第31話 「おまえ、いつもユウリのじゃまする」

 ユウリの暴走はストッパーになる王冠を外した状態で、納豆おくらイカ太巻きを食べたショックと、さらに無理やり含まされたアルコールによるものらしい。

 もちろん銀の態度に傷ついていたのもあるだろう。

「なっとー二度と食べない」

 ようやく店を出ると、恨めしそうにユウリが坂茂知を見た。

「なんだよ。ここは子供にも大人気の寿司店だ。食えないような変なもんは置いてない」

「臭くてズルズルつながってた」

「納豆はお前が勝手に食べたんだろ」

 ユウリは坂茂知を睨んだ。

「タクはユウリを捨てたから、ユウリはタクを消すためにここに来た。でもユウリはぎんを見つけた。タクを消すのやめたのに、タクはユウリになっとーを食わせた」

「それくらいなんだ。俺はおまえのせいで、死にそうになったんだぞ」

 どっちもどっちの二人が文句を言いあう。

「ここで喧嘩しないでください」

 銀がそう言うと、ユウリはつないでいた銀の手を両手で包み込む。

「ユウリ、ぎんとずっといっしょにいる」

「ずっと、ですか?」

 ずっととはいつまでなのか。どちらかが、或いは二人がこの世界から消滅するまで?

「指おってごめん。店めちゃくちゃにしてごめん」

 ユウリが謝るのなんか初めて聞いたかも、と思いながら坂茂知はこっそり決心する。

 今回の寿司店の一件に関しては知らんぷりさせてもらおう。めちゃくちゃと言っても、他の客が謀らずも食い逃げしてしまった寿司代と、皿が少しばかり割れたくらいで、店そのものにはそこまで被害はないはず。だと思いたい。

(これは謎の集団幻覚事件だ)

 店内の防犯カメラに何か妙なものが映っていたかもしれない。が、それはカメラが何らかの事情で反乱を起こしたとか何とか、無理やり受け入れてもらうしかない。

「地球人はなんであんなもの食う?」

 ユウリはまだ納得できないらしい。

「納豆は多くの日本人にとって欠かせない食べ物です。コストパフォーマンスも良くて坂茂知と尚也も納豆が大好きです」

 ユウリが信じられないと言いたげに口をへの字にする。

「美容と健康にも良いらしいです。でもユウリは食べなくても綺麗」

 銀は少し背伸びしてユウリの髪を撫でた。撫でながらこれから自分たちはどうなるんだろうと、不安と期待が混じった不思議な感覚に捉われていた。


 銀の移動ポイントを追って遠回りした後、ようやく寿司店にたどり着いた尚也は、目の前の光景をどう判断していいのか分からなかった。

 昼食時だというのに客は全くいなくて、がらんとした店内を従業員が後片付けに走り回っている。何かろくでもない事でも起こったのか。それはユウリたちに関係している?

 店の出入口近くに銀と坂茂知とユウリがいた。どうやら食事を終えて帰るところらしい。そしてユウリは相変わらず銀にべったりと懐いている。

 なんなんだよこの二人は。と、尚也は思う。かたや異星人かたやロボット。ともに地球人と恋愛するよりは抵抗がないのかもしれないが、昨夜のような二人の濃すぎる絡みは、尚也にとって刺激的すぎたし違和感もすごかった。


「先生」

 尚也は坂茂知に声をかけた。

「ああ。来たのか」

 坂茂知が尚也の方に歩いてくる。だが銀とユウリは尚也にチラリとも視線を向けようとせず、お互いに見惚れてでもいるかのようだ。

「なにやってんです。あいつら」

「うん。仲直りかな。ユウリがちょっと興奮してね。でももう大丈夫だから」

「これで?」

 ガラス張りの店の外から、荒れた店内の様子はよく見えた。

 坂茂知は困ったように笑うと、一向に離れようとしない二人に声をかけた。

「そろそろ帰らないか」

 手をつないで近づいてくる二人を、尚也はイヤそうに見た。

「銀はユウリさんが好きなのか?付き合う気?」

「好きだと思う。でも付き合うかどうかはまだ分からない」

「そんな程度なら外でベタベタするのやめろよ」

 今、ユウリは銀の背後に立ち、あすなろ抱き、もしくはバックハグで銀を腕の中に閉じ込めて満足そうだ。尚也はユウリが自分に対し、銀との仲を見せつけているような気がしてならなかった。別に尚也自身は銀に対して特別な感情なんか持っていないのに。

「先生。今日は絶対に先生の家にユウリさんを連れて帰ってください」

 尚也は坂茂知にはっきりと告げる。

「うーん。でも無理に引き離すとまた何やらかすか…」

 そんな会話をしながら尚也と坂茂知が銀たちに目を向けると。銀をがっちり後ろから抱きしめたユウリが、道の真ん中で銀の額や頬についばむようにキスを繰り返していた。通行人たちがわざとらしく目を逸らせながら、足早に彼女たちの脇を通りすぎていく。

「こらこら」

「なにやってんだよ!」

 坂茂知と尚也が、両側から二人の体をつかんで引き離そうと引っ張る。二人の体が離れた時、しっかり固定させておかなかった王冠が、コロリとユウリの頭から転がり落ちた。ユウリが二人を睨む。

「ぎんはユウリのもの。なぜ盗ろうとする」

 ユウリの髪がゆらゆらと逆立ち始めた。それだけが独立した生き物のようにうねうねとうごめき、そしてユウリの全身が青白い光にボウッと包まれる……

「あっ!ちっ」

 ユウリの体を引っ張っていた坂茂知の手に白い光が飛び移り、坂茂知はあわてて手を引っ込めた。

「痛てて…やめろ!ユウリ。ほらアレを見ろ!」

 白い光を放つユウリの視線が坂茂知の指先を追い、歩道の脇に乗り捨てられていた自転車に向けられた。その瞬間錆びた自転車が青い光に包まれる。ぐにゃりとアイスクリームが溶けていくようにドロドロと形を失い崩れていくのを、尚也は空恐ろしい思いで見ていた。 ユウリの能力について自分は甘く考えていたらしい。こんな危ないやつだったなんて。

「ユウリの力が不安定になっているな。今日は色々あったし。困ったなあ……」

 坂茂知がちらりと尚也の反応を伺う。尚也はお預かり延長は絶対にイヤだ、と完全無視だ。ユウリは無邪気な笑顔を浮かべて、銀に手を差し伸べていた。

「ぎん。こっちに来て」

 夢見るような声。銀が暗示にでもかかったように危なっかしい足どりでユウリに近づいていく。熱さも感じないのだろうか。なおも青い光に包まれているユウリの体に銀が手をのばした。

「やめろ!バカ!」

 尚也は叫んだ。銀の腕を掴んで力任せに引き寄せると、ユウリが妖しい光を宿す目を尚也に向けた。

「おまえ、いつもユウリのじゃまする」

 ケロリと異様なほどに明るいユウリの声。尚也は正直恐ろしくてならない。人間の姿をした怪物だ。こいつは。だがその時、銀が尚也とユウリの間に割って入った。

「ユウリ。尚也を傷つけたら許しません」

 尚也に危険が及びそうだと感じた銀は、ぼんやり膜が張ったようだった意識をリセットしていた。

「ぎん。どうして?」

 不思議そうなユウリの声。真っ白に発光していたユウリの目が少しづつ光を失い、もとの金色の輝きを取り戻しつつあった。銀の背後に隠れながら、尚也はなんとかしてくれ、と坂茂知を見る。

(同郷だよね。この物騒な宇宙人をなだめる方法はないの? 一応恋人どうしだったんだから、ユウリの御し方を多少は分かっているはず)

 すると坂茂知は困った表情で、ある店舗のオープンテラスを指し示す。

「ここであれこれ揉めるのは通行人のじゃまになるから、あの店で話そう」

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