第20話 地獄の一か月

 竜とデートできなくなってからの一か月は、地獄のように長かった。営業所で週に五日は会っていたけれど、それはあくまでも仕事の同僚として義務として会っているだけで、相思相愛で会うデートで会う感覚とは全然違った。

 付き合う前は、それで満足だったけれど、いざ奇跡的に夢が叶って、竜と恋人同士になれて、楽しいデートを毎週経験してしまった後は、やっぱりそれが欲しくてたまらなくなる。しかも、恋する本人が、仕事といえども目の前でウロウロされたり、見つめられたりしたら、その気持ちを抑えることに、強靭な意志力を必要とした。

 ひと月も経っていたら、休日はデートするのが当たり前だと思っているし、習慣になっていたから、月曜日の昼にぼんやりと明日は竜とどこに行って遊ぼうかな、と考える。そして、ふと我に返る。

 ああ、そうだ、今は会えない時期だったんだ。と思い直して深くため息をつく。

 会わない約束をしてから初めの一週間は、習慣で竜の分のお弁当を作ってしまっていた。弁当箱にご飯とおかずを詰め終わった後に、ふと我に返って、ああ、しばらく恋人のお弁当を作らなくて良かったんだったと思い直す。捨てるのももったいないから、とっておいて夜食に食べた。おかげで二キロくらい体重が増えてしまった。体重が二キロ増えたのは、余分に作ってしまった弁当を処理していた以外に、大好きなスイーツや甘いお菓子を食べる頻度が多くなってしまったのもある。今までは、デートや休日に食べられれば充分に満足していたスイーツたち。それが、毎日食べないと落ち着かなくなってしまった。

 毎日のスーパーでの買い出し時、夕食のおかずを買うのと同時に、食後に食べる饅頭やらチョコレートやらクッキーやらのお菓子をついでに買ってしまう。そして、食後に自分の部屋にこもって、むしゃむしゃと夢中になってそれらを食べる。そうすると、お菓子の美味しさに騙されて、少しだけ辛い現実を忘れることができる。

 

 オバチャンに会いに行って、相談したこともある。オバチャンは水晶で占ってもくれなくて、僕がお土産に持って行った栗饅頭にちゃぶ台に向かって夢中でかぶりついていて、

「あんた達なら大丈夫よ。永遠に仲良しのままよ」

 と根拠もなく言ってばかりで笑っているので、僕はあきれてすぐに帰ってきてしまった。それからオバャンには相談していない。


 デートができないなら、仕事の日にランチくらいは一緒に食べてくれたっていいじゃないか。別にお店に入らなくたって、いつもの営業所の前にある小さな公園で、僕が作ったお弁当をベンチに並んで一緒に食べてくれるだけでいいのに。それだけでも、僕の気持が少しはおさまるのに。

 このままじゃ、おかしくなってしまいそうだ。もしかして、もう僕のことを嫌いになりかけているとか? やっぱり僕が男だから恋愛したくないとか? 普通に女の子と付き合いたくなったとか? 

 メッセージを送ると、きちんと丁寧な返事がくるし、そこには「好き」とか「早く会えるようになりたい」とか、まだ僕を好きでいてくれる内容が書かれているし、営業所で会っても、愛想よく話かけてくれる。時々、社長とサイさんにわからないように、そっと髪を撫でたり見つめたりしてきてくれるけれど、それは僕を傷つけないようにしている演技かもしれない。

 本当は、もう気になっている女性がいて、僕と別れたいけれど、同じ職場だし、毎日のように会わなくてはいけないし、気まずくなりたくないから、演技をしてまだ僕を好きだと見せかけて、約束のひと月がたった頃にはデートをしないことにも慣れるだろうから、そうやって徐々に距離を取って、僕と別れようとしているんじゃないだろうか。

 そうやって、一日中悪い方向に妄想をしながら過ごしていると、ますます夜のお菓子の量が増えてしまう。これ以上太ったら、竜に嫌われてしまう。でも、夜のお菓子を食べる手が止まらない。

 僕は竜がすごく太ってしまったら、同じように愛せるのだろうかと、ふとお菓子を食べながら考えてしまったことがある。

 竜が今より十キロ太ったら、まだ全然愛せる自信がある。今もわりと細見のほうだし、たかが十キロ太ったくらいでは、普通か、少しガタイが良い人で終わる。そこまで大きな見た目的な変化はないだろうと思える。

 けれど、二十キロはどうだろう。さすがにけっこうぽっちゃりはしてくるだろう。でも、まだ愛せる。あのドラゴンのようにきれいな切れ長の瞳に見とれることができるなら、お肉をつまんで笑いながら愛することができるだろう。

 しかし、三十キロ増えたら愛せるだろうか。竜の身長から察するに、三十キロ増になると、きっと百キロ近くになるだろう。ドラゴンのような美しい瞳も、きっと贅肉のおかげでだいぶ、つぶらな瞳になってしまっているだろうし、細マッチョな美しい体も、脂肪でたるみきってしまっているだろう。

 そんなことを考えていると、急に食欲がなくなってきて、お菓子を食べる手を止めることができた。僕もきっと、なん十キロも増えたら、もう愛されなくなってしまう。そう思うと、このくらいでやめておこうという気になった。

 でも、例え竜が百キロになったとしても、僕は竜を愛し続ける自信がある。肥満が原因で病気でこの世を去ってしまっては悲しいから、美味しいダイエットメニューを考えて、頑張ってダイエットしてもらう。そうすれば、まだまだ一緒にいられるのだから。

 そんなことを考えながら、クッキーを持とうとしていた手をひっこめた頃、竜からメッセージが届いた。


「お疲れ。蓮、明日はヒマか?」  竜


 これはデートのお誘いだろうかと、僕は期待してしまう。ふと部屋の壁掛けカレンダーを見ると、秋が深まり、冬が近づく頃になっていた。気が付いたら、竜と約束をしてから、ひと月以上は余裕で経過していた。夜のお供にお菓子を食べまくっていたら、いつの間にか時間が経っていたのだ。


「もちろん、ヒマだよ。どうしたの?」  蓮


 素直にデートしてくれるの? って聞けばいいのだけれど、今まで会えなかったことを恨みたくて、素直になれない。それに、まだ油断できない。もしかしたら、別れ話でもされるのかもしれない。


「東京に一泊旅行しないか? もうホテルはとってある」   竜


「いいけど。明日?」    蓮


「急で悪い。人気のホテルで、やっと予約取れたのが明日だったんだ」  竜


「僕、ヒマだから全然いいよ。何時に待ち合わせする?」  蓮


「13時に車で迎えに行く」    竜


「わかった。用意して待ってる」     蓮


 僕はスマホを枕元に置いて目をつぶって仰向けに寝転ぶ。竜が僕と別れようとしていると妄想していたことが急に恥ずかしくなってきた。それと同時に、安心したのか急に眠くなってきた。そういえば明日からは連休だった。

 明日を楽しむためにも、今日はよく眠ることにしよう。そう考えていると、うとうとと眠くなってきた。


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