11

「ふぅ……もう大丈夫ですよ。」


「ありがと………あ、あれ?」



男がいなくなった途端、彼女はふらつき始めた。このままだと転ぶので、倒れないように支える。


「大丈夫ですか?」


「ごめんなさい。安心したら………その。」


あぁ、なるほど。

安心したら力が抜けたってことかな。

でもさ。

それだけじゃないよね?


「………お酒飲んでます?」


男がものすごく酒臭かった。

だからはじめは気付かなかったけど、この人もほんのりお酒の匂いがする。



「はい。ちょっと飲み会でしたから……。」



あー、やっぱり彼女は成人してる。



「失礼します。」


一応そう言ってから彼女の手を掴む。


「え?あ、あの。」


「少しふらつくでしょ。こうしてたらちゃんと歩けますか?」


「あ、ありがとう。」



なんでそこで照れる。

………なんか調子狂う。



「家ってこの辺ですか?送ります。」


「え、そこまでお世話になるわけにはいきません!」


「このままほっといてまた誰かに狙われる方が嫌です。全く知らない人でもありませんし。」


「……私のことを覚えてるのですか?」



まぁそう聞くよね。

普通はよほどじゃないと客のことなんて覚えないから。


「もちろんです。うちの店、年配やおっさんが多いんで。それにほとんど常連客だし、若い人でしかも女性は珍しいんです。」


「そうなんですか。なんか嬉しいな。 」


へへへと笑う彼女。

いつも見せる微笑みや思いきりの笑顔とは違う、笑顔。

この人は色々な表情を持ってるんだ。


「じゃあお言葉に甘えてって言いたいのですけれど、もう着きました。」


「え?あ。」



目の前にマンション。

ここが…彼女の家。

マジですか。ここ、私の住んでるマンションのご近所なんですけど。


というか、ここから私のマンション見えてるし。むちゃくちゃご近所さんだったんだ。


「では、私はこれで。」


彼女を送り届ける任務は終わった。

これ以上長居は無用。親しい間柄でもないし。


「あ、待って下さい。」


グイッと腕を引っ張られた。

今日はよく腕を引っ張られる日だなぁ。


「せめてのお礼がしたいので、その上がっていきませんか?」


………まさかのお誘いがきました。

しかもお酒の入った気になってる女性から。


「いえ、遠慮しますよ。悪いし、別に礼を言われることでもないので。」


お誘いは勿論断る。

魅力的なお誘いでも。


「私が上がってほしいって思ってまして………その、お恥ずかしい話ですけれど………。」


この人は……危機感というものがないのだろうか。

同性でもあまり知らない人を家に誘うなんて。

それに私が男だったらその台詞、絶対勘違いする。そりゃあさっき狙われて当たり前かも。


だが、彼女はさらに私の予想外の爆弾を落としてきた。


「その……安心したけれど、今度は急に怖くなってしまって……。だから……一緒にいてほしいな。」


彼女はお酒のせいなのか、それとも素なのかわからないけれど。

耳まで真っ赤にしながら上目遣いでそう言ってきたのだ。

私、どうしたらいいの?

普通は断るし、私だって断る。


よし、断ろうか。

さすがにそこまでお人好しになれないし。


「だから、私は遠…………。」


再び彼女を見てしまった。

目をそらさしておけばよかった。

そうすれば、気付くことなんてなかったのに。


彼女が小さく震えてることに。

目も油断したら涙が溢れそうなことに。


はぁ………。勘弁してよ、マジで。


「じゃあお言葉に甘えます。お邪魔してもよろしいですか?」


こう返事するしかないじゃない。




こんな彼女を見たら、断るなんて無粋なこと私にはできないじゃない。


「はい!ありがとうございます!」


私が了承すると彼女は笑顔になる。

展開が急すぎてついていけない私がいる。

だって仲良くなった訳でもないのに、家にって……。


この人、本当危機感がない。

それに今日の私、どうもおかしい。

いつもならこんなことまで親切にしないのに。

どうでもいいって切り捨てるのに。


「お邪魔します。」


「なんだか申し訳ないです。それに夜遅いからあなたをこのまま一人で帰すわけにもいかなくて………その…。」


「気にすることじゃないです。謝らないで。」


それにご近所なので。

これは言わないけど。

でも急に上がってほしいって不安もあるけど、私のことを気遣ってくれたんだ。

別に平気なんだけど……その気持ちは嬉しい。


「適当なところに座…………あ……!」


「っと。大丈夫……ではないみたいですね。」



急にまたふらつくから驚いたけど。

咄嗟に抱えられてよかった。



「は、はい。すみません。ちょっとお酒、回ってきちゃって………。」



上がり込んでよかったかもしれない。

緊張が解けたのと、自分の家の中ってことでさらに安心してしまったのかもしれない。


マスターから酔いについて聞いたことがある。

精神状態と体調によっては、後から酔いが来ることがあると。


「大丈夫。身体を預け………っ!?」


「はい……。どうしました?」


「何でもありません。」


思わず固まってしまった。

抱えた時から微妙に感じていたけれど、さらに密着すると分かってしまった。


「(……なんつー身体してんの。)」


服の上からじゃあまり分からないけれど。

彼女、かなり着痩せするタイプだ。

簡単に言うと、ものすごくいい身体をしている。……私も女だから、密着した瞬間分かっちゃったよ。


これは、女の私でもちょっと危ないかもしれない。今まで同性の身体なんて意識したこと一度もなかったのに。

これは気を張ってないと危ない。


「ここに座って下さい。あと、水分とった方がいい。冷蔵庫、開けますよ。」


酔っぱらいの介抱には少し慣れといてよかったかも。今まで付き合ってた彼氏の介抱もしてたし、酔っぱらいマスターのことも見てたから。



冷蔵庫を開けると、それなりの食材が入ってる。これを見るだけで料理する人だと分かる。

あとは。

お茶と炭酸水。

この場合は………。


「あ、ポカリある。」


奥にポカリ発見。

賞味期限も十分に大丈夫そう。

お茶でもいいけどポカリかな。早くアルコールを外に出した方がいいし。


「これ、飲んで下さい。」


「ありがとう。」


視界が定まってない感じがする。

これ結構回ってると見た。


「だいぶ飲んでますよね。アルコールを外に出すためにも多めに飲………ん………で……」


「?どうしたの?」





瑞木千景、本日二度目の固まり。




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