第3話 夢を預かる身として
ミーティング室に入ったホシと歩夢。ホシは襟首から手を離し、歩夢に座るよう促したが、逆に歩夢はホシが座れるよう椅子を用意する。互いに譲らないので、結局二人は立ったまま会話をする事に。
「ご褒美ありがとうございます! 天上女神、ホッシぃー様!」
「アンタは私がキャラ作る前からのファンでしょ? 古い仲なんだから普通にしていいよん」
「分かりました。で、ホシさんは、何で本当の事を言わなかったんですか? 本当の事を言えば干される事は無かったのに」
「補導はホントよ」
「悪いのは苛めっ子達でしょ。だからホシさんは何の罪も問われなかった。寧ろ褒められる行為だ。週刊誌はこの件をちゃんと取材してない。訂正記事を載せるべきだ」
「必要ないわ」
「どうしてです?」
「……苛められた子は、ずっと傷が残る。この事が公に成れば、あの子の忘れたい過去を蒸し返しに行く人が絶対に現れる。私が黙ってれば丸く収まる話。あなたも、これ以上詮索せず、大人しくしてて」
「丸く収まってないでしょ! ホシさんだけが損してる! だいたい競馬場に通うのも、ホシさんの一番最初の仕事が地域競馬のイベントで、その時に親切にしてもらったから今でも交流してるだけでしょ? お酒飲むのもCMスポンサーに少しでも貢献したいから。普段からスポンサーの商品しか身に着けない徹底ぶりを、俺は知ってますからね。この真実を世間に伝えるべきです」
「媚びを売るような行動は『一夜ホシ』のキャラにそぐわない。それだけの話」
そう言われた歩夢は持っていたボストンバックから写真を数枚取り出した。其処にはプレゼントやファンレターの山が写っている。
「えっ? これって……」
「あなたのマンションの一室です。あなたはファンからの贈り物は捨てずに全て保管している」
「……この写真、どうやって撮ったの?」
「いや……あ、あと、それだけじゃない! あなたは関わったスタッフに匿名で誕生日プレゼントを贈ったりもしている。フィクションの世界でも、これほど情深い芸能人を俺は見た事がない。この事をあなたはメディアどころか、親しい人にまで表沙汰にしていない。だからこれは、決して媚びを売るような行動じゃないんです。あなたは見た目だけでなく、内面も美しい完璧なアイドルなんです! 正直今の『世間知らずな不思議ちゃんキャラ』なんか別に捨てても構わないでしょ? あなた本来の人間性で充分トップアイドルとして魅せられるはず。アンチ連中だって黙らせる事が――」
話の途中でホシは微笑みながら“ポンッ”と歩夢の肩を叩いた。
そしてステージ上で何時も見せる『ホッシぃーピース』のポーズを歩夢に贈る。
「私ね。最初、このキャラで行けって言われた時は嫌で嫌で仕方なかった。けど、今は本当に楽しいし、誇りに思ってる。『一夜ホシ』を応援する人の為にも業界を引退するまで、このキャラは守り通すつもりよ。歌や踊りだけじゃない。アイドルにとっては、キャラも立派な”芸”だからね」
「でも、作られた偶像はいつか壊れます」
「分かってる。其処を叩かれたり、いじられたりするのは覚悟の上」
「ホシさん……」
「アイドルは嘘をついても良い仕事。けどね、沢山の人の夢を預かる以上、嘘を私利私欲に使うのは
ホシがそんな考えを持つように成ったのは、とあるお笑い芸人がきっかけだった。
その芸人はいつも変な格好をしていて、女性には好感度の悪いイメージしかなく、正直ホシもあまり良い印象が無かった。だが、新人時代に初めて一緒に仕事をした時、失敗ばかりして楽屋で落ち込んでいたホシを、その芸人は優しく励ましてくれたのだった。その人柄のギャップにホシは驚いた。どうして普段、好感度の悪いキャラを買って出てるのかをその芸人に聞いたら、「僕達はそれぞれの役柄で人を楽しませるのが仕事。せっかくキャラ立ちしてるのに、素の姿を見せたら視聴者の期待を裏切っちゃうでしょ」と、笑いながら言った。ホシはそれを聞いて、プロとしての自覚が足りない自分を恥じた。今のやらされてる感満載の自分を誰が応援してくれるだろう。アイドルに成ると決めた以上、人を楽しませる仕事がしたいと決めた以上、ファンが望むアイドル像を貫き通す。例え人から
「所でさあ、さっき誤魔化されたけど、なんで私ん家の写真持ってたの?」
「あっ、いや、その……」
挙動不審な態度にホシはある事を思い出した。それは数カ月前、歩夢に大きなぬいぐるみを貰った事だ。
「そうだ! この写真のアングル! あのぬいぐるみを置いた位置から写したもんでしょ? つまりぬいぐるみの中には――」
「すいませんでした!」
そう言って歩夢は土下座した。
その姿を呆れた顔でホシは見下ろす。
「……他の女の子にもしてるの?」
「天地天命に誓ってホシ様の部屋しか撮影した事ありません!」
「本当に?」
「はい!」
ホシは溜め息をつき、頭をかきながらこう言った。
「次やったら警察に突き出すからね」
「許してくれるんですか?」
「許さないわよ。アンタは一生、天上女神、〚一夜ホシ〛の下僕よん。いいわね」
「畏まりました! ホッシぃー様!」
ホシが大声で笑ってると、マネージャーの栗原が慌てた様子で会議室に飛び込んで来た。
「ホシ! 社長が呼んでる! 急いで社長室に戻って来てくれ!」
「なっ、……今度は何よ?」
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