第29話 (酒飲ませたのまずかったかな)

 坂茂知の提案で、三人が落ち合ったのはマンション近くの回転寿司の店だった。時計の針はちょうど午後一時を指していて、坂茂知は腹が減っていた。

 尚也はかなり興奮していた様子なので、しばらくはここで銀たちに会うことを知らせないでおく事にする。放っておいてもそのうち来るだろう。

 坂茂知は店の前で一服しようとタバコケースを取り出す。が、火をつける前に銀とユウリが現れてしまった。

(あれ?)

 見た目は昨日とさして変わらない二人だったが。銀からいつも感じる、柔らかい穏やかな空気が消えていた。固い表情のまま、坂茂知を見ると小さく会釈する。少し後からついてくるユウリは銀の背中をじっと見つめたままで、坂茂知には全く意識が向かない様子だ。

 事情は中で聞き出そうと、坂茂知はタバコをあきらめ二人を促して店内に入った。なぜか銀は真ん中に坂茂知をはさんでカウンター席に座ろうとした。坂茂知はまずビールを注文し、左隣の銀の様子を伺う。

 銀は厳しい表情のまま、流れてくる皿をにらんでいた。以前坂茂知が連れてきた時は、ほとんど何も口にはしなかったが、寿司をのせた可愛い乗り物たちが走ってくる光景や、家族づれの多い店の雰囲気に楽しそうに目を輝かせていた。それを見ているだけで、坂茂知の食欲までいつになく旺盛になった。

(ずいぶんご機嫌ナナメだな。ユウリ、銀になにした?)

 そして坂茂知をはさんで反対側にはユウリが座っていた。この配置がまず奇妙だ。昨日のあのユウリの態度からすれば、当然銀の隣の椅子に陣取るはずだ。こちらも固い表情で、坂茂知がユウリの前に置いてやった湯飲みをじっと見ている。

 だが、ユウリの関心が今は全く坂茂知に向けられなくなったのは、坂茂知にとっては長く課せられていた重荷がなくなるという事だ。

 坂茂知はいつだってユウリの視線が怖かった。ユウリはいつもまっすぐに坂茂知にぶつかってきた。二人が恋人どうしだった頃。恋人の何もかもを知りたがり欲しがるユウリの執着が、いつしか坂茂知にとって負担となっていった。

 分速0.8光年の探険船に飛び乗って逃げるように故郷を離れ、あっというまに月日は過ぎていった。だが今になってユウリが追ってくるとは。しかもそれは坂茂知を消すためだった。

「さ。二人とも遠慮なく食えよ」

 箸をとって銀に渡そうとして、坂茂知はようやく銀の左手の指が異常な形に捩じれていることに気づいた。

「どうしたんだ、それ」

「なんでも」

 なんでもない訳ないが、坂茂知はそれ以上追求するのをあきらめ、今度はユウリに声をかけた。

「ユウリ、せっかく来たんだから、地球の食べものもちょっと口にしていけよ」

 張りつめた空気を少しでも和らげようと、坂茂知はニコニコと笑い続け、顔が筋肉痛を起こしそうだった。

 ユウリはきびしい表情のまま流れていく寿司に目を向けていたが、やがて決断したように手をのばし、その時ちょうど自分の前に運ばれてきた皿を取った。

 納豆とオクラとイカの太巻き。気づいた坂茂知が、ユウリそれ食えるか?とチラリと思った時にはユウリは寿司を指でつまみ、何の躊躇もなく口に放り込んでいた。固い表情のままもぐもぐと口を動かしていたが、やがて。

「ううええっ」

 口をおさえてカウンターに突っ伏す。

「ユウリ。これを飲め」

 坂茂知は口直しのお茶を差し出してやる。がぶりと飲んだユウリが今度ははげしく咳き込んだ。

「あっ、ごめん。熱かったか?これで冷やせ」

 坂茂知が苦しむユウリの口にビール瓶の口を含ませ、直接ビールを注ぎ込む。ごくごくとユウリが飲んだ。

 「えらい目にあったな」

 ようやく坂茂知がビンを離し、ユウリの背中をさすってやる。ユウリはまっかな顔でしゃっくりをしていた。

 一方銀は、この騒ぎの間もチラリともユウリに目を向けようとせず、前回とはまったく違う勢いで寿司を食べ続けていた。

「ううっ」

 突然ユウリがくしゃっと顔をゆがませる。突然涙を流し始めたので坂茂知はひどく驚いた。ユウリの泣き顔なんか、これまで見たこともない。

 数年前、ユウリに相談もせず未知の惑星へと飛び立った時も、彼女はいつもと変わりのない超然とした態度で坂茂知を見送っていた。

 あの時は正直どんな嫌がらせをされるのかとドキドキしていたので、船がタラモンジャ星の成層圏を抜けたときには心底安堵したのだ。

(酒飲ませたのまずかったかな)

 ユウリは泣きじゃくりながらなにかを呟き続けている。

 微かな声に坂茂知は耳を傾けるが、吐息のような囁きは聞き取れない。すると銀が坂茂知に尋ねた。

「にゃんこにゃにゃにゃんにゃんにゅー……って?」

「!」

 血相を変えた坂茂知が、母星語でなにやら叫び、椅子を蹴って立ち上がった。

「ああっ、ないっ!」

 ユウリがいつも頭につけている王冠がないことに気付く。

「?」

 銀はなんの事か分からない。王冠は風呂に入る前にじゃまそうだからウィッグごと外して……ユウリには頭から大きなタオルをかぶせておいたのだが。冠は銀のリュックにまだ入れたままのはずだ。

 だが。タオルもない今、スキンヘッドのはずのユウリの頭には、しっかり髪の毛が乗っかっている。いつから髪が復活していた? もしかしてユウリのコピー能力というものがここで発動したのだろうか。

 坂茂知はあの王冠をユウリのPSYを制御するためのものと言っていた。

 坂茂知は怪しい呪文を唱え続けるユウリの体を揺すって止めさせようとしている。その様子を見た銀は、立ち上がるとおもむろにユウリの体を椅子から抱えあげると、そのまま肩にかついで店の入り口に向かう。

 何が起ころうとしているのかは謎だったが、他の客に危険があってはと元凶を遠ざけるつもりだった。

 華奢な少女が長身の女性を軽々と担ぎあげて運んでいる光景は、他の客にとって異様なものだったかもしれない。だが、今は構ってはいられなかった。

 肩の上でユウリがクスクスと笑っていた。

「もう遅い」

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