平凡な僕の恋は、多様性が叫ばれる社会にとって、尊重されるべき異質なモノかもしれないけど、それでも僕は愛を叫びたい。

更紗

第1話

平凡な僕の恋は、多様性が叫ばれる社会にとって、理解されるべき尊重されるべき異質なモノで、

人生で一度も出会わないであろうどこかの知らない誰かに認められるまで、人生で一番好きな男に、愛を叫ぶこともできないらしい。



「男と付き合うのは、疲れたんだ」

そう言った後、「純吾を嫌いになったわけではないんだけどね」と春は付け足したように笑った。

文末の(笑)みたいに、本当は真顔で文字を打ってるくせに、何も面白くないくせに使うような笑顔。

笑顔の絵文字を使うまでもない笑顔。


春は、2人で自撮りをする時の澄ましたスカした顔がかっこいい。

でも、数え切れないくらいの何気ない会話の中で、僕だけに見せてくれた、目を細めてくしゃっと笑う顔の方が好きだった。


カッコで括られるような、そんな笑顔を見たのは初めてで、それを見た時に、もう、終わりなんだなとじわっときて、「そっか」とぼそっと答えた。



俯いてる僕のそばで、カチャンッと音が鳴った。テーブルに小さな物が置かれたような音。

たぶんこの部屋の鍵だな。


「とりあえず、今日は実家に帰るから。荷物どうする、とかは後で決めようか」

近くにいるはずなのに、春の声は遠く遠くで聞こえる。

何か答えなきゃいけないのに、春の顔を見たら泣いちゃいそうで、もう泣いてるのにさらに泣いちゃいそうで、俯いたまま「うん」と呟いた。



春の恋愛対象は女の子だった。


春と僕は大学で出会い、履修する講義が重なることが多くなるにつれて、自然と仲良くなった。


そして、彼女も紹介してくれた。

当時、春への気持ちはすでに恋だと確信していたが、この恋は一生秘密にする決めた。


春の彼女は、背が高くて身体ががっちりとしていて、グレーのウルフカットから見える小さな耳には、春とお揃いのシルバーリングのピアスが光っていた。


クールでボーイッシュな見た目に反して、フレンドリーな彼女は女友達も男友達も多かった。


だから、男友達と浮気した。


「ただの仲良い友達だから」と笑う彼女の言葉を、馬鹿正直に信じた春も馬鹿だ。

でも、春の馬鹿正直でどうしようもない馬鹿なところも大好きだ。

そんな僕も大馬鹿だ。



「しばらく彼女はいらん!女なんか嫌いだ!」と居酒屋で泣き酔い潰れる春に、

僕は、酔ったフリをして「だったら、男と付き合うとかは?俺とかさ〜」と茶化しながら震えながら告白した。

1番言いたくて1番言えない台詞だった。

僕と春は友達だから。



「いいよ」

「え」

「正直、純吾のことは友達としか思ってなかった。俺、女の子が好きだし」

「じゃあ…」

「でもさ、」

顔が赤らんだ春は目をとろんとさせた。

「いつもそばにいてくれる純吾なら、好きになれるよ」


春は、もしかしたら僕の気持ちに気づいてたのかもしれない。



僕は何度も行ったことがある春の部屋で、初めてのキスをして、初めてのセックスをした。


「男同士ってよく分かんないけど、女と同じでいいの?」

とケタケタ笑う春に、

「今!童貞に!経験豊富アピールするな!」とキレると、

「はいはい、ごめんねってば!」

と両手を掴んでベッドに押し倒した。

その押し倒し方も手馴れてる気がしてムカついたから、キッと睨むと

「今、純吾を気持ちよくするのは俺だから。俺のことだけ考えて」

と首筋を柔らかく噛まれた。

本当は、こんな歯の浮くような台詞もどれだけの女に言ったんだよ!と怒りたかった。

でも、春に撫でられて噛まれて舐められてすべての愛撫が気持ちよくて、とろけて幸せだった。

あられもない場所を触られて、指を入れられて、春のモノが挿れられて、奥まで擦られた時、死んじゃうくらい気持ちいいかはよく分からないけど、死んでもいいくらい幸せだった。



「こんなセックスはじめて?」

「セックスがはじめてなんだ!」

この日の朝は、一生、続く朝だと思った。




僕の恋は、「そっか」と「うん」で終わるはずなかった。終わりたくなかった。ずっと続けたかった。



同棲して、一緒に暮らしていて幸せだった。


お互いの帰りを待って、交代でご飯を作って、たまにピザをとって、ピザを食べながら映画を見て、途中で肩を寄せ合って眠って、

トイレ掃除をサボって怒られて、トイレットペーパーを買いに行くのを忘れて怒られて、怒られてばかりで情けないなと落ち込む僕を、「どうして俺が慰めなきゃならないんだよ」と春はクスクスと笑いながら優しく抱きしめてくれた。


でも、同級生の結婚を耳にする機会も増えて、結婚を意識する年齢になって、結婚を急かす親の電話が僕に頻繁に来るようになった頃、

春は、突然、別れを切り出した。



僕が男じゃなかったら、春は一生僕といてくれただろうか。


それは違う。

春は男じゃなくて「僕」を好きになってくれたから。


「男と付き合うのは、疲れた」という台詞は、春の精一杯の優しさで、本当は「僕」と離れたかったんだと思う。

いや、離れてくれたんだと思う。



僕の恋愛対象は、女でもないが男でもない。

僕の恋愛対象は、「好きになった人」。


春は、僕が結婚できる「好きな人」を見つけられるよう別れを選んだようだ。




だとしたら、春は、本当にどうしようもないくらい大馬鹿だ。


たしかに、今、この地で、春に結婚してくれと叫べない。

でも、春となら叫べる地に引っ越しても、叫べる未来も作りたいと思えるのに。

人生で一番好きなのに。



ようやく顔をあげて、泣き腫れた目をこすり、鏡を覗き込む。

今すぐ春を追いかけてこの気持ちを伝えたい。

もう間に合わないかもしれないけど、惨めかもしれないけど、それが俺の恋なんだ。



人生で一度も出会わないであろうどこかの知らないヤツら、尊重とやら堅苦しいことは今だけ置いといて、平凡でかけがえのない僕の恋を見守ってほしい。

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平凡な僕の恋は、多様性が叫ばれる社会にとって、尊重されるべき異質なモノかもしれないけど、それでも僕は愛を叫びたい。 更紗 @salasala_

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