第7話 薔薇の庭園②

 



 薔薇の庭園は、王妃の個人庭園で国王一家の居住区である宮殿から続きになっており、ぐるりと庭を薔薇のいばらが囲んでいる。

 その内側には基本的に王家の者しか入れないのだが、王家の人々が個人的に客人を招くこともあった。 国王の親戚であるゼファー・アヴェローグ公爵や国王や王子と親交の深いガヴィは割と頻繁に王家の庭園にお邪魔している。

 今ほども、薔薇の庭園内にある東屋あずまやで王妃と王子は遅めの朝食をとっていたらしい。

「侯爵も知っていると思いますが、陛下とアヴェローグ公は本日すでに公務があり不在なのです。こちらの紅茶はこの庭園の薔薇で作ったものなのですよ。お口に合えばよろしいのですが」

 そう言って微笑んだ王妃は、さながら朝日を浴びて開いた薔薇の女王の様であった。北の避暑地でも王妃には一度会っているのだが、あの時は自分も泥々で王妃とも距離を取らされていたため、きちんと対面したのは初めてだ。

「……レイ侯爵、アカツキ。改めてお礼を言います。避暑地でシュトラエルを救って下さった事、本当に感謝しています。侯爵がおられなかったら……今ごろシュトラエルはここにはいなかったでしょう」

 そう言って王妃は二人に頭を下げる。これには流石のガヴィも恐縮してしまった。

「とんでもありません。自分は当然の事をしただけですから。……そうですね、功績が大きいのはどちらかといえばコイツでしょう。夜の森の中、アカツキが王子を温めていてくれなかったらと思うとゾッとします。雨も降ってましたし低体温で力尽きる可能性もありましたし」

 イルはビックリした。ガヴィが敬語を喋れることにも驚いたが、イルに対してそんな事を思っていたとは夢にも思わなかったのだ。

「ふふ……シュトラエルが貴方を護衛にと駄々をこねた時はどうしたものかと思いましたが……我が子ながら人を見る目があったのですね。結果、自分の命を守ることとなった。……アカツキ、貴女も本当に有難う」

 イルはタシタシと尻尾を地面に打ち付けた。

「王子とは一緒に虫を採る約束をしていたんでね。遊びの趣味が同じなんです」

 ガヴィはそう言って少年の様に笑った。

 ガヴィはそうやって笑うと一気に目が無くなって顔が幼くなる。王妃もそんなガヴィに目を細めた。




 ここでの会話で王子誘拐事件のあの日、ガヴィは元々護衛役でなかった事を知った。避暑地に行った王子が虫取りの約束を思い出し、ガヴィを呼びたいと珍しく駄々をこねたのだ。たまたま手の空いていたガヴィは魔法使いからの魔法での連絡を受け、王子らから数日遅れて護衛兼遊び相手として避暑地入りしたらしい。

 王子は自分の判断もお気に入りの剣士もアカツキも褒められて、とても誇らしい気持ちになった。

「……母上、あのね? ……アカツキの鎖……外してもいい?」

 上目遣いで母にお願いする。王妃は我が子の可愛いお願いの仕方に吹き出した。

「貴方は、本当にお願いが上手なのね? ……確かに鎖に繋がれたお友達なんておかしいものね」

 そう言ってにっこり笑った。

 シュトラエル王子は王妃の言葉に飛び跳ねて喜び、アカツキの鎖を外してもらうと、ひとしきり二人で庭を走り回った。


 その後、遊び倒した王子はおねむになり、アカツキとお昼寝するとごねたが、流石に王家の居住する宮殿に上がるのは国王陛下の許しを得てからにしようと執務室に帰った。王子は「明日も遊ぼうね!」と言うのは忘れなかったが。


 その日、イルは上機嫌だった。


 シュトラエル王子には再会できたし、アグノーラ王妃にも優しい言葉を貰えた。しかも明日からは会おうと思えば王子に会えるのだ。

 あの悪夢の様な出来事のあった日から、初めて笑えたような気がした。人の姿だったなら、鼻歌でも歌いたいところだ。浮足立つイルの様子を見て、ガヴィは苦笑した。

「……お前、本当に王子が好きなんだな」

 イルはご機嫌で小さく吠えて答えた。

「ハハ……素直なヤツ」

 いつものようにちょっと小馬鹿にしたように笑われたけれど、その直後「良かったな」と小さく言われたのでイルの機嫌はそのままだった。

(……ガヴィが色々考えてくれなかったら、王子に会えるのはもっと先になっていたよね。……ガヴィに、いつかなにかお礼がしたいなぁ……)

 少し先を行くガヴィの背中に、イルは素直にそう思った。

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