10

「さすがに夜はまだ肌寒いや。」


春とはいえ、まだ四月。

暖かくってきても夜はまだ寒い。


「……一旦着替えてきて正解だったかも。」


本当は夜の九時頃にあがるんだけど、だいたい閉店まで手伝っちゃうんだよね。

だから夜の十時頃に帰ることもある。

こんな時制服来てたらさすがにヤバいから。


バイト先から家までは歩いて二十分ほど。

バスもあるけど、歩くことにしている。

運動にもなるし。



「………結局あの人謎のままだなぁ。」



最近あの人のことを見て知ることが日課になりつつあったのに。

ちょっと面白そうだったのに。

これで終わりなのかぁ。


まぁただのバイトと客関係で、特別話してたわけじゃないしね。

なぜかマスターは私にばかり接客させてたのが少しだけ気にくわなかったけど。


「…ま、こんなもんか。」


そう口に出してるけど納得していない私がいる。

少しだけ苛立ちを覚えてる私がいる。


「はぁ、アホらし。早く帰って寝よ。」


こんな時はさっさと帰って寝るのが一番。

明日の朝には気分が戻ってるしね。



そう思って歩くスピードを早めたのだが……。



「………勘弁してよ。」



少し先に人影が二つ。

よく見ると、男女のペアだった。

何やら揉めてる様子。

しかもここは一本道で家に帰るにはここを通るしかない。

いや、厳密にはあるんだけど、一度戻って大回りしなければならない。


それは………。

ものすごく面倒だから嫌だ。

そんなわけで……。

ここを通るしかない。

あの痴話喧嘩を越えないといけない。

どうしたもんかなぁ。


「一本道だし無視していけばいっか。」


よし、結論出た。

これでいこう。

あの痴話喧嘩の横を通りすぎてしまえばいいんだ。そうすれば、あとは家まではすぐだ。


「………だ………いいか………ぜ。」


「や………くだ………、は…………して!」


近付くにつれて、男女の声が聞こえてくる。

なんだか痴話喧嘩という感じがしない。

男が女の手を引いて、女の方が嫌がってるように見える。


面倒なところに居合わせたものだ。

さっさと通りすぎて帰ろう。

助けてあげるほど私はお人好しではないんだ。

むしろ関わりたくないとさえ思ってる。


もう少し。


あと少しで………。



「…………え?」


そこで私の予想外な出来事が起こった。

思わずその予想外な出来事で私は足を止めた。

いや、止まらざるおえなかった。

なぜなら……。


私は女性の方の顔を見てしまったから。

ただ見ただけなら、そのまま止まることない。


ただ、女性の顔に見覚えがあった。


「(………マジかい。)」


こんなところで見るとは思わなかった。

こんなところで会うなんて思ってもみなかった。


まさか………気になってる女性とここで再び会うなんて誰が予想できたのでしょう。


これ、どうしよう。

知らない人なら問題ないけど、あの人は………無視していいのか?


………できない。

そもそも、そんなことしたくない。



「あ………!」



どうしようと悩んでいるうちにどうやら彼女が私に気付いたようで……。

私と目が合った。



「私!あなたとお付き合いするくらいならこの人とお付き合いします!」


「「へ?」」



彼女は私と目が合った途端、男の手を振り払って私の腕を掴みながら爆弾発言をした。

当然私も男も状況が飲み込めず、気の抜けた声しか出せなかった。

今………なんて言った?


「行こっ!」


「え?あ、はい。」


グイッと引っ張られ、彼女の後ろを歩いていく。



「あ、おい!ちょっと待てよ!」



ハッと我に返ったのか、男が叫び、追いかけてくる。

これ、追い付かれたらマズイやつだ。

しょうがない。


私は立ち止まって男を見る。

彼女も私が止まったから自然に止まる。

冴えない感じがして尚且自分に謎の自信を持っていそうな男。


「な、なんだよ。」


「……あのさ、無理矢理とか最低なことするな。今の動画にとったから。あ、別に私の携帯とっても意味ないよ?もう友達とのメッセージにその動画乗っけといたから。」


「は?いきなりなんだよ!お前には関係ないだろ!消せ!」


「関係あるよ。この人、大事な私の客なんで。それで提案なんだけど。おとなしく帰るなら動画消して、見逃してあげるけど?」



本当は動画なんてとってない。

でもこんなときは見栄を張るくらいしないと。


「う………。」


躊躇っているみたいだ。

たぶん、女二人くらいどうこうできるとか考えてないか?


………ならもう一押ししよう。

私は彼の腕を掴み、思い切り捻る。



「いてててててててててて!!!!」


「このままおとなしくしないなら………腕一本くらい覚悟してね?」



これでも力はある方だし、多少の護身術くらいはできる。父から無理矢理習わされたからね。



「わ、分かったよ!分かったから離してくれ!!!」



男の叫びを聞いて離すと男は勢い良く転んだ。

そのあと、逃げるように走っていく。


うん、これでいいかな。

父から無理矢理習わされていて良かったかも


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る