第2話 聖騎士団

 エル兄があの後どうなったのかは分からない。ただ分かるのはもう奴らが俺のすぐ側まで迫っているということだけだった。息が上がり、頭もふらふらする。走る速度が大きく落ちているのは自分でもよく分かっていた。グギャグキャという連中の声は獲物を追い立てる楽しげなものに思える。実際、俺は奴らの遊び道具のようなものだった。もう俺を捕まえられるところまで迫っているはずだが、俺を追い詰めるのを楽しんでいるようだった。


 だが、それもここまでだ。思い知れ化け物ども!


 俺は通路の先、大きく広くなった空間に身を投げて転がり込んだ。


「来たか坊主!」


 待ち構えて大盾おおだてを構えていたおじさんの太い腕が俺の服をつかんで後ろへと引きずり込む。俺のさらに後方からたくさんの弓の放たれる音がした。この大きな空洞になだれ込んできた小鬼たちに矢が降り注ぐ。甲高かんだかい声で悲鳴を上げるゴブリンたち。矢の刺さった者は倒れ、後ろから次々となだれ込んでくる魔物たちにのみ込まれる。更に矢が放たれた後、盾を構えた冒険者たちが突進し魔物の流れをき止めた。


 そこにおどり出たのは銀髪の冒険者。舞を舞うように双剣で小鬼たちを斬り伏せていく。。それに続いて他の冒険者たちも剣を抜いて突入していった。かなりの数の魔物だったが、あっという間に彼らは魔物を殲滅せんめつしてしまった。


「アルベルト無事だったか。エルンストは……」


 シルビアさんが俺のもとにやってきた。彼女はさっしたのか悲しそうな顔をするとそれ以上何も言わなかった。


「ああ、これ。エル兄が、シルビアさんにって」


 俺はエル兄から託されたピンクの魔晶石を差し出す。


「私に? そうか……」


 彼女はそれを受け取ると胸の前で握りしめ何かをこらえるような顔をしていた。


 不思議な人だ。使。これまで俺の兄弟たちが戻ってこれなくてもそんな顔をする冒険者はいなかった。たとえ死んだってその後は天国っていういいところに行けるって神父さまから教わった。そこは腹が減る心配もない凄いところだって言うし。どうしてそんな顔をするんだか? あれ? さっき俺もそんな顔して泣いてたっけ……。俺もやっぱりおかしいな。ああ、きっと疲れてるんだ。


「よくやったな坊主!」


「ああ、リーダー。俺も魔石取るの手伝います」


「いや、人手は足りてるから問題ねえ。これが報酬だ、受け取りな」


「ありがとうございます! 銅貨が三枚も、すごい!」


 普段ならひとりにつき銅貨一枚だ。エル兄の分を合わせたとしても二枚なのに、今日は三枚も貰えた。


「ギラン殿、それが彼への報酬なのか?」


「ああ、そうだぜ。何か文句あんのか?」


「いや、命がけの働きに対してそれは少なすぎるのではないだろうか?」


「うっせえな、新参しんざんは黙ってろよ。アンタには働きに見合った報酬をちゃんと用意すっから心配すんな」


 リーダーとシルビアさんが何かしゃべっていたが、俺は帰りに買って帰る食糧のことで頭がいっぱいだった。その場を離れているリーダーの背中をなぜか怒った顔でシルビアさんはにらみつけていた。


 ゴブリンは素材として使える部分がほとんど無く、体内にある魔石を回収すれば作業は終わりである。野外の場合、要らない魔物の死骸は埋めるか焼くかしないと他の魔物が集まる原因となるのだが、迷宮では放っておけば地面に吸収されてしまう。神父さまはそれを『循環』だと言っていたが、俺にとってはそんな言葉よりも楽チンなのが気に入っている。あの小鬼たちはひどにおいがするが、焼くとさらに耐えられないほどの悪臭を放つ。俺にとってそれは一番やりたくない仕事だった。


「さあ、引き上げるぞ! ギルドで換金したら宴会だ!」


 リーダーの声に冒険者さんたちから歓声が上がる。俺もその中に紛れ込んで残飯ざんぱんを回収する予定だ。いつもの酒場ならかなり美味いもんが期待できる。



「残念だがお前たちはここで拘束されることになる」


 なんだ?


 シルビアさんが剣を抜き、切っ先をリーダーに向けていた。


「おいおい、どうした姉ちゃん。気でも違ったか? ん? 何だおめえらは!?」


 振り向くと出口に向かう通路から白銀の鎧を着た騎士たちがぞろぞろと現れた。国の騎士さまは訓練で王都を離れるので見かけたこともあるが、その武装は俺の見たことのないものだった。


「動くなお前たち! 我々は教皇庁より派遣された聖騎士団デアル。教会の保護する孤児への虐待の罪により貴様らを断罪するのデアル」


 一際身体の大きな坊主頭の男がそう言った。


「はあ!? 何言ってんだ? 教皇っていったら西の聖教国の偉いさんだろ。この国と関係ねえし、そもそも冒険者ギルドは国なんかからは独立した組織だろうが。どうしておめえたちが俺達のすることに口出しできるだよ? ああん?」


 リーダーがそうすごんでみるが、男はニヤリとわらい手に持っていた羊皮紙ようひしの巻物を広げてこちらに向ける。


「この国は三年前からの『災厄さいやく』により疲弊し、民が困窮にあえいでいることから、我々はこの国の王からの支援要請を受け、問題を解決すべく遠路遥々やってきたのデアル。ちなみにこの国の冒険者ギルドは半年前に本部より撤収の指示が出ているのデアル。それを隠し営業を続けていたギルド長は、さらに粉飾決済により私腹を肥やしていたことも判明し、既に我らが断罪したのデアル。ギラン、貴様もそれに加担かたんしていたことも分かっているからして、この場で断罪するのデアル」


「うっ……、くそっ! てめえら、こんな奴の言う事を信じるんじゃねえぞ! お、おい……」


 冒険者さんたちはリーダーの言葉に反して、次々と武器を捨てていく。


「てめえら……」


「諦めろ。どのみちお前に逃げ場などない」


 シルビアさんが首元に剣を突きつけるとリーダーはへたり込んでしまった。

 

 何なんだよ、この状況は……。

 

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