終末

 今日は作戦実行の日。


 この作戦が成功すれば、きっと幸せになる。私も、も。全ての人が!

 「彼」が幸せになる為なら、私はどんなことでもする。

 これが、「愛」と呼べるのではないだろうか? 他人ひとはそれを認めないだろうけど、私はそう思う。



「ねぇ、○○―――くん」


「ん?」


 呑気に振り向いた彼の笑顔が好きで堪らない。今すぐ、自分の物にしたい。


 ――でも、まだ我慢。



「話したいことがあるの。放課後、教室に残ってくれる?」


「……わかった」



 何をするかは少し察しが付いたようだ。


 間があったけれど、彼はそれを了承してくれる。



 私は笑みを浮かべてその場を去った。


 ――私と彼が結ばれるために必要な事をするために。


◇◆◇


 待ちに待った放課後の時間。


 右ポケットにが入っているか、手触りで確認する。


 ――準備は万端。



 ドアの陰に息を潜める。

 私がこのことミッションを終えるには、誰にも邪魔されない、二人きりの時間が必要。


 教室の様子を伺うと、教室にいるのは「彼」だけになった。


 ――もう、大丈夫。



「ごめんね、待たせちゃって――」


 そう言って教室に入る。全然大丈夫だよ、と言う彼に私は微笑みを浮かべる。


「私が○○―――くんを呼び出したのは、想いを伝えるためなんだ」



 一回言葉を切る。


 何を言われるのか、と顔が強張る彼に、私は笑顔を深める。



「大好きなの。私と付き合ってくれる?」


「……えっと」


 困ったような顔で彼が言う。


 ――ここまでは予想通り。



「知ってるよ。好きな人がいるんだもんね?」



 なぜ、という顔で彼が私の事を見つめる。


「知ってるよ? 好きな人のことだもん。この学校を選んだ理由から、テストの結果、家族関係。後は、住所も知ってるし、裏垢だって知ってる」


「……でも、俺はお前のことが!」

「君がよかったんだよ」


 彼は震えて私から距離を取ろうとするが、彼の震えた数歩だなんて、私の大股ですぐに追いつける。



「君のことが好きで好きで堪らないの。君が少し人間らしいところを見せたって、そんなの変わらない」

「……でも、俺に好きな人がいること知ってるんだったら!」


 ……あぁ、哀れだな。


「そんなのやだよ。その子より、私の方が貴方を愛してる」



 でも、と口を開きかける彼の唇を――私の唇で塞いだ。


「!?」


 彼は自分の唇を拭って、私のことを睨みつける。その瞳に愛だなんてものはなくて、ただただ敵意が籠もっていた。


 ――あぁ、いいなぁ。


 背筋がゾクゾクするのを感じて、私はまたにんまりと笑顔を浮かべる。



「……っていうか、貴方が好きな人がいたのって、だよ?」


 彼が、困惑した瞳で私を見つめる。

 そこには、『もう何も言うな』という無意識の懇願が混じっているようにも感じた。



 ――やめられるわけないじゃん。


 私はスマホを開き、一枚の画像を彼に差し出す。

 それを見た彼は信じられない、と瞳を大きく見開き、その場に崩れた。


 ガシャン、ガシャンと物が倒れる音が聞こえるが、そんなの今は関係ない。



「私、昼休みにこの子殺しちゃったんだ。ごめんね?」


「……嘘だ。俺のせいで、こいつが?」


 彼は必死に問う。地面に滴り落ちる雫なんて気にせずに。


 私がもう一度画面を彼に近づけると、それを無言で払った。


 彼の思い人だと思われる人が、割れた画面の中で心臓を刺されている。カッターで思いっきり。


 その画像の中のカッターを握る手には、私の手と同じマニキュアが施してあった。



「……なんで、そんな」



 生きていて欲しい。死んだなんて嘘だ。


 そう彼が懇願していることがわかる。


 でも、もう彼女は殺されたのだ。私のこの手で!


 彼の好きな人はもうこの世にいないんだ!



「っこれ……」


 床に落ちた私のスマホを拾い上げて、彼は画面を見つめる。



「このカッター……」


「そう、よくわかったね! 貴方のカッターだよ!」


 更に笑みを浮かべた私から彼が逃げようとする。



「貴方みたいな人なら分かるよね? 愛してたあの子はいなくなって、周囲の人も貴方を殺人犯だと遠ざけ始める! 罪が晴らされたとしてもそのレッテルは簡単には消えない!」


 涙を零しながらも、歯を食いしばって彼は私を睨む。


「でも、そんな必要はないよ」


 懐からを持ち出して――彼の腹部に刺した。


「私が君を殺して、一緒に死んであげるから」


 囁くように彼の耳元で呟く。


 彼の腹部から血が流れるのも構わずに、カッターを思いっきり引き抜いて、私は自分の腹部に刺した。



「嫌だ……あ、そんな……」


 彼は私が自分の腹部にカッターを刺す様を涙を流して見つめていた。



「違う……違うんだよ。俺が好きなのはそいつじゃない。そいつは……幼馴染、だ」


「……え」


 どういうこと? 訳が、わからない。


 くらくらとする頭をひっしに動かそうとする。


 もう、立てない。


 倒れ込んだ先――いや、引き寄せられた先は、彼の胸の中だった。


「俺が好きなのは――お前だ」


「……え?」


 嘘だ。そんな。


「お前がどんなことをしても、どんな性格だって分かっても、俺はお前のことが――」


 そう言って、彼は力尽きた。


 何で。全部、私の思い込み?


 彼と私は、両思いだった?



 視界が暗くなってくる。


 何も考えられない。


 ねぇ、どうか、彼だけは救ってあげられませんか?


 ごめんなさい。謝るから。


 ――私の想い人の幸せを、願わせてください。



 私の意識は、闇へと飲み込まれていった。

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貴方のことが大好きだったから。 天照うた @詩だった人 @umiuta

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