第5話 最初のカットと、職人の意地



 炉の炎が再び赤々と燃え上がる。


 ロードリックは、鉄の塊を慎重に炉に入れ、じっくりと熱を加えていた。


 「軽くて硬い素材が必要だが、今ある鉄ではどうにもならんな……」


 呟きながら、鉄を何度も打ち、整形していく。ユキの説明を基に、試作として「刃を二枚組み合わせた道具」を作るのが今回の目的だ。


 「細かい調整は難しいが……これで切れないことはないはずだ」


 数時間後、炉の火が落ちる頃には、見た目は簡素だが、確かに“ハサミ”の形をしたものができあがっていた。


 「おお、できたのか!」


 イーヴァが興味津々にハサミを手に取るが、すぐに眉をひそめる。


 「なんか、重たいね……」


 「まぁ、仮の試作品だからな。細かい調整まではできていない」


 ロードリックは腕を組み、出来上がったハサミをユキへと手渡した。


 「試してみろ。お前が使えるものかどうか」


 ユキは慎重にそれを受け取り、刃の開閉を試す。重いが、動かないほどではない。


 「……なんとか使えそうです」


 カミソリよりは格段に扱いやすい。まだ粗削りだが、ハサミとしての役割は果たせそうだった。


 「じゃあ、早速切ってみる?」


 イーヴァが椅子に腰かけながら、ワクワクした顔でユキを見た。


 ユキは深く息を吸い、ハサミを構えた。


 最初のカット。


 刃が髪を挟み込み、シャクッという音が響く。


 慎重にラインを整えながら、余分な髪を落としていく。


 しかし、カットのたびに抵抗があり、刃がスムーズに動かない。


 (やっぱり、問題が多い……)


 刃の切れ味は不安定で、支点の構造がしっかりしていないため、開閉時に微妙なブレが生じる。さらに、刃と刃がしっかり噛み合わず、思った通りのカットができない。


 それでも、ユキは手を止めなかった。


 カットにかかる時間は長くなったが、丁寧にラインを整えていく。


 そして、30分ほどのカットを終え、最後の髪を落とした。


 「——はい、できたわ」


 イーヴァが目を輝かせながら、手鏡を覗き込む。


 「わあっ! すごい! 私、こんなに綺麗に髪が整ったの初めてかも!」


 鏡の中には、まとまりのあるサラサラの髪が映っていた。ボサボサだった髪が均一に整えられ、顔の輪郭が引き立っている。


 「まるで別人みたい……!」


 イーヴァが興奮気味に髪を触る横で、ロードリックは腕を組みながら静かにその様子を見ていた。


 「……なるほどな」


 低く呟かれた声に、ユキはふと彼の方を見た。


 「お前の技術、本物の職人のものだな」


 ロードリックの目は真剣だった。


 「だが、この道具じゃ、お前の腕を十分に活かしきれない」


 ユキは頷いた。


 「はい。切れ味も不安定で、細かい調整が効きません。もっと軽く、しっかりと噛み合うハサミじゃないと、精度の高いカットは難しいです」


 ロードリックは静かに顎に手を当てた。


 「……ハサミの構造と仕組みを、もっと詳しく説明してみろ」


 ユキは深く頷き、紙とペンを借りてカットシザーの構造を描き始める。


 「まず、刃の角度は鋭利で、髪を逃さず切るために滑らかな曲線を描く必要があります。そして、支点の部分はしっかりと作らないと、開閉のたびにブレが生じて切れ味が落ちるんです」


 ロードリックは図を覗き込み、ふむ、と頷いた。


 「なるほど……普通の刃物とは違う仕組みだな。鋼の性質も変えねばならん」


 「今ある鉄では難しいですよね?」


 「そうだな。もっと軽くて、錆びにくい、なおかつ耐久性のある鋼が必要だ」


 「それなら……ステンレスの合金を作れませんか?」


 ユキが言うと、ロードリックは目を丸くした。


 「ステンレス? なんだ、それは」


 「鉄にクロムとニッケルを加えて、錆びにくく、強靭な性質を持たせた合金です。配合は……」


 ユキは紙に、鉄・クロム・ニッケルの適正な割合をすらすらと書き出した。


 ロードリックはそれを見て、しばらく沈黙した。そして、口角を上げ、愉快そうに笑う。


 「お前、本当に変わった奴だな」


 「そうでしょうね」


 ユキは、ロードリックの興味を引いたことを確信した。


 「……やってみるか。もし本当にそんな鋼材が作れたら、これは大発見だ」


 イーヴァが、きらきらした目で二人を見つめる。


 「なんか、すごいことになってきたね!」


 ユキも、ふっと笑った。


 この世界で、初めて誰かと同じ目標を持った気がする。


(第6話へ続く)

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