第21話 久しぶりの・・・

 竜は僕の家の前まで、車で迎えにきてくれた。僕は助手席に乗り込むと、思わず竜の首に両手を回して抱きしめた。

「会いたかった」

「俺も」

 竜はそっと僕の唇に自分の唇を重ねた後に、すぐに離して「さ、いくぞ」と言って、車を走らせた。

「僕、ずっとずっと、竜に会いたかったんだよ。だから、昨日連絡してくれたときは本当に嬉しかった」

「何だよ。毎日会社で会っていただろう」

「会社で会うのと、デートで会うのは違います! 竜、全然わかってない!」

「はいはい」

「わかってない、わかってないよ・・・。 僕がどれだけ不安だったか」

 僕は自分の目頭が熱くなって、液体が溢れてくるのを感じた。無意識にいくつもの涙がこぼれ落ちる。

「お、おい。お前、泣いているのか」

 竜は慌てたように、車を停車させた。人の気配のない住宅地の一角に、車が停まる。僕の涙は止まらなく、次から次へと溢れては流れる。

「悪かったよ、蓮。不安にさせて・・・」

 竜は僕の頬に伝わる涙を指ですくい、頭をそっと撫でる。

「竜、僕と別れるつもりなら、早くそう言って。東京旅行の後で、甘い蜜を吸った後に、『別れよう』って言われるくらいなら、旅行なんてする前に、はっきり言ってほしい」

「何言ってるんだ。わざわざ別れようとする奴と、旅行になんて行くかよ」

「今はそんなつもりじゃなくたって、近いうちに女の子と付き合いたくなったり、僕とは違うタイプの男の子に惹かれてゆくんだよ、きっと。だったら、これ以上、僕が竜に夢中になる前に、今すぐにこの場所で振ってほしい」

「なんか俺に対してずいぶんとひどい事言ってんな。悪いけど、俺、そんな浅はかな男じゃねえから。ていうか、お前、被害妄想、強すぎ」

 竜はそう言った後、急に僕の頬をベロベロと舐めまわした。僕は竜の舌の温かさになぜか安心感を覚え、涙が止まった。

「しょっぱいからちょうど、塩分と水分の補給になったな」

 竜は水を飲み終わったペットの犬のような満足した表情を浮かべている。僕は急に、今まで自分が泣いて悲しんでいたのがバカらしくなってきた。

「しかしお前、よく泣くな。脱水になっちまうぜ」

「うん。喉、渇いた」

「よし、コンビニ寄って飲み物買っていこうぜ」

 僕が頷くと、竜はコンビニの駐車場に向かって車を走らせる。ショーケースからペットボトルのお茶を選ぶと、竜は「これか」と言って僕からペットボトルを奪うと、自分のペットボトルドリンクと一緒に会計した。

「蓮、これやる」

 再び車に乗り込むと、竜がグミを差し出してきた。

「ありがとう」

 僕はありがたくグミを口に入れる。絶妙な食感と甘味が、僕を癒してくれる。車は再び動き出す。

「今から東京駅に向かうぞ。そんで、そこから少し歩いて移動するからな。アクアリウム美術館鑑賞した後はすぐにホテルに入るぞ。今から覚悟しておけよ。あ、ホテルっつってもちゃんとしたホテルな。スイートルーム取れたから。せっかくだからホテルでゆっくりするからな」

「え? スイートルーム?」

「そうだぞ。蓮が近所のホテルじゃ嫌だっていうし、俺の部屋も彼女との思い出が詰まってそうだから嫌だって言ってお泊りしてくんねえし。つか、遊びにも来ねえし。お前、実家だし、俺、色々考えたんだぜ」

「でも、スイートルームって高いんじゃあ?」

「まあな。だから、この日のためにこっそり休日と仕事終わりにバイトしてた。ま、仕事の勉強ももちろんしてたけどな」

「だから、一か月デートできなかったってこと?」

「そういうこと」

 竜は白い前歯をむき出して笑う。

「でも、ランチくらいは一緒に食べたって良かったんじゃない? それにお弁当も。僕が作って渡せば節約にもなっただろうし」

「まあな。でも、ここで昼メシ一緒に食って、弁当なんかこしらえてこられたら、俺の決心が鈍ると思ってさ。俺、やると決めたらとことんやらねえと、やりきれないタチだからさ。お前と少しでも一緒に過ごしたら、思わずどうでもいい場所で押し倒して、至してしまいそうになるからさ」

 竜は話の途中で「おっと、やべえ」と言って、急に恥ずかしそうな顔をした後に、続ける。

「俺だって、本当は我慢してたんだぜ。けど、お前の気持ちもわかるし、俺だって蓮と同じ気持ちだったから、その気持ちを尊重して、今に至るってわけ。それをお前、車に乗った瞬間、泣き出して『振ってくれ』って騒ぐんだからさ。俺としてはやりきれねえぜ」

「ごめん」

 僕は急にとてつもなく申し訳なくなってきて、しょんぼりとうなだれて謝る。

「いいよ、もう。お前の涙の味、美味かったし。久しぶりの旅行なんだから楽しもうぜ」

「うん。そうだね。ありがとう竜。僕のためにこんなにも考えてくれてたなんて」

「やっとわかったか。遅いぞ。蓮」

「ごめん」

 僕は小さくぺろりと舌を出す。

「さっ。目指すは東京駅だ。行くぞ!」

「はい!」

 僕と竜は快晴の秋の中、シルバーのワンボックスカーに乗って東京駅へと向かって行った。

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