第20話 噂
◇
「ねぇ、聞いた? 1組の立花ララっているじゃん。その子、パパ活しているらしいよ」
「えー、本当? やだー」
「ねっ。ヤバいよね。なんか、浦山ひろきが言ってた。おじさんとイチャイチャして歩いていたらしいよ!」
最悪。
個室のトイレに入って、スマホをいじっていたら、どこかのクラスの女子が、あたしの陰口を言っていた。
ふつふつとした怒りが湧いてくる。心の中で「そんなことしてるわけないじゃない!!!!」と叫んでみるものの、相手に届くことはない。
浦山ひろき。
記憶を辿ってみたら、思い当たる人物が一人出てきた。
あたしを教室で口説いてきた3人のうち、多分、真ん中にいた男子だ。カラオケを断り、クラスメートの前で「モテないでしょ」なんて言ってしまったから、怒りが収まらずに、そんな変な噂を流したのだろう。
「なんか、立花ララって、教室で男子たちとも揉めてたみたいだし。案外、危ない子なのかもね〜」
「へぇ。顔はかわいいのにね。もったいない! もっと器用に生きたら良いのにねぇ。ただでさえ人生イージーモードなんだから」
「言えてる(笑)」
……は? 人生イージーモード?
何も知らないくせに……。勝手なこと言っちゃって。ムカつく。ムカつく。ムカつく。
だけど、仕方ないのかもね。私が矢橋真子奈を気弱な子と思ったように、第一印象でそういう性格だって決めつけてしまうのも、実は無理もないことなのかもしれない。
あたしはパパ活なんてしていない!
煙のないところに噂は立たないというけれど、本当にしていないんだから仕方がない。それを証明するためには、どうしたら良いんだろう?
あたしはスマホをいじるのをやめて、女子二人の話に意識を集中した。
「ってか、立花ララって名前、ヤバくない? アニメキャラみたい(笑)」
「それちょっと思った(笑) ぶりっ子みたいだよね! 親、どういう思いで名前、付けたんだろう」
女子二人は、大きな声を出して喋っているから、個室にいるあたしの耳にまで鮮明に届いた。
ムカつく。ムカつく。ムカつく。
あたしのことだけでは飽き足らず、親にまで悪意の矛先が向かっている。
自分のことを馬鹿にされるのは、まだ許せた。だけど、親を悪いように言われるのは我慢ならなかった。
あたしはトイレのドアを乱暴に開けた後、手洗い場まで一直線に向かった。
見慣れない女子二人だった。ぽかんとした顔をした後、わたわたと焦っていた。
「あたしを悪く言うのは良いわ。だけど、親を馬鹿にするのは許せないわ!」
あたしは、二人をきっと睨んだ後、トイレを後にした。
ーーだけど、手を洗っていないのに気付いて、一度戻って来た。気まずい中で、もう一度睨んで、トイレを後にした。
まさか、あたしが個室のトイレにいるとは思っていなかったようで、動けずに固まっていた。
あたしは、そのまま教室に戻ると、どかっと自分の席に座り、頬杖をついた。
なんだか泣きそうになり、ぐっと歯を食いしばった。視線を感じたから、見てみると、男子数人があたしを見ているのがわかった。もう何もかも嫌になった。こういう時、友達がいたら心強かったのだろうか。
立花ララ。私の名前がもっと地味だったら、誰かに悪く言われることもなかったのだろうか。
あたしがもっと器用な性格をしていたら、あたしがもっと社交的だったら、楽しい学校生活を送れただろうか。
……それは誰にもわからない。
立花ララでなければ、この場にいなかっただろうし。もしかしたら、また別の悩みを持っていたかもしれない。
……パパ、ママ、ごめんなさい。今日は自分を責めたくなって仕方なかった。
ため息を一つつくと、あることが頭に浮かんだ。
ーーそうだ。ノートに書くストレス発散方法をしようっと。
一日の中で嫌なことがあった時、ノートに思っていることを全部書いたら、気持ちがスッキリしたことがある。
考え方がまとまり、不思議とポジティブな気分になれたことから、時折、続けているストレス発散方法だ。
今日の放課後、この教室でしようかな。家に帰るまで待っていられない。
そうと決めたら、不思議と冷静な気分になれている自分がいた。
あたしを見ている男子がいてもいいじゃない。見たければ見れば? さすがに声はかけてほしくないけど。……気にしないようにしよう。
あたしは背筋を伸ばして、教室に担任が来るのを待った。今日の1時間目は、あたしの好きな英語だ。復習もバッチリ。当てられても全然良い。
くよくよ悩むより、先のことを考えるほど、気が紛れることを、あたしは知っていた。
相変わらず教室は喧騒にまみれていて、静かになるその時を待っていた。
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