第19話 第一印象





「だから、行かないって言ってるじゃん!」


 最悪。


 次の授業まで時間があるからと、トイレに行こうとしたら、ニヤニヤした顔の男子3人に囲まれた。


 どうやら、あたしとカラオケに行きたいみたいだった。自己紹介の時、食い入るようにあたしの顔を見ていた記憶が思い出される。


 睡眠不足だからといったら言い訳になるかもしれないけど、いつもよりもイライラしていたあたしは、つい大きな声を出していた。


 クラスメートが様子を伺うように、こちらを見ているのがわかった。


「……そんなこと言わずにさー。ララちゃん、歌うまそうだし、一緒にカラオケ行こうよー」


「今日が忙しいなら明日でも良いよ。俺たち奢るし」


「ってか本当かわいいよね。一目惚れって信じる?(笑)」


 ……暇なのかしら。というか、三人であたしに声をかけている時点でナシよ。


 あたしを口説きたいなら、堂々と一人で来なさい。群れないと声をかけられない時点で、終わってるわ。


「しつこいなぁ! あんたたちモテないでしょ?」


 つい本音が炸裂した。


 教室が水を打ったようにしんとしている。やっちゃった。


 あぁ。あたしの第一印象は最悪ね。もういいわ。別に。

 ……だけど、あたしがしたことだから、責任は取らないとね。こういう運命もしっかり受け止めないとね。


「はぁ? ララちゃんって結構きついこと言うんだね」


 3人のうち真ん中にいる男子が、急に低い声になり、あたしに啖呵を切る。全然怖くない。

 周りに証人となるクラスメートがいるから別にどってことないわ。確かに路地裏に連れてこられて言われたら、怖いかもしれないけど……。


「きちんとカラオケの誘いを断っているのに、身を引かないアンタたちが悪いんでしょ。グイグイ粘ったら、じゃあ行こっかな〜❤︎ってなるとでも思ったの? はっきり言って迷惑! 全然知らない男子と、遊びに行くわけないじゃん。早く、目の前から消えて」


 あんた達にモテているから、あたしに女の子の友達ができないんだと八つ当たりするみたいに言う。気持ちがスッキリすると同時に、あたしって本当に子どもねと悲しくもなった。


「……もしかして、喧嘩売ってんの?」


 真ん中の男子が、すごんだ顔をして脅してくる。


「そっちがその気なら、どうとでも!」


 後に引けなくなったあたしは、さらに強く出る。


「女のくせに……。少しかわいいからって、調子こいてんじゃねぇよ」


「ち、ちょっと落ち着けよ」


 3人のうち、後ろにいた男子が止めに入ってくれた。真ん中の男子と目を合わせ、なだめようとする。


 ちょうど授業開始を知らせるチャイムも鳴った。何か言いたげにあたしを見つつも、自分の席に戻る男子たち。


 ……ホッとした。


 だけど、そんな弱気なところを悟られてはいけないと、あたしはガタッと派手に音を立てて椅子に座る。ちょっと、ヤンキーみたいじゃない?


 でも、あぁ。これで、もう女の子の友達を作るのは本当に無理ね。みんなドン引きしているもの。


 少し残念なのは、やっぱり心のどこかで女の子の友達ができるのを期待していたのかしら。こんな時に、自分の本音に気づきたくなかったわーー。


 あたしは誰にも気づかれないように小さくため息をついた。





「立花さん、おはよう!」


「あっ、おはよう……」


 散った花びらが足元に静かに積もっていくような、そんな日の朝。あくびを噛みころしながら、教室に向かって歩いていたら、後ろから来た女子に声をかけられた。


 ショートカットで親しみやすさを感じる女の子。真っ直ぐにあたしを見ている。


 名前は確かーー。


「あっ、私、葉月明子だよ! 話すの初めてだよね〜」


 人当たりが良い笑顔を向けてくる。パッと名前が出てこなかったあたしを、とがめることもしない。


 ……接点もないのに、親しく話しかけてくれるのね。


 そういえば、あたしが中学生の時。一人ぼっちでいたあたしに、気まぐれに話しかけてくれる女の子がいたわ。


 その子は、クラスメートみんなに分け隔てなく接していて、授業でグループを作る際にも、あぶれていたあたしを快く誘ってチームに入れてくれたわ。


 平和主義な人がいたからこそ、あたしは一人でも、なんだかんだ上手くやってこれたことを、今になって思い知ることになった。


 あたしは完全に一人で過ごしていたわけではなかったのね。


 高校でも、特定の仲の良い人はできないかもしれない。だけど、その都度、縁があった人と関わって、なんとかやり過ごすことはできるかもしれない。


 あたしは高校生活に少しの希望を持ちながら、葉月との、おしゃべりを教室に向かうまで楽しんだ。


 教室に入ると、あたしと葉月は各自、自分の席へと向かった。カバンを机の横にかけた後、葉月の話し声が聞こえたので、なんとなく顔を向けてみると、隣の席の矢橋真子奈と話している光景が目に入った。


 ふうん。そこの二人って仲良いのね。いいわね。ああやって自然に仲良くなれるのって。というか、葉月って誰とでもそつなく話せて羨ましいわ。


 葉月と話している矢橋真子奈は楽しそうだった。……へぇ。そんな顔もできるんじゃない。


 自己紹介の時の泣きそうな顔が強く印象に残っていて、勝手に気弱な性格だと思っていた。ある程度、環境にも慣れて、気の合う友達とも話せる心の余裕ができたら、そんなリラックスした表情にもなるわよね。


 あら。つい、人を第一印象で判断してしまうのはいけないわよね。無意識のうちに、相手の性格を決めつけてしまうなんて失礼な話よね。


 ……そうなると、あたしが教室で男子3人に向かって啖呵を切ったのは、まさしく嫌なイメージを強めてしまったわよね。


 第一印象って、やっぱり大事だから、もう今から、切り返すのは難しいわよね。


 ……って、あたしらしくない! 別にどうでもいいじゃない。


 あたしは葉月と矢橋真子奈が話しているところを見た後、教室を出た。ホームルームが始まるまで、トイレに行っておこうと思ったのだ。……今日は男子達に行く手を阻まれることもない。その事実に安堵した。

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