第3話 心臓の速度が変わる

地上に出ると、夜の冷たい風が肌をかすめた。駅前の街灯がぼんやりと灯り、車の音が遠くで響いている。


普通なら、ここで手を離して歩くだろう。駅を出たら、何事もなかったかのように。


でも――華乃は違った。


彼女はまだ俺の手を握ったまま。いや、それどころか、さっきよりも少し強く握ってきた。


驚いて横を見る。華乃は前を向いたまま、何も言わない。でも、その小さな手は、俺の手を離すつもりがないようだった。


心臓が少しだけ速くなる。


「……華乃?」


思わず名前を呼んでみる。すると、華乃はゆっくりと顔を上げて、俺を見つめた。


「……ダメ?」


かすかに震える声。


俺は一瞬言葉を失った。でも、気づけば答えていた。


「……いや、いいよ。」


そう言うと、今度は俺のほうから、少しだけ指を絡めた。


華乃の手が、ぎゅっと握り返してくる。


駅前の街を歩く人たちの中で、俺たちは無言のまま、ただ手を繋いで歩いていた。

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