第2話 手が触れる瞬間

電車がゆっくりと動き出し、窓の外の景色が少しずつ流れ始める。夜の街の灯りがぼんやりと滲んで、車内は静かな揺れに包まれていた。


少しして、電車がカーブに差し掛かる。ぐっと傾く車体に合わせて、俺の体もわずかに揺れた。その瞬間――華乃の手に触れそうになった。


普通なら、互いに気まずくなって手を引くはずだった。でも、華乃は違った。


彼女はそっと俺の手を握ってきた。


驚いて横を見る。華乃は俺を見ず、ただ前を向いていた。けれど、その指先は確かに俺の手を包み込んでいる。


何も言わない。


けれど、その手の温もりだけで、胸が妙にざわついた。


俺も、何も言わなかった。


ただ、彼女の手を握り返す勇気は、まだなかった。しばらくの間、俺たちはずっと手を握ったままだった。


電車の揺れにも、車内のざわめきにも関係なく、華乃の手の温もりだけが静かに伝わってくる。俺はその感触を確かめるように、そっと指を動かした。すると、華乃もわずかに指を絡ませる。何も言わなくても、たしかに俺たちは繋がっていた。


やがて、降りる駅が近づく。車内アナウンスが流れ、扉が開く準備を知らせる音が響いた。俺たちは無言のまま立ち上がる。けれど――華乃は俺の手を離さなかった。


電車がホームに滑り込む。扉が開く。俺たちはゆっくりと電車を降りた。


改札を通り、階段を上がる。地上に出ると、冷たい夜風が吹いていた。


それでも、華乃の手の温もりは変わらず、俺の手に残っていた。

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