第8話 守りたいもの
次の日から、イルはシュトラエル王子の所に日参した。
始めの数日はガヴィも付き合ってくれたが、三日も経つと「俺にも一応仕事があんの!」と一緒に付いてきてくれなくなった。
王子の待つ薔薇の庭園に通う綱持ちをお供させた(言わずもがな、ガヴィのことである)狼の話は、もう既に城の中で有名だったので、ガヴィが付き合ってられん! と綱持ちを放り投げた四日目には王妃の「一人でここまできたらよいですよ」との鶴の一声で、イルは晴れて鎖から開放され、城内を自由に歩ける権利を手に入れた。
そしてその日、王子が「僕のほうが最初にアカツキと出会ったのに、ガヴィが首輪をプレゼントしたのはずるい!」と(ガヴィ曰く、プレゼントしたわけではないとの事だが)イルに太陽を
王子が贈った太陽の飾りを付けた人の話の分かる赤い首輪の狼はあっという間に城内で認知され、首輪がまるで通行証のように、イルが一人で歩いていても止められたり不審がられることがなくなり、それどころか興味深く近寄ってくる者まで出てきた。
初めはちょっと嫌だった首輪も今ではとても誇らしい。
さて、今日も今日とてイルは王子に会いに、薔薇の庭園の入口に来ていた。庭園の門番もすっかりアカツキに慣れた様子で、アカツキの姿を確認すると扉を開けてくれた。
扉を開けると頭上には元気で可愛らしい王子のような淡い黄色とガヴィの髪の毛みたいな色をした
アーチを潜り抜け、東屋のある芝生の庭に出ると、もうすっかりお馴染みになった銀髪の公爵が東屋にいるのに気が付いた。
「おや、アカツキ殿。今日もシュトラエル様のところですか?」
小さく吠えて返事をする。
(あれ? ゼファー様、何でここにいるんだろう……)
そう思ったところで、イルはゼファーの隣にも人がいるのに気が付いた。
王家専用の庭に主でない公爵と共にいる人物と言えば……
「……彼女がアカツキかい?」
(――この方が、)
そこにいたのはこの庭の、――いや、この国の主。
アルカーナ王国国王、エヴァンクール・リュオン・アルカーナ王だった。
アルカーナ王はゼファーよりかは幾分年上で、面差しがゼファーによく似ている。
ゼファーとは血縁であるので当然だが、決定的に違うのはその髪色だ。
ゼファーが見事な銀髪であるのに対し、アルカーナ王は夜の闇のような
「はい、陛下。こちらが最近噂の黒狼、アカツキ殿です」
噂って一体どんな噂だろうとドギマギしながら、イルはアルカーナ王に向き合い、きちんと座って尻尾を二度振って挨拶をした。
「息子が世話になっているようだね。避暑地での事も、君がいなければ今のようには笑っていられなかっただろう。感謝している」
ゼファーの声も、優しい落ち着いた声だと思っていたけれど、アルカーナ王の声はゼファーの声よりももっと深みがあって人を惹きつける力があった。イルはパタパタと尻尾を振った。
「……それにしても君は不思議な黒狼だな。精霊の
翡翠色の瞳に見つめられて、イルは小さく吠えて返事をした。
「……我々の懐に入って危害を加えるつもりならば、もうとっくに実行しているだろう。公爵やあのガヴィが心を許すはずもない。……これからもシュトラエルを頼むよ」
そう言ってチャリ……と王子のくれた飾りを撫でた。
「あっ! アカツキだ!」
建物の中から元気な王子の声が聞こえたかと思うと、弾丸のように王子が駆けて来た。
イルの首に巻き付きながらゼファーを見上げる。
「ゼファーもいらしてたの?」
「はい王子、お邪魔しております」
ゼファーはにっこりと王子に微笑みかけた。
「父上もアカツキと仲良くなりました? アカツキは凄く賢いんですよ! 僕の一番の友だちなんです!」
王子が得意気に言う。この王子は本当に人を喜ばすのが上手い。すでに王の資質を備えていると思う。
「……そうか。いいかい? シュトラエル。国を導く者は良き臣下を得るのも大変だが、友を得るのはもっと困難なものだ。……アカツキを友と思うなら大事にしてあげなさい」
シュトラエル王子は父王の言葉にハイッと元気よく答えた。
いつものように王子と庭を転げ回り、王子が眠くなってきたら王子を背に乗せ、宮殿にいる王妃様のところへ運ぶ。
眠ってしまってもイルの毛並みを離さない王子に目を細め、優しく下に降ろし、王子を包むように一緒に昼寝をした。そんな二人を見て、王妃は窓辺で刺繍を刺しながら微笑む。
幸せそのものの光景だった。
誤解であったことは解っているが、自分に興味がないと思っていた家族をいっぺんに亡くし、姿を変えられて路頭に迷うしかなかった自分が、まさか城の中で王子やガヴィ達とこうやって暮らしている。
鎖の魔法は永遠ではない。
父からすれば、一種のお守り代わりだったにちがいない。
父から貰った鎖を外せば人の姿に自由に戻れるが、果たして人の姿の自分を必要とする者がいるだろうか?
黒狼姿の自分、アカツキにこそ、存在意義があるのではないか。
人の言葉を話さなくても、伝わる思いも人も、ここには有る。
(これからも、……ずっと王子の笑顔を守りたい)
父の言った通り、このままでいる事が自分の幸せに繋がるのではないか。
イルはそう思いはじめていた。
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