第18話 セシリアー①

「あー、もう何で私まで。」


ジャックの運転する4WDの後ろには見慣れない姿があった。


「セシリアさんって、任務出たことあるんですか?」

「あるわよ。」

「え⁉︎そうなんですか?」


情報管理室にこもっているイメージが強すぎるせいか、リツは驚きを隠せなかった。

セシリアの白い肌や優雅な仕草からは、暗部のフィールドワークとは無縁の存在のように見える。


「ずっと訓練してきたんだから、当然でしょ。」


さらっと言われたが、リツには違和感があった。


(この人、どう見ても実戦タイプじゃない気がするけど……?)


「なんだか失礼な事考えてるでしょう?前は、普通にリリスやユージン、あなたたちみたいな”イヌ”とも一緒に働いてたわよ。」


初耳だ。


「何で情報管理室だったんですか?」

「…私訓練を受け出した時には、ちゃんと自我があったからあんまり暗殺とか向いてなかったのよね。だから、意外とあなたには共感してるのよ。」


セシリアからの思わぬ告白に、思わず後部座席に振り向く。

淡々とした口調とは裏腹に、セシリアの声には微かな苦笑が混じっていた。


以前、セシリアとリリスは、同じ孤児院の出だと言っていた。その時は、二人がヴェストリア連邦の出身だと事実に衝撃が強く訓練のことはあまり詳しく聞かなかったが、リツが暗部に入った当初、戸惑い、憤ったのと同じようにセシリアにも難しい時期があったのかもしれない。


「だから、情報収集とか工作系任務ばかりやってて、リリスが長官になった時に新設された部屋に移動したの。」

「リリスさんが情報管理室を作ったんですか?」

「ええ。そうよ。」


(自分の知らない歴史があるんだな。)


「レディーセシリア、それより顔出での現地調査は、問題ないのか?」


ジャックは、彼の見た目には似合わない厳つい車両を慣れた様子で運転をしながら尋ねる。


「まあ、監視カメラがあるような場所じゃないしね。ヴェストリア側から送られてきた鉱物採掘量のデータ上は一見問題ないけど、妙に流通量が多いのよね。中央の調査では白っぽいし、誰の意図かは分からないから、現地も見ておきたいわ。」


最近、エルトリア共和国とヴェストリア連邦では統合派の勢力が拡大している。その影響で、鉱物や産業エネルギーの関税交渉が秘密裏に進められていた。

今回の任務は、ヴェストリア連邦側が提示した鉱物の取引に当たってデータの不正を暴くためのものだ。


「不正があった場合、交渉ってどうなるんですかね?」


リツは純粋な疑問を投げかけた。


「良くてエルトリアにとっては切り札、悪くて交渉決裂、今回の関税政策もおじゃんね。最後は、政治的判断だけど。」


セシリアは、政治には興味が無いのか外の景色を見ていた。

サングラスに隠れたその表情は見えない。


「そろそろ着くぞ。」


ジャックの言葉を合図に4WDは、荒野の中に現れたゲートを望んだ。



§



巨大な採掘場に、調査員として潜入する。


「いやいや、ご苦労なことですな、こんな辺境まで。」


手を揉むようにしながら現れた男はジグ・クレストという。

この地を治めるクレスト男爵の遠縁らしい。


ヴェストリア連邦の南西クレストの街は、周囲をはげ山が囲っており、15年前までは未開の地と呼ばれる程、発展していない土地だったらしい。


しかし、鉱山が見つかって以降人口の増加が増加し、その後最盛期を迎えたのだ。

だが、5年ほど前から鉱物の生産量は下降気味であり、その発展にも陰りが見えていた。


隔絶された地であることが功を奏したのか、疑われることもなく三人はジグと挨拶を交わす。


「今日は鉱山の職員は働いていますので、視察エリアを案内させていただきます。職員は動いていますがお気になさらず。」

「もちろん、その点は承知しています。」


セシリアは愛想よく微笑みながら答える。



鉱山内では屈強な男たちが働いていた。重機が行き交い、大量の鉱石が運ばれていく。

ジグを遠目に見つけると男たちは頭を下げる。

一人の男がそのまま通り過ぎようとした。


「おい!貴様ら、この方々は中央からいらしたんだぞ!挨拶をしろ!」


ジグが大声で男に向かって叫んだ。


「まあまあ、お仕事中でしょうから特にお気になさらず。」


セシリアがとりなすが、ジグは我慢ならないようだった。


「全く、申し訳ございません。美しい女性の扱いも分からない粗雑な奴等でして。」


そう言うジグのいやらしさを感じる視線をものともせず、セシリアは次のエリアを案内するよう依頼しながら進んでいく。


(うわ。現代なら完全ハラスメントじゃん。)


ジャックも冷めた目でジグを見つめていた。



「こちらは?」

「ああ、この坑道は安全上の理由で立ち入り禁止になっています。岩盤が落ちましたし、ほぼ鉱物を取り切ったエリアですからいいでしょう。」


ジグはセシリアの質問に早口で返す。

まるで用意されたセリフを読み上げているようだった。



全体を案内されたのちに、最後に採掘量の書類を確認する。

当然、大きな問題は見つからなかった。


「問題ないですね。」

「ええ、我々はいつも公明正大をモットーに経営をしていますから。」


胸を逸らすようにして言われたジグのアピールは無視して調査を終える。


「いや、こんなにも美しい方が検査官として来て下さるのであれば、もっと早くに来ていただければよかった!」


ジグは大袈裟にセシリアを褒め称えた。

この男、何から何まで胡散臭い。口ぶりも態度も、裏があるって言ってるようなものだ。


「いえ、今日は正しくこちらの鉱山が運用されていることを確認出来て大変有意義な時間でした。」


セシリアの返答に満足したのか、ジグは手土産を渡しす。

4DWに乗り込んだ三人に最後まで頭を下げているのがミラー越しに見えた。


「どう思いますか?」


居住まいをくつろげるとリツは尋ねた。


「夜間稼働しないはずの鉱山にしては、明らかにリソースの消費量が多かったわ。あの帳簿、供給量と売り上げぐらいしかまともに隠せてなかったわよ。ザルね。」


セシリアは呆れかえった様子だ。


「それに、落盤したと言っていたエリアの奥から光が漏れていた。その方角にトラックが数台止まっていたから、密輸ルートがあるかもな。」


ジャックの言う通りだった。

取り繕えたとジグは思っているようだったが、粗雑な隠蔽いんぺいだ。


「夜になったら、坑道に潜入しましょう。」


セシリアの言葉に二人は神妙に頷いた。



鉱山の中は今日も案内されたので夜道であっても簡単に歩みを進めることが出来た。

セシリアが裏帳簿の調査、リツとジャックは封鎖エリアの調査のため夜闇に紛れて立ち入り禁止区域へと忍び込む。


坑道の奥に進むと、そこには昼間とは別世界のような光景が広がっていた。

本来ならば 閉鎖されたはずの鉱山 がフル稼働している。


無数の作業員たちが鉱石を掘り出し、大型のコンテナに積み込んでいた。


「やっぱり採掘していたな。」

「……すごい量だ。埋蔵量的には一番大きなエリアに匹敵するんじゃないか。」


二人は小声でささやき合う。

作業途中の掘削機を確認すると良質な鉱物が取れていることが分かる。


「だが、ここまで高品質なものだと値段が張るはずだ。」

「……購入できる人間は限られるってことか。」


購入者の特定となると骨が折れそうだ。


「セシリアさんと一緒に密輸ルートの探索に行くか。」

「車があったのは、裏口の倉庫。方角としては、この坑道の裏手に直通しているだろう。」


二人で記録を取り、密輸ルートの調査へ向かおうとしていた。


―――ピーピー


急に警報音が鳴りだす。


「誰もおってきてないということは俺たちが原因ではないな。」

「うん、てことは、セシリアさんが危ない…!詰所に寄ろう。」

「手短に済ませるぞ。」


ジャックの言葉に頷くと二人は、セシリアの元へと急いだ。



§



その頃、詰所ではセシリアが狭い室内を舞っていた。


「ああ、もう近づかなければ怪我しないって言ったのに。」


誰にも聞こえない声で呟きながらも、相手を背負うようにして締め上げる手は緩めない。


彼女には、唯一特技があった。

そのおかげで、そのせいで、暗部で生き残ってしまっているのだ。


―――人よりも夜目が利くこと。


それだけでは全く使い道のないように見えるが、彼女の記憶力と合わされば、発光しないスキャナーのようなものだ。しかも、彼女には長年培った獲物を捌く技術があった。


セシリアは静かに指を動かす。

細い漆黒のワイヤーが音もなく宙を走り、見えない蜘蛛の巣のように張り巡らされる。

敵が一歩でも踏み込めば、皮膚は裂け、血が霧散する。


―――彼女だけが視認できる、それは絶対の刃だった。


「こいつヤバいぞ!警報を鳴らせ!」


内心で舌打ちをする。


(ワイヤー使うつもりもなかったんだけど、勘が鈍ってる。)


セシリアは、自分に呆れながらもわざとワイヤーを弾く。

音で警備員を錯乱するのを横目に部屋を後にした。



§



リツとジャックが詰所に向かっているとセシリアと遭遇した。


「大丈夫ですか⁈」

「…ちょっと騒がしかっただけよ。あんたたちくらいの年頃だったら、もうちょい元気だったんだけど。」


セシリアは、そう言っているが警報を鳴らされた以上、長居は無用だ。


「密輸ルートの確認できれば陸路で退避しましょう。」


セシリアの言う通りだった。乗ってきた4DWに乗り込む。

この車もどこかで捨てなければならない。


「ちなみに、裏帳簿ってありました?」

「ええ、ここに入れたわ。書類の傷まで再現可能よ。」


そう言ってセシリアが自身の頭をコツコツと叩いた。

彼女は訓練で瞬間記憶能力を身に付けている。

その人物に証拠を一度でも見せると言うことは、証拠を完全に握られていることと同義だ。


「中身としてはどうだったんだ?」

「真っ黒も良い所よ。ご丁寧に、ダイヤモンドや金への交換状況まで書いてくれてたから、流通を調べればすぐ言い逃れ出来ないわ。」


リツたちは、鉱石の積み込みが行われている搬出口へと急行する。

そこでは、密輸用のトラックが鉱石を詰めたコンテナを積み込み、山道へと向かっていた。


「これだな。」


トラックの側面に捕まり、積み荷を追った。

そこでは、密輸業者と思われる者たちが待機していた。


「ここで積み替えているのか。」


ジャックが声を潜めて言う。

トラックの荷台から鉱石が降ろされ、大型のコンテナに詰め直されている。


「あのコンテナの文字、第三国ね。……中央の監視網には引っかからないように、迂回ルートを使ってるってところかしら。」


<採掘量の改ざん、密輸ルート、第三国への違法販売>


関税の交渉に向けた切り札としては十分な収穫だった。

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