第6話 鋼を鍛ち、精密を極める
鍛冶場の空気は熱気に包まれていた。
炉の中では、鉄とクロム、ニッケルが赤く燃え盛り、じっくりと溶解しながら一つの合金へと変化していく。
ロードリックは炉の炎を慎重に調整しながら、ユキの書いた配合比率の紙をじっと見つめていた。
「鉄にクロムを加えて錆びにくくするのは分かるが……ニッケルか。粘りを出すための成分だな?」
「はい。クロムだけでは硬くなりすぎて脆くなるんです。ニッケルを適量混ぜることで強度を保ちつつ、しなやかさを持たせられます」
「ふむ……」
ロードリックは、鍛冶師としての経験と知識を総動員しながら、慎重に金属の配合を調整していく。
数時間後、ようやく炉から取り出された塊は、通常の鉄よりも銀白色に輝き、どこか滑らかな光沢を持っていた。
「……確かに、これまでの鉄とは違うな」
ロードリックは手に取って観察しながら、唸るように言った。
「これを適切に鍛造し、刃物に加工できれば……本当に錆びにくい鋼が作れるかもしれない」
ユキは頷く。
「この組成なら、耐久性もあり、研げば驚くほど鋭利な刃になります」
ロードリックは目を細め、少し笑った。
「お前、本当に鍛冶屋の仕事もできそうだな」
「私は美容師ですから」
ユキは微笑みながらも、心の中では期待と不安が入り混じっていた。
——この合金が成功すれば、私の技術を最大限に発揮できる道具が作れる。
第一号試作、課題の洗い出し
新しい合金を用いて、ロードリックが最初のカットシザーを鍛ち上げた。
見た目はシザーそのものだったが、開閉すると、微妙な違和感を感じた。
「……悪くはない。でも、まだ完璧じゃないわ」
ユキは慎重にハサミを開閉しながら、違和感の原因を探った。
「刃の角度は悪くないけど、支点の噛み合わせが少しズレている。それと、動かした時の抵抗が大きい」
ロードリックが頷く。
「支点の精度が低いせいだな。だが、ハサミの支点をこれほど緻密に調整したことはない。どうすればいい?」
ユキは少し考えた後、紙に新たな設計図を描き始めた。
「理想は、支点にベアリングを入れることです。でも、今の技術では難しいですよね?」
ロードリックは図を見て、少し考え込んだ。
「ベアリングは無理だな……だが、支点の接触面を最小限にすれば、摩擦は減らせる」
「たとえば、支点の金属同士が直接こすれないように、極小の溝を作るとか?」
「それならできるかもしれん」
ロードリックはすぐに工具を取り出し、支点の軸となる部分に極めて浅い溝を削り込んだ。
「こうすれば、接触面が減って、スムーズに動くはずだ」
ユキは試しに開閉してみる。
「……さっきより軽くなりました!」
思った以上に滑らかになり、刃の動きがスムーズになった。
だが、次の問題に気づく。
「でも、このままだと、長時間使っているうちにネジが緩んできます」
「確かにな……何か方法はあるか?」
緩まないネジの開発
ユキはすぐに、新しいアイデアを考えた。
「ネジの頭の裏側に溝を作り、そこに薄いプレート状のワッシャーを入れます。そして、そのワッシャーの表面に小さい突起を作り、ネジが緩まないように固定するんです」
ロードリックは興味深そうに図を覗き込み、唸るように言った。
「なるほどな……この小さな突起が、ネジの動きを固定するのか」
「そうです。これなら、支点が緩むことなく、スムーズに開閉できます」
ロードリックは少し黙っていたが、やがて大きく笑った。
「面白い! こんなアイデア、今まで考えたこともなかった!」
すぐに実験を開始し、ワッシャーの形状を微調整しながら、最適な構造を模索する。
数時間後、ついに完成した新しい支点機構が、ハサミに組み込まれた。
ユキは慎重に開閉し、刃を試しに紙にあてる。
シャクッ——
まるでシルクを裂くように、紙がスムーズに切り落とされた。
「……完璧だ」
ユキは驚きを隠せなかった。
ロードリックも腕を組み、満足げに頷いた。
「錆びにくく、軽くて、耐久性がある。さらに、支点がスムーズに動き、ネジも緩まない……これまでにない鋏だな」
イーヴァが感心したようにハサミを眺める。
「すごい! これなら、ユキの技術を存分に活かせるね!」
ユキはハサミを握りしめながら、実感した。
——私は、ここでも美容師になれるかもしれない。
ただ生きるのではなく、自分の技術を活かし、この世界に何かを残すことができるかもしれない。
ロードリックは、そんなユキの表情を見て、ふっと笑った。
「……いいな、職人の顔になってきた」
ユキはロードリックと目を合わせ、自然と笑みがこぼれた。
——この世界で、初めての美容師としての第一歩を踏み出す。
(第7話へ続く)
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