神宿りし者たち

みずきち

プロローグ

「はあはあはあ」


 夕焼けとは似ても似つかないほどの赤黒い空。

 血しぶきのような霧に包まれた空間。

 どれだけ走っても走っても同じ景色が続くばかり。

 もう体力も尽き果て、精神が壊れそうだ。

 それでも未だに走り続けられ、精神が保てているのは……。


「うおおおおお」

「ひぃっ!」


 空が赤黒くなってから現れて、ずっと追いかけてくる異形の怪物。

 まるで漫画やアニメで出てくるような妖怪が、うめき声を上げながら追ってくるせいで現実逃避することすらできない。

 生きるために必死で逃げ続けなくてはいけなかった。


「あっ!」


 しかし、ずっと走り続けていれば足に限界がくる。

 足がもつれて思いっきり地面に倒れこんでしまった。

 手のひらの皮が剥け、血が滲む。


「いたっ」


 少しの怪我くらい気にしていられず、急いで立ち上がろうとすると、足首に強烈な痛みが走った。

 どうやら足をくじいてしまったようだ。


「うおおおおおおおお」


 気がつけば、もうすぐそこに怪物の姿が。

 立ち上がることができず、少しでも距離を取ろうと地面を這いずるしかなかった。

 しかし、怪物の魔の手は止まることはない。


「来ないで……来ないでぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 そして、この禍々しい空間に、一人の悲痛な悲鳴が響くのだった。


『本日のニュースです』


 テレビから流れる淡々としたアナウンサーの声。

 朝食を食べたせいで少しだけ気だるげな身体をリビングのソファーに預けながら、興味のないニュースをボーっと眺める。

 朝のワイドショーも終わったくらいの時間に加え、片手の指で収まるほどの少ないチャンネルの数のせいでポチポチと番組を変えてもどれも大差ない。


 暇だなぁ……。


 俺、遠矢空は時間を持て余していた。

 普段なら都内の大学で講義を受けているか、惰眠を貪っているような時間だ。

 しかし今は春休み。

 そして実家に帰省中で、惰眠を貪っているようなら母親からの雷が落ちてめんどくさいことになってしまう。

 どこかに遊びに行ってもいいけれど、ここは田舎。

 時間を潰せるような店に行くのも、車で数十分掛かってしまう。

 免許があるとはいえ、わざわざ昼までそこまで行くのも億劫だ。

 だから今やることと言ったら、興味のないテレビを観るか、スマホでSNSや動画サイトで時間を潰すくらいしかない。

 帰省してまだ三日だけれど、もうすでに都会の騒がしい日常が恋しくなっている。


『昨今増え続けている行方不明者の人数が、昨日で一万人を超えました。そのため国会で……』


 そういえば、去年くらいから行方不明者のニュースをよく聞くようになったなー。

 前までは年に数えるくらいしかなかったのに、ここのところほぼ毎日聞いているような気がする。

 実際に、うちの大学からも行方不明者が出たみたいな噂も出回っていたし。

 しかも男女問わずっていうのも怖いよな。

 念のためにうちの両親にも気をつけるように言っておくか。


「あんた、休みやけんってそがんダラダラしよってから……」


 そんなことを考えていたら、洗濯物が終わった母さんがリビングに入ってきた。

 呆れたような言葉と目が俺に向けられる。

 俺は耳が痛くて、サッと母さんから視線を逸らした。


「暇なら神社さんの掃除に行ってくれんね? 今年はうちが管理ば担当しとるけん、定期的に掃除ばせんといかんとたい」

「あそこって神主とかいないん? ていうか、普通に地域の住民が管理するってどうなんだよ」

「しょうがなかやん。こぎゃん田舎に何人も神主さんとかおらんと」

「過疎化だねぇ」


 地元の現状に嘆いてしまうが、仕方がない。

 今はどこの田舎もそういうものなんだろう。


「わかったわかった。どうせやることないし行くよ」

「そうね? 助かるわー」

「じゃあ、ジャージに着替えてくるから車のキー置いといて」

「はいはい」


 俺は母さんにそう伝えてから自室へと向かう。

 そして、高校時代に使っていたジャージを引っ張り出してそれに着替えて再びリビングへと戻った。

 テーブルの上には母さんの車のキーが置かれており、母さんに一声掛けて車へ乗り込む。

 えっと、財布とタオルとスマホと……まあこんなもんでいいかな。

 免許証も財布に入ってるから大丈夫。

 掃除するっていっても境内を箒で掃くくらいだろうし。

 長くても昼飯までには帰宅できるでしょ。

 そんなことを考えながらエンジンを掛けて近所の神社へと出発した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る