いき、きたない、私へ

@2qa3_0

いき、きたない、私へ

 ああ、死ぬ。これが最期。これが末路。

 何度もその間際までいったはずなのに実際に目の前にするのとは全然違う。

 全身は固まったように動かなくてそのわりに歯はがちがちと鳴って喉の奥が詰まって。目に見えはしないけれど、きっと私の顔は血の気がひいて蒼白になっているのだろう。

 背後は断崖絶壁。地面に座り込み、動けない私を見て敵は甲高い声で笑い上げた。

 同時にお前には生きている価値などなかったのだと嘲笑する母親の声が頭の中で木霊する。

 敵が武器を振り上げるのが見えて、もうどうしようもないのだと悟った。周りに散らばる肉片と同じように私も斬り刻まれて終わるのだ。

 スローモーションのような感覚を覚えながら敵を見つめていたとき、ぴくりと腕の中で温もりが動いた。

 ばちりと敵の武器と私の手が当たったのは、その感覚を私の脳が認識するよりもずっと早く。腕の中の彼女が動いたことに気づいたのはあとからだ。

 当然ながら私の手に相手の武器を防ぐ機能なんててついてはいない。皮膚と主に骨が接触して、多少その切っ先をそらしてくれただけだ。

 お陰様で指の間から手首あたりまでが裂けてしまって肉なんだか血なんだか分からないものが地面と身体にびちゃびちゃと散らばった。一瞬だけ間を置いて、痛いなんて言葉すら出てこないような激しい痛みが脳を掻き毟る。思わずひっぐっと呻き声が漏れた。

 ああ、痛い痛い痛い。涙が出て止まらなくなった。痛くて痛くて堪らない。けれど。

 未だに私は生きているんだと思った。


「や、だっ……。」


 それを理解した瞬間、私の口からはその言葉が零れていた。


「死ぬのは、嫌だ……っ。」


 小さく、でもはっきりとそれを口にする。


「この世の底みたいな、そんなところで産まれたけどっ……母親にだって捨てられたけどっ……死ねとかいくらでも言われたけどっ………頑張ったもんっ!生きるために……っ頑張ったもん……っ!!」


 怪我に向けていた目線を上げて、敵を見る。

 怖い怖い怖い。けれど死ぬ以上に怖いことなんてない。


「苦しかったけどっ痛かったけどっ、それでも生きられるならって、耐えたもん……っ!生き残ったもん……っ!」


 今の状況がどれだけ滑稽かなんて考えなかった。だって本当のことだ。頑張った。いくらでも生きるために頑張った。どれだけ無様でも泥水を啜っても傷が残っても、何度も何度も足掻いてもがいて生き残った。誇る気なんてない。誰かに自慢なんてできやしない。

 だけど、それでも、そうだから。


「死に、たくなんてないっ!!」

「そうだね。」


 鼻水も涙も垂れ流して汚い顔で吐いたみっともない言葉が敵に通じるとは思っていなかった。けれどそんな言葉を聞いて、そんな私に微笑んでくれる人は確かにいたのだ。

 肯定の言葉と同時に腕の中にいた彼女が起き上がった。片腕はなくて片目も潰れているのに、悠然と立ち上がった。

 びっくりしたのは敵も私も同じで、呆然と彼女を見つめる。


「本当に、よく頑張った。だからお前は生きてたらいい。」


 穏やかな、戦場とは思えないような優しい笑顔で彼女は私の頭を撫でる。残された手は指が欠けていたけれど、その温もりだけは感じ取れた。


「し、しょう。」


 私が呼ぶと、彼女はもう一度笑って私の頭から手を離した。

 そして敵と相対する。彼女の片腕も片目ももうないのに、彼女の得意な銃は撃てやしないのに。

 折れているはずの足で、彼女はゆらりと敵に近づいていく。彼女の動きを見て、敵は慌てて武器を振った。

 彼女の肩に敵の武器が刺さる。けれど彼女の動きは止まらない。刺さった武器をもう抜けることがないよう、深く刺し入れるみたいに握って歩き続ける。敵はもう一度びっくりした顔をして、それで終わりだった。

 そのまま彼女は相手の懐に入り込んで、足をはらった。敵の態勢が崩れたのを見計らい、彼女は武器から手を離して敵を掴む。

 そしてそのまま後ろへ飛んだ。私の真横を通って、彼女と敵は断崖へと身を投げる。

 呆然としたままの私を見て、彼女はもう一度笑った。初めから変わらない笑顔だった。

 そして奥歯を噛む。かちりと小さなスイッチを押すような音が聞こえた。

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