第30話 (タクやっぱりコロス)

 寿司屋の店内に大量の猫ほどの大きさの生物が次から次へと湧き出ていた。

 何もないはずの空間に見えない扉でも開いたように、きりもなく現れてはうようよと増えていく。

 長毛のアフガンハウンドのように長い毛並みで覆われた生物は、一見可愛らしかったがよく見るとモップ状態のたくさんの足(触手?)といい、毛並みの下から覗く血の色に光る目といい地球上の生き物とも思えない。

 だが銀には記憶にある姿だった。文のペットのギンちゃんにそっくりだ。けれど本当に同じ生態をもっているのなら厄介なことになる。

 店内が騒然となっていた。悲鳴と罵り声があちこちのテーブルから聞こえてくる。

 謎の生き物は、レーンに乗って運ばれてくる寿司を片っ端から平らげていた。それだけでは足りないのか、客のテーブルに飛び乗り、食べかけの皿に首を突っ込んでむさぼり食っているものもいる。

 客たちは勘定もそっちのけで店から押し合いへしあい逃れようとしていた。出口近くで押されて倒れた人たちと、その上にのしかかっていく他の客。

 危ない。と坂茂知がヒヤリとしたとき、ユウリの体を放り出した銀がそっちにすっ飛んでいくのが見えた。滑り込むように人の群れの中に飛び込んだ銀は、倒れた数人の客の前にかがみこんだ。折り重なって団子状態になっている人たちをその細い背中で食い止めながら、倒れた人たちを起きあがらせる。

「危ないから押さないで下さい!」

 銀は懸命に叫ぶ。だがそのとき、店内の様子が目に入り、彼女は口を開けたまま絶句する。

 いやな予感が現実になっていた。たんまり食べたギンちゃんタイプの宇宙生物、ラランンペナリ改良バージョンⅡは次々に巨大化していた。

 猫から一気に力士サイズになったそいつらは、食べ物を探して店内をうろうろと移動している。逃げ後れたカップルが抱き合って悲鳴をあげていたが、巨大生物たちは気にするでもなくどんどん側を行き過ぎていく。

 エサさえ与えておけば温和な生き物なのだ。だが突然狂暴化する事があるのを、銀は実際に体験して知っていた。

「どうすればいい?」

 途方にくれてつぶやく。とりあえずカップルを救出しないと。でも今ここを離れるのは危険だ。その時、ユウリの声が聞こえた。他の人間には聞こえるはずもない小さな声だったが、銀の並外れた聴覚はしっかりと聞き取った。

(ぎん。ユウリを嫌いになるな)

(ケガさせたのあやまる)

(好き。ぎん)

(あのデロデロしたクサイ物、地球人は本当にあれを食べるのか)

(タクやっぱりコロス)


 後悔と懺悔と怒りと……様々な感情が囁きに込められていた。泣いているようにも聞こえる。

 だがその言葉を聞いた時、銀は心の氷がすこしづつ溶けていくのを感じた。

 指はまた治してもらえる。治らなくてもまだ右手が残っている。

 ユウリの耳に届くようにと、できるだけ大きな声で叫ぶ。

「ユウリ!」

(?)

 遠くの方で坂茂知と一緒にいるユウリがこっちを向いた。

「もうユウリの事嫌いじゃない。怒ってないから、これを消して!」

 叫びはユウリの耳に届いたらしい。

(ウソ)

 微かに聞こえるユウリの声。

「ウソじゃない。ユウリ、もうやめて」

 店から逃れようとする客たちにもみくちゃにされながら、銀はユウリに呼びかけ続ける。

(ホントにホントウか?)

「本当です。私もユウリが好き!」

 店内に充満していた異様な気が、どんどん薄れ力を失っていった。

 大量にいたギンちゃんの同類たちは、一つ、また一つと消えていく。ついでに客も逃げてからっぽになった店内を、坂茂知が横切って銀に近づいてきた。

「もう大丈夫みたいだ。あいつらみんな消えたよ」

 髪も服もぐしゃぐしゃになった銀が周囲を見渡すと、確かにあれほど大量にいた獣は一匹残らず消えていた。

 でもとことん喰い荒らされた皿はそのままで、やっぱり今の光景は夢や幻ではなかったと分かる。ユウリは床にべったりと座ったまま、じっと俯いていた。

 銀はユウリの側に行き、手をのばしてユウリの白髪をそっと撫でた。

「ユウリ」

 呼びかけると、白いまつげが持ち上げられ銀を見つめる。ユウリは銀の左手に触れると、痛々しく変形した指を撫でる。

 銀はぎくりとして指をひっこめようとしたが、ユウリは銀の腕をしっかり掴んで放そうとせず、やがて銀は掴まれた腕から熱量の塊のようなものが流れ込んでくるのを感じた。 

 その熱は指を中心に全身に広がっていったが、不安は感じなかった。なんだか体がふわふわしてすごく気分がいい。まるで空中を浮遊してるような。

「銀ちゃん」

 坂茂知の声にふいに意識が戻る。心地よい場所から突然地上におとされたような覚醒感。文によるバージョンアップや修理の際に、一時的に機能を停止させられる事はあったが、その後電源をオンにされる時と今の感覚とはまったく違っていた。

(人間が眠りから急に目覚めるのってこういう感じなのだろうか?)

 銀は思う。

「銀ちゃん。手が治ってる」

 坂茂知に言われ、はっとして指を見ると、歪んでいた指はまっすぐになっていて、動かしてみても何の引っ掛かりも感じられない。

「ユウリが治してくれたの?」

 無言のままユウリが頷いた。

「ありがとう」

「……」

 ユウリはいつもの無表情のままで返事もしなかったが、銀に触れていた指をいつのまにかしっかり銀の指に絡ませていた。

「そうだ。これ」

 坂茂知が銀のリュックに入っていた王冠から、元々くっつけられていたウィッグを器用に取り外すと、改めて冠をユウリの白髪の上に乗せた。

「もう勝手に外しちゃダメだぞ」

 そういう坂茂知に銀はあやまる。

「ごめんなさい。はずしたのをすっかり忘れていました」

 ロボットだって忘れることはあるのだ。

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