2-1:夢でなく現実
万里は最終的に夜9時くらいまで俺の部屋で過ごした。
流石に俺の部屋に泊まる気は無かったようで、冗談で「泊まるか?」と言えば「死んでも絶対に勘弁」と全力拒否した上でさっさと帰っていった。俺も泊まられたら空気が悪いなと思っていたし好都合である。ホント、こういう点では相性が悪いらしい。多分万里が現実で同じクラスにいても一度も話さないまま卒業を迎えただろうな。
慣れないワンルームで身支度を済ませて就寝し、迎えた翌朝が来た。
なんとなく受け入れつつはあったがこの世界は俺の妄想が形を成して出来た夢じゃなかった。万里曰く現実でもないらしいが、少なくとも受動的に日々を過ごすだけでは元の現実に戻ることは不可能そうである。一言で厄介な話である。
未だパジャマのままの朝7時にインターホンが鳴った。万里だった。
玄関ドアを開けば乱れ一つない制服の着こなしに、仏頂面を張り付けてスクールバッグを持っていた。トレードマーク的な水色の三つ編みが朝日に照らさて白みがかりながら、ゆらゆらと風に揺れている。
「ほっといたら死にそうだから来た。早く入れて」
「万里、俺のこと好きなの?」
「死因は出血多量で問題ないかしら?」
「問題しかないが! 俺を殺す前提の確認やめろよ今それあんま冗談にならないから!」
「冗談よ。親愛度ゲージ10減少で手を打つわ」
そう言って許可も出してないのに部屋の中にずかずかと入ってくる。
てか親愛度ゲージとか知ってるんだな……。
万里はワンルームへ踏み込むと我が物顔でベッドに座った。
朝だからか気怠そうな細目を俺へと向けると、独りでに頷く。
「誰も来なかったみたいね」
「はあ。突然なんだよ」
「私以外の女よ。この家を知ってるのは私だけじゃない。だから誰が来ても可笑しくないと思ったけど、そう。何事もなかったようで良かったわね」
「……おい、それ昨日帰る前に言えよ」
「言ってなかった?」
「言ってねえ!」
初耳だわ!
確かに昨晩は誰も訪問してこなかったが、その話は昨日聞きたかった!
もし昨晩誰か来てたらと思うと滅茶苦茶背筋が冷たくなるだろうが!
「終わったことはいいでしょ。このくらい許してよ男なんだから」
万里は俺の不満を一切我関せずと澄まし顔で聞き流す。一晩経っても腹立つ物言いをするなこの美少女は。
「───で、今日の動きを確認だけど。紫雲名幸に会いに行く方針で本当にいいのね?」
「ああ。他に手がかりもないだろうしな」
「昨日も言ったけど彼女はこのゲームのヒロイン達の中で一番温厚かつ臆病、でもそれは朝成、貴方が絡まなければの話。プレイヤーが絡んだことで紫雲名幸がどんなアクションを起こすか分からないから注意して」
分かっていることなので小さく頷く。
紫雲名幸は中学生くらいの背丈のヒロインだ。性格は初対面の相手には顔を向けて話せず、話しかけるとスマホのQRコードを読み込ませてチャットで会話を始めようとする極度の引っ込み思案。ゲーム内では主人公以外の友達はおらず、若干精神年齢が低いために主人公が告白するまで自分が抱く恋愛感情を理解できなかったギャルゲーでも珍しい告白してこないヒロインである。ブルメモの面白い女枠を欲しいが儘にするヒロインでもある。
趣味はゲームプログラミングだからこの状況も聞けば何か教えてくれる気もするが、名幸も愛夏や月風と同じようなヒロインなのだ。接触にはリスクが伴うことは理解しておかないと。
「それは理解してる。一目の付く場所で話すようにする。……因みに万里、お前に頼むのはダメなんだよな?」
「紫雲名幸は私じゃ口を割らない。多分ね。あの引き籠りが全く知らない他人にそういう重要な情報を渡すような社交性があるなら今頃何人が学友がいると思うわ」
とんでもない言いようである。否定も出来ないけど。
面と面を向かって他人と話せない高校生とか将来が心配過ぎる。ホント、名幸の生態を考えれば考えるほどゲームでのみ存在を許された存在にしか思えなくなってくるな。
「名幸に会うなら登校するしかないわ。教室までは私も一緒にいてあげて良いけど名幸と会うなら一人じゃないと会話にならないと思う。だから何かあったときにこれだけ伝えておくから」
神妙な顔をするもんだから俺は万里の顔を覗き込んだ。
窓から差し込んだ朝日を鬱陶しそうに手で遮ると、万里が良く響く声で切り出す。
「ヤバくなったら教室にすぐ逃げなさい」
「……もしかして、何があってもそこまでたどり着けば万里が何とかしてくれるって意味か?」
「するわけないでしょ」
「おい」
不覚にも崇めそうになった俺の信仰心を返せよ。
「紫雲名幸はコミュ障よ。人が多い場所に行けば忽ち弱気になって強気な姿勢を翳るはず。でも逆にふたりきりで密室なんてことになろうものなら」
「なろうものなら?」
「……まあこの話は止しましょ。無意味な仮定に意味などないわ」
悍ましいことを口にするところだったとばかりに口を噤んだ万里に非難の声を上げる。
「待て気になるだろ。教えろよ。何をされるんだ俺は」
「それはそうなってみないと分からないでしょ。私は紫雲名幸のことを詳しくは知らないの。でもまあ多少の想像はつく」
「その想像を教えてくれよ」
「いいじゃない。上手くやれれば万事解決なのだから。密室に連れ込まれなければ紫雲名幸の性格からして大仰な行動を起こすことは恐らくないはずだから、そこだけ気を付けていればいい」
追及されたのか気に触ったのか、少々不機嫌そうに視線をそらした。
一切話すつもりは無いようだ。
気の難しい相棒である。
「そうかよ、了解。気を付ける」
「そうしてくれれば私の労力も無駄にならずに済む。じゃあはい」
そう言って万里はこちらへ何か要求するみたいに手を伸ばす。
なんだその手は?
手でも置けばいいのか?
と言うわけでお手をすれば万里から呆れた視線が飛来した。
「違うんだけど。アドバイスの対価として私は朝ごはんを要求する」
「要求するなら言語化しろ。分かるか」
「沢山私達を攻略したんだから非言語行動で理解して。私も暇じゃないんだけど?」
どこの女王様だよお前。
さり気なく私達とか他のヒロインも含めてるし。万里については一度しか攻略したことないわ。
「自慢じゃないが俺は万里ルートは一回しか入ったことがないんだ。よって以心伝心を求めるな。知らん」
「……自分がギャルゲーの攻略対象だと言われるとなんか複雑。こんな意味不明な気分にさせた責任としてパンは2枚だから」
「ギャルゲーのヒロインって自覚はある癖に今更気にすんなよ」
「貴方に言われるのが腹立たしいの。分かるでしょ。ああ分からないか。ギャルゲーにのめり込んじゃうような童貞には」
「違えから。俺はギャルゲーよりもRPGとかアクションゲームの方が好きだから」
睥睨してくる万里に俺は睨み返す。本当にこれがヒロインの物言いなのだろうか。攻略した記憶が無いから言えるけど、万里がヒロインヒロインする様子とか俺には想像もつかない。実はツンツンしているのは臆病な内心を隠す仮面ってだけで、優しくしたらすぐに落ちるチョロインとかなら別だが。多分こいつは本気で俺のことを異性と認識してなければただのクラスメイト程度にしか思っていない。そんな目だ。
矛を収めるように俺はわざとらしくため息を吐く。
「はあ……別にいいけどな。パン2つな」
「分かれば良い。あといつまで手、乗せてるの? 生暖かくて気持ち悪いんだけど?」
冷たい相貌だった。照れる素振りなど一切見せずに淡々とした口ぶりで俺の手を見下ろしている。
……本当にヒロインなんだよな?
実は上妻万里の妹で別キャラとかそういうオチは無いよな?
ギャルゲーにあるまじき塩対応に疑念を抱きつつも、俺は無言で手を退けた。
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