第17話 ディオゴ
ビュニスの街の南端にかかるリバーフォード橋には、最近は人が寄り付かない。
わざわざ橋を迂回する者までいる有様だ。
それもこれも、すっかり危険地帯として認識されているためだった。
数週間前から、橋の上で次々と失踪事件が発生していたのだ。
標的は特定されておらず、夜中に橋を通った者の襲撃事件が頻発していた。
遺体が出てくるわけでもなく、ただただ人が消える。
その異様な事件に、一般人は"幽霊の仕業だ"と噂し、警察が警邏を増やすなど対応をしているが、未だに犯人は捕まっていなかった。
ジャックとリツがリリスに呼び出されたのは、最初の事件が発生して一カ月以上経過したころだった。
§
「この犯人捕まえてきて。」
リリスは書類から視線を上げることなく二人に告げる。
「あ、ザ・サンセットで見ました!神隠しだって。」
リツが無邪気に言うと、ジャックは皮肉気に告げた。
「お前、あんな大衆紙を真に受けているのか。二十一世紀でも、非科学的な話を真信じる奴がいるんだな。」
「いくら科学が発展したからって神秘は存在するんだぞ!」
リツはジャックに噛みつく。
二人の会話に興味が無いのか、リリスは相変わらず書類に目を通しながら淡々と続けた。
「詳細はこの資料にあるけど、警察は現時点では犯人の特徴すら掴めていない。ただ、最近の事件では目撃証言が一件だけある。」
そう言ってリリスは一枚の報告書を二人に投げた。
「数日前の深夜、橋の近くで巨大なサバイバルナイフを持った浮浪者の男が奇妙な影を見たらしいわ。瞬きしたら消えたそうよ。」
「瞬きしたら消えたって、やっぱり幽霊なんじゃ……。」
リツはやっぱり心霊話なのではないかと自分の両肩を抱えるようにして見せるが、ジャックは至って真剣に報告書を確認する。
「被害者の特徴は、若い男性…。」
「なんか、意外だな。こういう時は、女性の方が狙われやすいイメージだけど。」
リツもジャックの手元の資料を覗き込む。
「ターゲット、橋、巨大なジャックナイフ。これらのキーワードで思い当たる人物は?」
リリスがやっと書類から顔を上げ尋ねて来た。
「ディオゴか………。」
カル・ウェストの研究所で<幻影の雫>を奪還しようとした任務で逃げ出した三名、ピーノ、ハサン、そしてもう一人の人間がディオゴだった。
手元の書類によれば、現世でも人を襲撃した逮捕歴の持ち主だった。
その際のターゲット、襲撃ポイント、そして獲物が酷似している。
リツにも巨大なジャックナイフは見覚えがあった。
(暗部って本当に物騒な人たちばっかりだ…他の世界から死んだ殺人犯を呼びだしているのと神隠しどっちの方がホラーなんだか…。)
「彼の”首輪"は既に爆破済みよ。にも関わらず、好きに動いているということになる。」
リリスの声はいつになく厳しいものだった。
「本当に”首輪”を外せるようになったってことですか⁉」
「その可能性が高いわ。詳しく事情を聞きたいの。」
ヂャオと岳の姿が脳裏に浮かぶ。
「生け捕りでお願い。」
リツの回答は決まっている。
「最初からそのつもりです。」
§
深夜。霧がかった橋は、異様な静寂に包まれていた。
ジャックとリツは影のように静かに橋の
二人とも浮浪者に扮したマントを被った格好だ。
「……誰もいないように見えるけど。」
「油断するな。」
リツは消音スタンガンを手に握る。
二人の足音だけがやけに響いていた。
―――カツン
橋の向こうから、ゆっくりと歩み寄る音が聞こえた。
月が雲の間から覗いた。
顔半分が照らされる。ピエロのようなふざけたタトゥーをした男がいた。
ディオゴだ。
巨大なジャックナイフが月光の下で不気味に光る。
「君たち、―」
ディオゴが何某かを言う前にリツは弾丸を放っていた。
銃弾は発砲音もないまま、影に近づいた。
カキン。
鋭い音が響いたかと思うと、ディオゴはせせら嗤う。
「えー、殺さないて聞いてたのに…!死んじゃったらどうするんだよ!!!」
物騒な言葉にもかかわらず、ディオゴが言うとふざけているように聞こえた。
空にかかっていた雲が完全に晴れ、彼の全貌が映る。
―――ない。
「”首輪”していないんですね。」
ディオゴの首には”首輪”が無かった。
「ふふん!いいよね~」
にやにやと自慢げに自分の首元を見せてくる。
「やっぱり、僕は”首輪”なんかに縛られる玉じゃないんだよ!あっちからもちゃんと逃げて来たしね~」
(本当に誰かが首輪を外したんだ…。)
「でもさ、そのせいで金がなくってさ。せっかくの自由だ。楽しまなきゃ損だろう?だからさ、その金とついでに命も僕にくれない?」
ディオゴは巨大なジャックナイフをくるくると器用に回しながら、一歩踏み出した。
「ねえ、楽しくやろうよ?」
そう言うとディオゴがジャックナイフを振り回しながら迫って来る。
距離さえ詰めなければこちらが有利かと思っていたが、相手の懐に入ることには慣れているのかディオゴに一気に間合いを詰められた。
咄嗟に弾丸を打ち込もうとするが急所を外した。
ディオゴは飛び退きながら、腕を振る。体がわずかに痙攣していた。
「なんか、変な感じ?」
片腕は痺れているはずだ。
「コレ、普通の銃弾じゃないんだ!臆病者のリツ君仕様か!!!」
ディオゴは大きな笑い声を上げると武器を左手に持ち変えた。
「ごめんね?リツ君。ピエロっていうのは、器用なんだ。だから、僕は両利きなんだよ!君の銃を心配しなくていいなら、いくらでもやり放題ってことだ!!!」
ディオゴは狂気じみた笑いと共にリツの首元へ迫って来る。
だが、最近はずっと岳に訓練の体術の訓練を付けて貰っている。
「(岳さんよりも)…ずっと遅い!」
リツは体をひねり、ナイフの軌道を避けた。
(え⁈)
避け切ったと思っていたナイフ当たり、切り傷が付く。
そのすきに、ジャックがメスを放ったのが見えた。
ジャックのメスがディオゴの肩をかすめた。
「ええ、怖いなぁ!」
橋の上だ。お互い身を隠すことも出来ないまま、距離を取る。
ディオゴの目は、獲物を狩る獣のような鋭さを持っていた。
「ナイフが…伸びた。」
「何を言ってるんだ?」
ジャックが怪訝な顔をするが、ディオゴは感心したような顔でリツを見ながら言う。
「リツ君、アレを避けれる?本当に一般人なの君?俺のナイフは特注なんだけどなぁ。」
よくディオゴのナイフの柄を見ると歯車のようなものがかみ合っている。
「多分、あの歯車で長さが変わるんだ。」
リツの言葉にディオゴは大袈裟に残念そうな顔をする。
「なーんだ。もうネタバラなの?こういうのは、じわじわ引っ張って楽しむもんだろ?」
ディオゴはそう言うと不規則に動いたかと思う懐から何かを取り出した。
ジャックに向かってそれを投げつける。
リツは銃を放つが、欄干に飛び乗り避けられた。
そのままジャックめがけてディオゴが飛び上がる。
(近すぎる!)
ジャックとディオゴが被っており一瞬打つのをためらった。
「ジャック!」
リツが叫ぶが、ジャックは微動だにしない。
ディオゴのナイフがジャックの喉元を狙う――
ガシッ!
「……は?」
ディオゴは驚愕した。
ジャックは、自らディオゴの手首を掴み、寸前のところでナイフを止めていた。
「ジャック君は、もっとスマートな感じだと思っていたよ…!」
ディオゴの指が歯車に伸びる。
伸ばされたら、そのナイフはジャックの動脈を割くことになるだろう。
だが、リツはジャックの作った隙を見逃していなかった。
がら空きになった首元に弾丸を打ち込む。
「うぅぅ………!」
ディオゴがうめき声を上げて倒れた。
ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「ジャック、大丈夫か?」
「ああ。」
危ない所ではあったが、あれだけの隙があればリツが絶対に外さないとジャックは確信していた。
リツは自身の軍服を強く引っ張ると袖をちぎってジャックの手に巻く。
「お前、医者なんだから手怪我したらダメだろう。」
「これぐらい何ともない。利き手ではないしな。」
ジャックはそう言うが、無数の傷口から出血していた。
数日は使い物にならないだろう。
強引な手法に驚きながらも、リツを信じての行動だったことは理解しているので強くは出れない。
「……”首輪”を外せる人間が、本当にいるんだな。」
ジャックは静かに頷いた。
もし首輪を外せたら―――果たして自分たちはどうするのだろうか。
「……また面倒なことになりそうだな。」
そう呟くと、二人は捕獲したディオゴを乗せて、橋を後にした。
空には明るい月が浮かんでいた。
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