1-4 目的設定
協力者を一人得たのはいいが、現実は未だ厳しかった。
「現実に戻る手段……グリッチとかは無いの?」
「分からん。普段使ってるグリッチ以外は良く分からないからな」
「そう……難儀ね……」
一時間経っても俺は万里と変わらず頭を悩ませていた。
現実に戻る手段について、一先ず一般的な方法では無理であろうという結論は出てからは一般的ではない方法───いわゆるバグ技を思い出そうとしている訳なのだが、これが一切出てこないのだ。別に忘れたわけじゃない気がするが、興味のないバグ技なんてプレイ動画を見ても「へーすげー」という無関心な相槌のみで知識化せずに頭を通り抜けてしまっているから、いざ思い出そうとうんうん頭を捻っても切っ掛けさえ掴めない。
しかし万里に頼ろうにもゲーム内の住人ということでバグ技については一切知らないようなので、ここは俺が頑張って頭から捻り出すしかない。まあ一人で云々考えるよりは、万里がいてくれてるだけ大分精神的にマシだから有り難い。本当に万里がいてくれてよかった。これで万里まで敵だったら俺はもう既に死んでいた気がする。
「一旦整理だけど、ゲームを終える手段は何があるの? 全て言ってみて」
苦肉の策として現状の整理を提案する万里に、俺は指を折りながら思い浮かべる。
「そうだな……まずは通常のゲーム終了手段としては二つ、セレクトメニュー画面と行動後のベッドからゲーム終了が選択できる。それから3時間以上プレイで出てくる休憩推奨画面からも行けるな。それともう一つ、恋愛イベントで禁忌選択肢を一定回数以上選んだ場合、そのとき攻略しているヒロインに刺されて死んでゲーム終了が選択できる。これはまあバッドエンドってやつだな」
「さっきも聞いたけど禁忌選択肢とか淡々とした試験っぽい名称ね。ゲームっぽくない。開発元はもっとラブコメっぽい名前にしなかったの?」
「実際は違うぞ? プレイヤー間ではそう呼んでるってだけで正式名称じゃない」
確か正式名称は『ドキきゅん♡ドボントリガーシステム』だったような気がする。一昔前のギャルゲーはまるで最新テクノロジーでも搭載したかのように大したことのない機能に大層な名前を付けるから自然と簡略的な名前で呼んでしまうのだ。
そんな俺の補足をどうでもよさそうにふうんと聞き流す万里。
「禁忌選択肢は手段として無しだと思う。禁忌選択肢を選んだ瞬間死ぬ可能性も否定できない」
「それもそうだな。リスクが高いと思う」
ゲーム的な側面が残るこの世界で自殺を図るのは危険だ。例え万里との会話で禁忌選択肢をシミュレーションしただけでも、ゲームシステムに則って万里が俺を刺したり、或いは俺が自動的に破裂する可能性も否定できない。
「ゲーム外の手段としてはゲームのexeファイルをタスクマネージャーから終了させるとか、PC自体の電源を落とすかくらいか?」
「それってゲーム内から出来るものなの?」
「無理だな。タスクマネージャーは外部アプリケーションだし、電源のシャットダウンはローカル管理者権限を乗っ取ってOS自体を操作するような不正プログラムが混入してるなら可能かもしれないが……なあ万里、このゲームってそういう不正プログラムとかあったりする?」
「人の住む世界をマルウェア扱いしないでくれる? 著しく不快だわ」
非難するような刺々しい視線を浴びせられて反射的に頭を下げる。美少女って怒ると怖いわ。
「すまん、でもマルウェアだったら有難かったな」
「デリカシーが無いわねこの男……。でも思ったけど、もし仮に電源を落とすとして、落ちるのはどこの電源になるの? 朝成のパソコン?」
「馬鹿言え。俺のパソコンは普通のデスクトップパソコンであって業務用サーバーじゃない。RAMだって16GBしか積んでないのに、オープンワールドかつこんな解像度で物理演算させたらすぐにリソース不足による処理落ちからのゲーム強制終了するっての。そもそもここは現実……じゃないにせよ、ゲームから現実に向かっている最中の世界なんだろ? ならパソコンの上で動いているっていうのは誤った見解じゃないか?」
「仮説だから。それくらい理解してよ。頭わるわるね」
素知らぬ顔をしながら馬鹿を見る目で優雅にお茶を飲んでいる。普通にイラっと来た。
何が頭わるわるだよこの女。
一々人の思考能力を揶揄する言い方をしやがって……やっぱり俺苦手だわ。
苦言でも呈してやろうかと悩んでいれば、あっ、と万里は声を上げた。
「その、リソース不足を狙うって言うのはどうなの? この世界が機械の上かどうか確かめる上でも、処理を増やして負荷を上げる。それで世界がどうなるか見るのもアリだと思うけど」
……なるほど。
負荷テストってわけか。
やるとすればパッと思いつくのは部屋の中に物を沢山配置するか、或いは運動量の多いものを配置するか。あまり詳しくないが、運動量という観点からするとちょっとやそっとじゃ揺るがない気もする。それこそ爆弾でマンションを崩壊させるようなモーションくらいじゃないと意味を成さないんじゃないだろうか。倫理的にそれは不味い。あと爆弾とか持ってないし、ギャルゲーが元になっているこの世界で手に入ると思えない。やるとすれば前者の方だろう。
「確かにそれは良いかもしれない。特にやる上でのリスクも無いしな」
「じゃあ決まり。どう、私結構役に立つでしょ」
「……まあな」
万里はどや顔でむふっと笑って、目尻が和らいだ。可愛いけど惜しい。眼鏡が無ければ凄い俺は惚れていた可能性がある……でも逆に言えば眼鏡を掛けてて良かった。お陰で万里に見惚れることはあれど、惚れることはないだろう。幾ら美少女で、善人で、良い奴と言っても恋愛的には別の話だ。この口悪美少女に惚れるとか考えたくもない。
余談はさておき。
「必要なのは大量のオブジェクトか。多分大物じゃなくて小さいオブジェクトを大量に用意した方が負荷は上がりやすいと思うが」
「ならスーパーね。ここから歩いて10分の場所にあるわよ」
「スーパーって中身もちゃんとあるのか? テクスチャ化した食品ではなく、オブジェクトとしての食品が?」
「ある。言ったでしょ、この世界は現実に近づいているって。蓬莱院の周辺は全て現実に近似しているの。それに結構大きいスーパーだから何でもあるわよ。東南アジアの食品とかあるから見てても楽しいし。あと惣菜も美味しい。あのコロッケが120円で買えるのはバグよバグ」
「商品ラインナップの充実さは今とてもどうでもいいわ!」
いつから主婦の世間話になった!
指摘された万里は顔を赤らめながら目を逸らしている。態と話を脱線させたわけじゃなかったのか。
まあいい。気を取り直す。
「つまりスーパーには大量のオブジェクトが存在しているってことだな。その時点で仮に負荷限界があるとしても、俺たちの出来る規模じゃテストにならないんじゃないか?」
現実の如くスーパーに沢山食品が置かれているのであればオブジェクト数は膨大な数になるはずだ。それで特に違和感やバグが発生してないのならそれはもう俺たちがどうにか確かめられる範囲の話じゃなくなる。
「……現実的じゃないと。それもそうね」
それを聞けばそういうものかと納得したようで、思考の海に潜るように万里は再度目を伏せた。
またもや話が戻った。
案が途絶え、お互いに無言になる。
……現実に戻る方法。
これまで、その方法がゲームを終了させる方法と同一であると認識して話を進めてきた。
だが実際には何の根拠もない。この世界はゲームではないのだ。
ゲームを終了させれば現実に戻れるという仮説が最も想像しやすいからその方向性で考えてきただけで、もしかすると他の視点からも何か考えられるかもしれない。
ゲーム終了、ゲームオーバー以外……か。
駄目だ。一切出てこない。
まるで四方八方を壁で囲まられたような閉塞感。脳味噌が凝り固まってしまっているだけだと信じたいが本当に良い考えが出てこない。クソ。
このまま俺はこの世界で生きるのか……?
ヒロインたちから命を狙われながら……?
冗談じゃない。俺はブルメモのプレイヤーだが熱烈なファンとかじゃ無いんだぞ。こういう立場はこのゲームの初回限定盤を購入してたりグッズを大量購入しているようなオタクに譲ってやりたい。
クソ。
クソがクソがクソが!
「……方法を思いついたわけじゃないけど一つ、提案がある」
何も打つ手の無い焦燥感から生まれた苛立ちを堪えつつ俺は視線を上げた。沈黙が大体10分続いた後だった。万里は怜悧な眼で窓の外を見る。
「あの子に聞けば何か分かるかもしれない」
「あの子……?」
「───
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