのお前は死者や人外を相手していくことになる。そういった存在を相手していると、人間社会からズレていくんだ」
「ズレですか」
「ああ、人間にはない考え方、生き方、あり方。そういったものに少なからず影響を受ける。その影響がどんどん積み重なると人間社会で生きづらくなる。行きつくところまでいくと、人外に変わることすらある。そうならないために勉強をやって、人間社会を意識するんだ。高校卒業資格をとったら、次は簿記といった資格の勉強を勧められる。俺も少しずつ勉強しているし、ほかの奴らもそうだ」
強烈な自我を形成している人間ならば影響を受けずに、自分のままでいられるが、人間誰もがそうではない。
だから人間であることを意識させるため、人間社会に関連した勉強を勧められるのだ。
それならば蓮司を退学させる必要はなかった、というわけではない。霊能力者と高校生の兼業はかなり忙しくて、まともに高校生活を送れない。霊能力者としての成長も滞るため退学ということになった。
「引退後を見据えてってわけじゃないから、資格に合格することを意識しなくていいんですね」
「そうだが、惰性でやっているとつまらん。せっかくなんだから興味ある分野に手を出した方が時間を無駄にすることもない。実際引退後に役立つこともあるしな」
「興味ない勉強だと眠くなりますからね」
蓮司は難しい授業でつい居眠りしたことを思い出す。
「霊能力者の仕事はこんな感じだな」
「ありがとうございます」
「後輩の世話はなれたもんだから気にするな。ああ、そうそう。霊能力者としての仕事は一般人に詳細を話しちゃ駄目だからな。事件に興味を持って、一般人が儀式を行って新たな事件を起こすこともある」
「儀式なんて一般人ができるものなんですかね」
「できないものもあるが、簡単なものならやれちまう。こっくりさんなんて最たるものだろう」
納得した蓮司を見て、ほかになにか聞きたいことはあるかと翼は聞く。
蓮司はすぐに思いついたことがあり、それを聞くことにした。
「悪魔が人間をさらった場合、なにを目的としているのか。それについて聞きたいです」
「……」
翼がじっと蓮司を見る。
質問がやけに具体的であり真剣な表情なので、蓮司の事情に関わることなのだろうと判断した。
正直にいえば翼は悪魔と天使には関わりたくない。ほかの同僚も同じ思いだろう。だが後輩の質問答えるくらいならと答える。
「俺が知るかぎりでは、生贄か利用だな」
「生贄というと?」
「悪魔ってのは二通りの行動をとる。完全に趣味で悪さをするのか、目的を持って動くのか。人間をさらうなんてことをするのは目的がある場合だ。生贄はその目的を果たすため行われる。利用も同じだな。自分の代わりに人間を動かして目的を遂げる。まあ、これ以外の行動をとっても珍しいことじゃないらしいが」
「つまりどういった扱いをされるのかわからない」
「そうだな。悪魔について聞いてきたけど、悪魔がどういったものか理解しているか」
蓮司は首を振る。ふんわりとした理解でしかない。
霊能力者になったばかりならば当然かと翼は思う。
「悪魔は魔界という場所にいる存在だ。確実に人間よりも強い。まともにぶつかると一級霊力者でようやく下位の悪魔を倒せるといったくらいには力に差がある」
「人間の世界はよく悪魔に蹂躙されてませんね」
「そうしない理由があるんだ。それをすると魔界も滅ぶからな」
「だったら悪魔はどうして人間を襲うんですか」
頷いた翼が説明を始める。
人間界、魔界、神と天使のいる天界。この三つは互いに影響を与え合っている。そして天界と魔界は成り立ちが固定化されて自らの行いでの変化の幅が少ない状態になっている。そうすると人間界から受ける影響が重要視される。
「人間界が魔界寄りになると魔界の力が増して、天界寄りになると天界の力が増す。悪魔と天使が人間界で動くのは自分たちの世界の力を増すためだ。ただしやりすぎるとさっきも言ったように滅ぶ」
どうして滅ぶのか理解できないと蓮司は首を傾げた。
「魔界が力をつけたら、天界も負けじと力をつけるために動く。その活動の場は人間界だ。両者の動きが活発化すると人間界が荒れていき、そのうち崩壊へと進む。三つの世界が影響を与え合っていると話しただろう? 人間界が滅べば、残り二つも滅ぶ」
「だったら魔界も天界も人間界には不干渉の方がいいと思う」
「そうだな。だが魔界の住人も天界の住人も、機械なんかじゃなく人格がある。どうしても願いや欲というものを持つんだ。自分たちの世界を良くしたいから、人間界を自分たち寄りにしたい。悪魔や天使が人間界にくるのは少しだけ自分たち寄りにするためだな。完全に趣味で暴れるやつもいるが、ほとんどの悪魔が人間界に来る理由は影響を与えるためだな」
蓮司は自分が遭遇した悪魔もそのために動いていたのかと考える。
そして悪魔が動いているなら天使に助けを求めるというのはありなんだろうかと聞く。
それに対してあまりお勧めはしないと翼は言った。
「助けられたあと利用されるぞ。その過程で命を失うこともある、人間優先ではなく天界優先だからな。どうして悪魔について聞いたのかわからんが、自ら悪魔と天使に関わろうとするのは止めておいた方がいい。ほかの霊能力者も同じことを言うぞ」
天使も危ないのかと蓮司は驚く。イメージ的に天使は人間の味方だと思っていたのだ。
そのイメージも天界に有利になるように昔から時間をかけて作られたものだ。
「天使はやめておきます。でも悪魔に関しては関わらないというのは無理です。俺の目的だとどうしても関わる」
「そうか。だったら鍛錬を真面目にやり、知識をしっかりと身に着けることだ。素人が悪魔に関わっても破滅するだけだからな」
「はい、そうします」
話が一段落ついて、互いにどういった事情で怪我をしたのかと言ったことを話していると瑠璃がやってくる。
「あ、笠山さんと大田原さん」
「やあ、千条」
翼が片手を上げて挨拶し、蓮司も同じように挨拶する。
「休憩かい」
「はい。今日はお二人の治療以外に仕事はなくて、勉強もない日で自由時間がたくさんあるんです。だから今週号や今月号の漫画を読もうと思って」
言いながらうきうきとした感じで漫画雑誌を取る。
「漫画が好きなんだ?」
「ええ、いろいろな話が面白いですからね。ネットで注文するときも、わくわくしながら選んでます」
ここにある千冊以上の漫画の半分が瑠璃の私物だった。
「仕事が忙しくて本屋に行く暇がなかったり?」
「それもありますし、あまり出歩くことを推奨されないんですよね」
「この子らの霊能力が希少だから誘拐を警戒しているんだ」
「時間操作だっけ、かなり貴重なんだなー」
「霊能力をしっかりと伸ばすと、若返りも可能とするらしくて金持ちとかが欲する存在だな」
「若返りもできるなら狙われるよね。治霊院から出られなかったりするんだろうか。もしそうなら息苦しそうだ」
「そんなことはありませんよ。ちゃんと出歩くことはできます。仕事もありますし、いつでもというわけではありませんが。気になった映画は映画館で見るようにしています」
「そのときは護衛と一緒なんだろう?」
「はい。予定を申請して護衛をつけてもらうことになりますね」
ただ映画に行くだけで申請や護衛が必要なのは、やっぱり息苦しそうだと蓮司は思う。
本人が苦労を感じていないので、大変そうだと口に出すのはやめておいた。勝手な同情は余計なお世話だと考えた。
かわりに暇つぶしになるだろうとお勧めの漫画を聞いてみる。
ぱあっと表情を明るくした瑠璃が身を乗り出してどんなジャンルが好きか聞いてきて、蓮司は勢いに押される形で答えた。
その二人を翼は微笑ましそうに見ている。悪魔や怪我について話すよりは健全な光景だ。
「あとで感想を話しましょうね! そこの自動販売機は無料ですし、ここのお菓子も無料だから食べるといいですよ」
感想を話すのがよほど楽しみなようで上機嫌なまま漫画を持って去っていった。
「あれだけ楽しみにされると、ちゃんと読み込んだ方がいいかなって思ってしまうなぁ」
「あの子の周囲に同世代は少なくて、趣味が合う子はさらに少ないんだろうな。まあ漫画は義務感で読むようなものじゃないだろうし、簡単な感想でいいと思うぞ」
「そうですね。じゃあ俺は自分の病室で読んできます」
「おう、また聞きたいことがあれば答えるし、俺じゃない奴も答えてくれるはずだから気軽に質問してみるといい」
わかりましたと返した蓮司は缶のウーロン茶と饅頭を二つ持って病室に戻る。
お勧めされた三巻で終わる漫画を読み進めていく。
夢を追う高校生たちの話で、少ない巻数ながらもしっかりと起承転結が描かれた読み応えのある内容だった。
昼食前に読み終わり、もう一周読んだところで昼食が運ばれてきた。
親子丼と具沢山みそ汁というしっかりとした食事を終えて、午後からはどうしようかと思っていたら瑠璃が訪ねてきた。
「読み終わりました?」
「うん、面白かったよ」
蓮司がそう答えると「そうでしょ!」と嬉しそうにしながら部屋に入ってくる。
あの場面がよかった、あの場面はどう思いましたかといったことを話して、一通り感想を言い合ったところで、瑠璃がなにかを思い出したようで「そうでした」と手を叩く。
「オカルト対策課から連絡が来ました。蓮司さんは明後日退院なんですが、オカルト対策課の人が朝に迎えに来るのでここで待っていてほしいということでした」
「そのほかにはなにか言ってた?」
「いくつか寄り道して支部に向かうそうですよ。そのあとお婆様のところに一緒に行くことになるんじゃないでしょうか」
「なるほど」
治霊院に持ち込んだものが少ないので身支度を整えるだけでいいなと、退院日について考える。
そのあとは別の漫画を勧められて、夕食後に感想を話すことになった。
翌日も似たような感じで過ごし、退院の朝がやってくる。
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