第7話 退院 1

 退院の朝。朝食後に、洗ってもらい綺麗になった制服を着て、鞄の中身を一応確かめる。

 いつ来るのかなと思ってスマホをいじっていると、ノックされて瑠璃と四十歳ほどのスーツ姿の男が入ってくる。

 坊主頭の男は体を鍛えているようでがっしりとした体つきだ。


「迎えが来ましたよ。準備はできていますか」


 頷いた蓮司は鞄を持つ。


「瑠璃、治療ありがとう」

「はい、退院おめでとうございます。また入院することのないように気を付けてくださいね」

「それはわからないとしか言えない。霊能力者として働いたことないし」

「無茶しないで頑張るという方針でやってくれると、こちらとしても気が楽です」


 なるべく頑張ると返す。


「面白い漫画を見つけたらメールで連絡しますね。そっちもお勧めのものがあれば連絡ください」

「りょーかい。今度古本屋でも覗いてみるよ」


 三人で病室を出る。

 瑠璃とは西区画の入口で別れて、蓮司はこれから上司となる男の隣を歩く。


「自己紹介しておこう。この県のオカルト対策課支部で支部長に任じられている西尾大地。二級霊能力者だ」

「支部長さんがわざわざ俺を迎えにこなくても」

「時間が空いているのが俺だけだったんだ。ほかの者たちは仕事や鍛錬や待機で動けなくてな」

「二級なら一番忙しいと思うんですけど」

「事務作業以外は基本的に緊急事態に備えて待機しなければならないんだ。俺としてももっと現場で動いていたんだがなぁ」


 蓮司が想像する緊急事態は大きな事件だ。対して大地が言う緊急事態は情報が入っていない詳細がわからない事件で、規模の大小がわからないから二級を投入する。

 人がいないけど急いで対処すべきところへ回されるフォロー役と言い換えてもいい。

 なにが起きても二級なら生きて帰ってくることができる、という信頼でもって投入されるのだ。

 それを説明されて蓮司は納得した。


「そうなんですね……あれ?」

「どうした」

「ここの患者さんに霊能力者について話を聞いたとき、初心者の指導をする人材が足りないと言われたんですよ。でも待機時間があるなら、その時間を利用して指導できそうなものだと思って」

「ああ、そういうことか。待機といっても常に暇しているわけじゃないぞ。突然の仕事というのはそれなりに発生するからな、指導をほったらかしになることが多い。そんな中途半端なことをやると、指導を受ける側も困ることになる」


 話しているうちに大地が乗ってきた黒のセダンに到着し、乗り込む。蓮司は後部座席に荷物を置いて、助手席に座る。


「出発前に今日一日の予定を話しておこう」

「お願いします」

「まずは今後も使うことになる店への案内。その後は支部へ行き、雇用条件の説明と必要な書類作業。最後に君の家に行き、ご家族への説明」

「家族への説明は本当に助かります。婆ちゃんは反対すると思うので」

「治霊院に連絡を入れたとき、君の祖母がオカルトを嫌っているという話は聞いた。なぜそのようなことになったか詳細を聞いてもいいかな」


 話しながら大地は車のエンジンをかける。

 蓮司は自分が小学生の頃にあったことを話す。

 話を聞いた大事は少し考えこんで頷いた。


「そういった事件があったのは俺も知っている。対応したのは俺ではないが、悪魔が関わっているかもしれない事件と先輩が話していたよ。大事な存在を失ったのならオカルトを毛嫌いするのは仕方ないな。君もオカルトを嫌っているんじゃないのかい」

「俺は忘れていたんですよ」

「忘れていた?」

「はい。あのことはすごくショックなことで子供には受け止めきれないことだった、だから忘れることで自分の心を守ったんだと思います」

「なるほどな。思い出したのはどうしてかな」

「人外によって被害を受けるという似た状況がきっかけになったんだと思います」


 蓮司もどうして思い出せたのかはっきりとはわかっていない。状況から考えるとそうなのではと思うのだ。


「十分にありうることだ。君と祖母にとっては、そのまま忘れていた方がよかったのだろうね」

「婆ちゃんはそうかもしれないけど、俺は思い出してよかったです。死んだと思っていた弟が生きているかもしれない。また再会できるかもしれない。これは喜ぶべきことです」

「探したいのか。いや当然だな」

「はい。そのためにもまずは三級を目指します」

「目標があるなら君は霊能力者としてやっていけるだろう」


 同時に無茶をしすぎないように気にかける必要もあると大地は考えた。

 早くよその土地にも行きたいと必要以上に鍛錬に励んで体を壊すことが考えられた。ほかのメンバーにも注意してくれるように頼んでおくことにする。

 それを心に刻み、次の話題に移る。


「今回の事件について話を聞きたい。なぜ学校に残っていたんだ」

「掃除を終えて帰るとき、急に眠たくなったんです。起きたら指定されていた帰宅時間を過ぎていて、幽霊に追い回されました」

「悪霊に餌として狙われたか。未覚醒の状態なら干渉を受けやすいからな」


 蓮司は運が悪かった。点検の日に掃除当番でなければ、幽霊に狙われることなく帰ることができていた。

 霊力も覚醒することなく、事件のことを思い出すこともなかっただろう。

 ただしその場合は別の生徒が狙われて死んでいたはずだ。


「そういえば昼間の学校が暗かったんですけど、あれはなんだったでしょうか」

「悪霊の領域化だ。自分にとって有利な場へと変えた。一般人は出入りできなくなり、霊能力者も出入りしづらくなる。妖怪も似たようなことをする」

「悪霊なら必ずできるんですか」

「いや力が弱い悪霊や妖怪はできない。君を襲った悪霊はそれなりに力を蓄えていたんだろう。宗太からの報告でもそうなっていた」

「宗太というのは、俺を助けてくれた同じくらいの年齢の?」

「そうだ。彼は小さい頃から霊力を持っていて、鍛錬を行っているから同世代の中ではトップクラスの実力を持っている」

「彼は三級なんですかね」

「いや事件解決数が足りなくて、まだ四級だな。実戦に出たのは高校に入ってからなんだ」


 四級から三級への昇級条件は、霊力質度が2であることと事件解決数が一定数以上あることだ。

 宗太の霊力質度はすでに2まで上がっているので、事件解決数さえ到達すればすぐに三級へと上がるだろう。

 ちなみに三級から二級へは、霊力量が五十以上と中規模事件の解決数が一定数以上あること。

 一級は霊力が七十五以上、霊力質度が3。大規模事件を一度でも解決していることだ。

 その説明を受けた蓮司は霊力質度とはなんなのか聞く。


「霊力の質を示す言葉だ。ただ霊力が多ければいいというわけではなく、霊力の質も大事なんだ。一般人は0、君のように霊力に覚醒したばかりだと1。そこから鍛錬して2へと上げる。最大で3なんだが、ほとんどの霊能力者はそこまでいけない」


 だから霊力質度が2まで上がると、あとはその2の中でも上に行くよう長年かけて磨き上げるのだ。


「五級霊能力者の霊力質度はいくらなんでしょう」

「彼らも1だ。そして鍛錬しても2まで上がることはない」

「五級霊能力者はいくら鍛練しても四級に上がることはないんですか」

「死にかけたら一度だけ霊力が上昇して四級に上がることはある。ただし絶対ではないね」


 五級から四級に上がった場合は、そこが限界で三級に上がることはない。

 死にかけたことで無理矢理霊力を上げた状態なのだ。

 蓮司たち普通の霊能力者も死にかけからの復活で霊力が上がることがある。その場合は三級以上に上がっていく。

 この違いは、もともとの霊力量が関係しているのだろうと考えられている。霊力が少なければ、上昇幅も小さくなってしまうのだろう。

 

「霊力量は死にかけることでしか上がらないんでしょうか」

「もう一つ上げる方法がある。龍脈旅籠というところに行くんだ。四級以上の霊能力者はそこで過ごすことで一度だけ霊力を底上げすることができる」


 一般人と五級霊能力者が同じことをしようとしても体調を崩すだけだ。

 龍脈旅籠は高度な鍛錬を受けられる場所でもあり、霊力を上げたあとも何度か通う人がいる。日本には三ヶ所ある。

 治霊院と同じく、表も裏もなく利用できる場所だ。しかし治霊院と違って、表と裏を分けるようなことはしていない。だから争うこともある。そして龍脈旅籠の主に叩き潰されることになる。


「さて最初の店が見えてきた」


 呉服屋の駐車場に止めて、二人は車から降りた。


「あ、そう言えばバイト先に辞める連絡を入れないと」

「学校に連絡を入れたときにバイトの話を聞いて、バイト先に事情を話しておいた。時間があるときに挨拶に行くくらいでいいだろう」


 そんなことを話しながら店に入る。

 蓮司が着物や着物に合わせる小物が並ぶ店内を見ていると、着物を着た六十歳くらいの女が近づいてくる。


「西尾さんいらっしゃい」

「おはようございます。今日はこの子の耐霊スーツを注文に来ました」

「新人さんが入ったのね」


 蓮司は視線を向けられて、よろしくお願いしますと頭を下げた。


「はい、よろしくね。私はここの店主で東風唄子というの。ここは霊能力者にとっては防具を買うお店なの。スーツが破れたら修復に出すのもここになるわ。修復は経費で落ちるから遠慮なんかせずに持ってきてちょうだい」

「わかりました。防具というのはスーツだけなんですか?」

「インナーも扱っているし、靴下や手袋なんかもここで買えるわ」

「鎧とかってあるんでしょうか」

「そういったものは別の店ね。ちなみに鎧を使う人はそうそういないわ。現代の耐霊装備の質が上がってきているから、鎧は必要とされなくなったのよ」

「今鎧を使っている奴は祖先に霊能力者がいて、本人も霊能力者として活動している奴だな。しかもそのまま使わず、現代版へと改修してある」


 ほかに聞きたいことはあるかと聞かれ、蓮司は首を振る。

 サイズを測るために奥へと通されて、そこで蓮司は全身のサイズを測られる。

 唄子は測ったものメモに書き込む。


「現状でどういった霊能力かわかっているのかしら」

「火の異能持ちだろうと宗太の報告にはあった」

「だとすると耐火耐熱処理もした方がいいわね」


 そのこともメモに書き残す。


「出来上がるのは一ヶ月後。問題ないわよね?」

「はい。しばらくは現場に出さないので問題ないですな」

「あとは、実里に修復が終わったから受け取りにきなさいと伝えておいてくれるかしら」


 伝えておくと大地は返し、蓮司を伴って呉服屋から出る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る