2-2:登校
朝食を食べ終えると、制服に着替えた。制服は昨日着ていたものと同じだ。特徴的なYシャツに白いブレザー、藍色のズボン。二次元じゃなければコスプレにしか見えないような制服である。これに袖を通した自分の姿は昨日鏡で確認しているが、俺自身が今ブルメモの主人公の身体であるからかあまり違和感は無かった。現実の俺自身であればかなり服に着せられていた見た目だったことだろう。ブルメモは主人公の立ち絵が無いから知らなかったが、流石にヒロインを落とせる程度には容姿が整っているのが一因だ。
しかし自分の身体じゃないのに何でこの主人公の身体が馴染むんだろうな。俺も昨晩風呂入るまで気づかなかったわけだし。
そんなことを考えながら部屋で制服に着替えようとすると制服姿で読書に勤しんでいた万里から「ちょっと女子の前で更衣しないでくれる?」と言われたので「行為なんてしてないが?」と言えば手頃なティッシュボックスを投げられて浴室へ押し込められた。分かるかアホ。文学少女っぽい語彙の豊富さとか今求めてないんだよ。もっと平易な言葉を使え、ややこしいな。
身支度が終わると俺は万里とスクールバッグを持ってこのワンルームを出た。朝の日差しに目を思わず細める。この現実感。本当に夢でもなければゲームでもない。嫌気が差すほどに現実だ。
学校まではここから歩いて20分ほど。
住宅街の細い道路を歩きつつ、四方八方に首を振りながら俺は歩くことになった。まるで治安が悪い町に住む住民の気分だなと思ったが、強ち俺にとっては間違いでもないから気分が下がる。
「今更だけど俺って学校に行っても大丈夫なんだろうな?」
ふと思ったことを言うと、無警戒に本を読みながら歩く万里は視線を活字から離した。そこで俺は万里の掛ける眼鏡が昨日と違うことに気付いた。同じ黒色のフレームだが、レンズ部分の楕円の形が昨日よりも若干横長い。あまりお洒落やファッションに関心がないような顔をしつつも、万里らしい大人しめのこだわりが存在するのかもしれない。
俺の心の内など知る由もない万里はあっけらかんと言う。
「問題ない。貴方がここをゲームと捉えていることは理解してる。でもみんなこの世界で生きているの。ここが私たちにとって現実なの」
「……大事とか、警察にお世話になることは他のヒロインも望んでいないってことか」
「それに普段の生活だってあるのよ。将来を考えてちゃんと学校に通って、その次に貴方を捕まえる。彼女たちの殆どはそんな風に考えているんじゃない。だから昨晩みたいに夜の小道ならともかく、日中帯とか人通りの多いところで強硬手段に出ることはほぼないんじゃないの」
要するに今俺が前後左右を密に警戒しているこの行為もあまり意味を成していないと。なら先に言えよ。
そう批判をしようかと思ったとき、万里は足を止めた。悩まし気な目をして顎に手を当てている。
「でもそういう意味で言えば枠内に囚われないのが一人いるのね」
「もしかして、
「そう。あの社会不適合者は何をするか分からないもの」
若狭平理もブルメモのヒロインの一人である。
キャラ付けとしては主人公の1学年下の後輩系ヒロイン……なのだが。平理は主人公と同い年である。留年生なのだ。しかも学校には滅多に来ず、大抵はゲーセンやら近くのショッピングモールで時間を潰すのが趣味という不良である。平理ルートに入るためには主人公も学校もサボる必要があったりするのだが今は攻略情報は置いておく。因みに平理ルートに突入すると学校で発生する文化祭や体育祭と言ったイベントを悉くスキップできるため、ブルメモRTAでは全走者このキャラを攻略している。ステータス上限値まで上げる周回の際も一番攻略したキャラは平理だ。最短で一周を終えられるというのはデカい。
平理が何をするか分からないと言われれば、本当にその通りだなと思う。
平理は自由主義の下に生きる人間だ。何にも縛られず、何にも囚われない。雲のような生き様。将来設計など考えていない、ある種モラトリアムを謳歌しまくっている少女でもある。本能的に動く平理が何を考えているかは十回どころじゃなく攻略を繰り返した俺でもその心の内を理解することは叶わない。会話内容もこのキャラだけはAIによって周回ごとにランダム生成されて、選択肢もそれに伴ってアトランダムになってるくらいだ。一応AI生成部分のシナリオが平理攻略を左右することはないのが救いである。
「若狭平理には気を付けるべきね。彼女には気にするべき世間体なんてないんだから」
「気を付けるったってな……神出鬼没な奴に気を付けるも何もないだろ」
「ある」
難色を示す俺に万里は指を立てる。
「例えば若狭平理が近づきそうな場所には近づかない。若狭平理の家の付近も同じね。そのくらい簡単に思い付いてよ、自分の事でしょ?」
こいつ……。
思わず言い返そうと思ったが万里が言っていることも事実なので止めた。もっとよく考えて動かないとバッドエンドまっしぐらという今の状況の重みを俺は正確に認識できていないのかもしれない。
「それもそうだな。サンキュ、今後はもう少し考える」
「キモっ」
「人が素直に聞き入れたってのになんだよその言い方」
自分の身体を抱きしめながら気持ち悪がる万里に流石に口を出さざるを得ない。
そこまで?
そこまで俺がお前の言う言葉を受け止めるのは変か?
そう思っていれば指先をこすり合わせながら万里は舌を鳴らす。
「───従順に返事するのやめて。虫唾が走る。私に気に入られようとしてるみたいでまるで自分が貴方の攻略可能ヒロインに思えてくるから」
「酷い言いようだな。いや、勘違いだけどな? ただ俺も反省する点があったから聞き入れただけだ」
「私は私。私の意思は私のものなの。他の誰かは介在してない。私のもの。私だけの意思」
付け加えるように訂正を入れるが万里は聞いていないみたいで、譫言の様に空へ言葉を投げかける。まるで自己暗示の呪いみたいに。
……ったく。
こんな反応をされても困るわ。付き合いも短いし万里のことを俺は殆ど知らない。掛けるべき言葉も見つからない。
あーもう面倒なヒロインだな。
今後は素直に思ったことはズバズバ言うことにするか。
「分かったから前見て歩けよ。遅刻すんぞ」
「……貴方に言われなくとも歩くわよ」
気を取り直したのか、そう取り繕っただけなのか。
万里は俺の言葉にいつもの平坦な返事をすると再度学校へと足を進める。
俺はその様子を見て一旦大丈夫そうだと判断すると隣に並んだ。
幸い、登校中はそれ以上のトラブルは起きなかった。
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