第2話 恫喝社長と古参ファン
サングラスを掛けた強面の中年男が、『社長』と書かれた卓上ネームプレートを握り潰しながら机の上で踏ん反り返っている。椅子ではなく、机の上で踏ん反り返っているのだ。彼は暴力団と間違われた事が実に二千回もある、ホシが所属する芸能事務所のやり手社長だ。
その社長の前で、ホシは腕組みをしながら呆れ顔で立っていた。
社長は顰めっ面をしながらホシの足元に、さっきまで読んでいた週刊誌を叩きつける。
「ッたくッ……新曲、〚天使が下界でアワワした〛が再生回数一位に成ったばかりなのによぉー! なんで俺のシナリオ通りにしなかったー? あん?」
「大泣きして土下座しろって奴? そんなのアイドル『一夜ホシ』のキャラじゃないでしょ? 私のファンなら、『泣き入れるぐらいならキャラ貫き通せ』って推してくれるわよ」
「この一大事にキャラ守ってどうすんだッ! だいたいそのキャラ付けは、俺が考えてやったんだろがッ!」
「『一夜ホシ』はアンタが作ったキャラだけど、私はアンタの為に『一夜ホシ』をやってるんじゃない。ファンの為よ」
「人形は黙って操られてりゃ良いんだよ!」
「私は人形として、この世に生まれたつもりはないんだけど」
「とりあえず来週、禊ぎのヌード写真集の撮影入れとくからな」
「はあ? そんなのやんないわよ。水着撮影も、タンキニまでって契約だから」
「業界歴四、五年のピヨピヨがあ、いい気に成りやがってぇ。まさか一度干されたアイドルが、元の人気を取り戻せるとでも思ってんのかあッ? いいか! お前がこの世界で生きて行くには、もうセクシー路線で行くしかねえんだよッ!」
「アンタは本気で裸の仕事をやらせる気? このクソお――」
「天上女神、ホッシぃー様は居られますかー?」
ホシと社長が争ってる中、突然部屋の扉が開いた。ホシと年齢が変わらない青年が、すっとぼけた顔で入って来たのだが、彼はこの事務所の関係者じゃない。ホシは青年とは顔見知りなだけに、彼が何故ここに入れたのか不思議でならなかった。
「誰だてめえ?」
「はい! 自分は、ホッシぃー様の私設ファンクラブ会長、
「何で部外者のてめえが、ここに居んだ? とっとと出て行きやがれッ! ッんとにー、警備員は何やってんだぁ!」
「ちょっと待って下さい! 自分、吉報を持ってまいりました」
「あん? どういうこった?」
「実は今回の『凡春』の件は、飛ばし記事で有りまして、ホッシぃー様の暴力事件は濡れ衣なんです。ホッシぃー様は学生時代、苛められている子を助ける為、果敢にも上級生三人相手に一人で立ち向かい――」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、アンタ! なに言ってんの?」
ホシは慌てて歩夢の口を押さえた。そして、そのまま襟首を掴んで社長室から出ようとする。
「隣のミーティング室借りるから、誰も入らないよう言っといてん!」
「おい! まだこっちの話が終わってねえだろがッ!」
「この人に説教した後、戻るわよ!」
「そんなやつ警察に突き出せッ!」
「この人を突き出すぐらいなら、アンタを育児放棄で突き出すわ!」
そう言ってホシは、社長室から隣のミーティング室に移った。その間、歩夢はずっと襟首を掴まれたままだったのだが、何故か恍惚の表情を浮かべていた。
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