異世界再構築 Re:construction ~底辺無自覚最強系少年は世界を変える~

卯月二一

第1話 じゃあ、頼んだぜ!

 薄暗い洞窟の岩壁に身体を預ける。岩は魔力を帯びており薄っすら白く発光していた。昨日から何も食べていなくて頭が上手く働かない。でも、いまが最も意識を研ぎ澄ませて警戒しないといけないことも分かっている。これを無事に乗り切れば帰って食い物にありつけるんだ。できることなら仲間たちみんなで笑って飯を食いたい。背中に当たる冷たい岩壁の感触。それが俺の体温を奪っていくが、そんなことより休みたいと身体のほうが言っている。この複雑に入り組んだ迷宮の中を魔物を探して気を張りながら歩き回った。もうくたくただ。できることならこのまま眠ってしまいたいがそんなことも言っていられない。


 奥から走ってくる足音が聴こえてきた。これは奥に様子を探りに行ったエル兄に違いない。


「アル! やつらの巣があったぜ。立て! 走るんだ! 道は頭に入ってるな?」


「ああ、もちろんだとも!」


 俺の兄貴分であるエルの背後からも、たくさんの足音と気味の悪い魔物たちのグキャグキャという声が聴こえてきた。すぐさま俺は立ち上がり、逃げてくるエルに合わせて駆け出した。


 ヒュン。


 俺の耳元、風を切る音が聴こえた。


「弓矢かよ! 雑魚のくせに道具まで使いやがって!」


「ははっ、気をつけろよ。あいつらやじりに毒まで塗るんだぜ」


「マジかよ、エル兄。そんな笑ってる場合じゃねえし、そういう大事なことは先に……」


 ヒュン、ヒュン。


「ぬおっ! 危ねえじゃねえかあ!」


 足元にいくつも矢が突き刺さり、俺の走る速度が一段階上がる。だがエル兄は俺より足がずっと早い。彼の背中がさらに前へ前へと離れていく。彼は左の通路に曲がり、その姿が見えなくなってしまった。小鬼どもは飛び道具は諦めたのか矢は飛んでこないが、俺はエル兄に置いていかれるんじゃないかと不安になる。それに腹が減ってもうこれ以上走れるかどうかも怪しくなってきた。距離は取れたようだが、背後からはまだ小鬼の嘲笑あざわらうような声が洞窟の中で響いている。なんとか俺も左の道に走り込む。


 あれ? どうしたエル兄?


 曲がりくねった通路の先で先に行っていたはずのエル兄が、こちらを向いて笑顔で右手を上げて振っていた。


「ど、どうしたんだよ? 逃げなきゃヤバいって」


「ああ、その通りだ。だが、やっぱり俺には無理みたいだ……」


 エル兄が自分の左脚を指差す。


「ああ……。そんな……」


 奴らの矢がかすったのだろう切り裂かれて血のにじんだズボンの布の下には、紫色に変色した肌が見えた。


「へへっ、本当はお前がゴブリンたちに捕まって襲われている間に逃げ切れるかって思ったんだが、悪いことは考えるもんじゃねえな。もう左脚がピクリとも動かねえ」


「何言ってんだよ。俺が肩貸すから逃げようよ!」


「ダメだって……。分かるだろ? そんなんじゃすぐに追いつかれちまう。それにこれまでもそうしてきただろ? 足の遅いやつ、ドジなやつ、運の悪かったやつ、みんな見捨ててきたじゃねえか。それでもうらみっこなしだってみんなで決めたはずだ。たまたま今日が俺の番だってだけのことだ。アル、お前は逃げろ。外にはまだ腹をすかせてる幼い弟たちもいるんだ。分かってくれ……」


「そんなの嫌だよ……」


 俺達は魔物たちをおびき寄せるためのおとりだ。ここ数年、迷宮の魔物、いや迷宮外の魔物もそうだが連中は智恵をつけたのか急に賢くなったらしい。不利な戦いは避け、冒険者の隙をついて罠なんかでめて集団で襲いかかるようになった。迷宮の奥に巣を作って、それは村みたいなものだとも聞く。それでも人間に対しての攻撃性は変わっておらず、俺達のような子どもに対してはめてんのか何の考えもなく釣られて出てくる。それを利用して大人の冒険者たちは狩りをする。なんでも、奴らから得られる魔石はみんなの生活に欠かせないものらしい。俺達孤児が人の役に立てるのはこんなことしかないし、上手く言ったら腹いっぱい飯を食わせてもらえる。


「これをさ……、アルに頼みてえんだよ」


「何?」


「シルビアさんに渡してくれ。あの人欲しいっていってたからさ」


 それは薄いピンク色の透き通った魔晶石ましょうせきのかけらだった。魔物からとれるそれは魔素溜まそだままりで極稀ごくまれに見つかることもある貴重なものだ。以前、もう死んじまった兄貴のひとりが、それを持ち帰ったら大人たちが大喜びしていた。シルビアさんというのは最近この狩り場に流れてきた女の冒険者さんで、銀色の長髪の綺麗なお姉さんで優しい人。エル兄が憧れているのは俺も知っていた。


「そんなの自分で……」


「じゃあ、頼んだぜ!」


「あっ!」

  

 アル兄は俺の手に魔晶石を握らせると同時に俺を突き飛ばした。疲労でそれにあらがえずよろめいた俺は数歩後ずさる。その隙にアル兄は左脚を引きりながら、大きくなっていた魔物たちの声のほうに進む。彼を引き止めたり、共に魔物の群れの中に身を投じることもできたはずの俺の足は、震えてまったく動かなかった。いや、正直に言えば怖くて何も行動に起こせなかったというのが正しい。通路を曲がったアル兄の姿が見えなくなると、俺の足は何かから解放されたかのように動き出す。彼とは真逆の方向にだ。


 俺は泣きながら、わめきながらただ走ることしかできなかった。

 

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