19
そう、私が作ったのはウィンナーコーヒーというもの。生クリームは好きって言っていたし、これならシュガーなくとも飲めるかなって思った。それに前々からちょっとやりたいとも思ってたし。
「え?じゃあその後ウィンナーをぶっ込むんすか!?」
どうしよう………バカがここにいた。
「そんな珈琲みたことない。」
どんな珈琲だよ。
ウィンナーがぶっ刺さってる珈琲なんて、見たくも飲みたくもないわ。
あ、でも一応用意しとくか、シュガー。
「え、教えて下さいよ!!」
バカは無視に限る。
お盆に珈琲とシュガーを用意して待っている彼女のところに運びに行く。
「お待たせしました。ブレンド珈琲でございます。」
「ありがとうございます。わぁ、クリームが乗ってる!」
こんな些細なことで笑顔になってくれる。
それだけで少し工夫した甲斐があったもんよ。
「ウィンナーコーヒーにしてみました。クリームでマイルドにはなると思いますが、お好みでシュガーもどうぞ。」
「あ!よくウィンナーコーヒーって文字を見ますね。なるほどこれが…。てっきりウィンナーが入ってるものかと……。」
どうしよう…………岸本と同類がここにいた。
「ウィンナーとはソーセージのことではなく、オーストリアのウィーンのことを指しております。意味としてはウィーン風なコーヒーで和製英語なんですよ。」
岸本には説明してやらんけど、彼女は別。
お客様だしね。
ふと改めて彼女を見る。
あの夜、酔っぱらいの彼女とは全然違う。
そして、あの夜に私の手で乱れた彼女にも到底見えない。
あの時が夢だったのでないかとさえ錯覚するほど全く違う。
でも現実であるとはっきり分かるのは、私の手にあの時の感触が残っているから。
私自身で見たから。
彼女のそんな姿をもう一度見たいと思うのはおかしいことなのか。
彼女をもう一度抱きたいと思うのは、まだ欲情しているからなのか。
今の私には分からない。
「ではごゆっくり。」
これ以上は何か悟られそうだったので、私は彼女から視線を外し、カウンターに行こうとした。
「あ、待って下さい。」
裾を捕まれた。
誰に?
彼女に。
「あ、あの。今日、何時まで……お仕事ですか?」
「え?」
「ミズキちゃんと、その。話がしたくて。」
名前を呼ばれるだけで嬉しくなっている自分がいる。
でも少し後悔。
あの時、恋人でもなかったから名字を教えたけど、下の名前にしたらよかったかも。
それに話って……たぶん、あれのことだよね。
「そろそろ終わるから。ゆっくりしてて。」
まだ退勤時間ではないけれど、いつも残業しまくりだから、たまにはいいだろう。
「マスター、用事できたから帰るわ。」
マスターがいるキッチンへ行き、それだけ伝える。
「用事?」
疑問を浮かべてる。
後々面倒がいやなので、私は彼女から話があるということを話した。それからこれ以上遅くなるのも悪いからと。
「そうかい。あの取っ替え引っ替えのお嬢にとうとう本命の彼女ができるのか。」
「なんでそうなる。ただ話すだけだってば。」
バカなのか、マスターは。
付き合うとかそんなこと考えてないし。
だいたい女性同士だし、私も同性と付き合ったことなんてない。
まして好きになったことなんて…いや。
付き合う…………か。
彼女とだったら悪くないかもしれない。
っていやいやいやいや。
だからそんな話し合いじゃないだろ。
「ま、お嬢には残業ばかりしてもらってるしな。いいよ。」
「最初からそう言ってよ。」
余計なことなんて言わずにさ。
「報告、楽しみにしてるからな。」
ああもう、無視無視。
さすがにカノンの制服じゃよくないから更衣室に着替えに行く。
とはいっても、今日は学校からそのまま来たから学校の制服なんだけども。
話ってたぶん、あれだよね。
あの一夜のことだよね。
何言われるかな。
やっぱり罵られるのかもしれない。心の準備はしておこう。
「お待たせしました。行きましょうか。」
「え?あ、会計。」
彼女のもとへ行くと、珈琲を飲み終えたところだった。
「会計は結構ですよ。行きましょう。」
彼女の会計は予め私が払っといた。
そのことを伝えると申し訳なさそうにお礼を言われる。
なんだかそれがくすぐったかった。
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