第20話 噂





「ねぇ、聞いた? 1組の立花ララっているじゃん。その子、パパ活しているらしいよ」


「えー、本当? やだー」


「ねっ。ヤバいよね。なんか、浦山ひろきが言ってた。おじさんとイチャイチャして歩いていたらしいよ!」


 最悪。


 個室のトイレに入って、スマホをいじっていたら、どこかのクラスの女子が、あたしの陰口を言っていた。


 ふつふつとした怒りが湧いてくる。心の中で「そんなことしてるわけないじゃない!!!!」と叫んでみるものの、相手に届くことはない。


 浦山ひろき。


 記憶を辿ってみたら、思い当たる人物が一人出てきた。


 あたしを教室で口説いてきた3人のうち、多分、真ん中にいた男子だ。カラオケを断り、クラスメートの前で「モテないでしょ」なんて言ってしまったから、怒りが収まらずに、そんな変な噂を流したのだろう。


「なんか、立花ララって、教室で男子たちとも揉めてたみたいだし。案外、危ない子なのかもね〜」


「へぇ。顔はかわいいのにね。もったいない! もっと器用に生きたら良いのにねぇ。ただでさえ人生イージーモードなんだから」


「言えてる(笑)」


 ……は? 人生イージーモード?


 何も知らないくせに……。勝手なこと言っちゃって。ムカつく。ムカつく。ムカつく。


 だけど、仕方ないのかもね。私が矢橋真子奈を気弱な子と思ったように、第一印象でそういう性格だって決めつけてしまうのも、実は無理もないことなのかもしれない。


 あたしはパパ活なんてしていない!


 煙のないところに噂は立たないというけれど、本当にしていないんだから仕方がない。それを証明するためには、どうしたら良いんだろう?


 あたしはスマホをいじるのをやめて、女子二人の話に意識を集中した。


「ってか、立花ララって名前、ヤバくない? アニメキャラみたい(笑)」


「それちょっと思った(笑) ぶりっ子みたいだよね! 親、どういう思いで名前、付けたんだろう」


 女子二人は、大きな声を出して喋っているから、個室にいるあたしの耳にまで鮮明に届いた。


 ムカつく。ムカつく。ムカつく。


 あたしのことだけでは飽き足らず、親にまで悪意の矛先が向かっている。


 自分のことを馬鹿にされるのは、まだ許せた。だけど、親を悪いように言われるのは我慢ならなかった。


 あたしはトイレのドアを乱暴に開けた後、手洗い場まで一直線に向かった。


 見慣れない女子二人だった。ぽかんとした顔をした後、わたわたと焦っていた。


「あたしを悪く言うのは良いわ。だけど、親を馬鹿にするのは許せないわ!」


 あたしは、二人をきっと睨んだ後、トイレを後にした。


 ーーだけど、手を洗っていないのに気付いて、一度戻って来た。気まずい中で、もう一度睨んで、トイレを後にした。


 まさか、あたしが個室のトイレにいるとは思っていなかったようで、動けずに固まっていた。


 あたしは、そのまま教室に戻ると、どかっと自分の席に座り、頬杖をついた。


 なんだか泣きそうになり、ぐっと歯を食いしばった。視線を感じたから、見てみると、男子数人があたしを見ているのがわかった。もう何もかも嫌になった。こういう時、友達がいたら心強かったのだろうか。


 立花ララ。私の名前がもっと地味だったら、誰かに悪く言われることもなかったのだろうか。


 あたしがもっと器用な性格をしていたら、あたしがもっと社交的だったら、楽しい学校生活を送れただろうか。


 ……それは誰にもわからない。


 立花ララでなければ、この場にいなかっただろうし。もしかしたら、また別の悩みを持っていたかもしれない。


 ……パパ、ママ、ごめんなさい。今日は自分を責めたくなって仕方なかった。


 ため息を一つつくと、あることが頭に浮かんだ。


 ーーそうだ。ノートに書くストレス発散方法をしようっと。


 一日の中で嫌なことがあった時、ノートに思っていることを全部書いたら、気持ちがスッキリしたことがある。


 考え方がまとまり、不思議とポジティブな気分になれたことから、時折、続けているストレス発散方法だ。


 今日の放課後、この教室でしようかな。家に帰るまで待っていられない。


 そうと決めたら、不思議と冷静な気分になれている自分がいた。


 あたしを見ている男子がいてもいいじゃない。見たければ見れば? さすがに声はかけてほしくないけど。……気にしないようにしよう。


 あたしは背筋を伸ばして、教室に担任が来るのを待った。今日の1時間目は、あたしの好きな英語だ。復習もバッチリ。当てられても全然良い。


 くよくよ悩むより、先のことを考えるほど、気が紛れることを、あたしは知っていた。


 相変わらず教室は喧騒にまみれていて、静かになるその時を待っていた。

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