第16話 ご機嫌って感じ

 しばらくモールを歩き回って、俺たちが入ったのは雑貨と服が売っているポップな店。店内照明は明るく、陳列棚の間はそれなりに広い。


 茜はずんずん奥まで進んでいくと、お目当てのものを二つセットで持ってきた。


「これこれ、めっちゃアロハな組み合わせじゃない?」


 真っ青なアロハと短パン。サンダルも装備すれば今すぐにでもビーチに行けそうだ。


「いいじゃん。それで大学行こうかな」


「大学ってそんなに自由なの?」


「和服とコスプレはみたことある」


「……すごいところだね」


「大学生って学生に無関心だから何も言われないし。人に迷惑かけなきゃ基本大丈夫っぽいな」


 勉強漬け、ルールで雁字搦めだった高校時代を過ごした人ほど、大学に来て爆発しているような気がする。ちょいチャラくらいで落ち着いている人、高校時代から遊んでがち。


「浅葱くんもなっちゃう? 遊び人」


「なっていいのか」


「ダメ」


 むっと唇を突き出す茜。危ない。頷いていたら怒られるところだった。


「ダメだからね。浅葱くん」


「わーってるよ。っていうか、服装だけでそこまで変わらんだろ」


「その『ちょっとならいいだろう』が、人を遊び人に変えてしまうんだよ」


「アロハやめるか?」


「着てみてはほしい」


「理不尽の塊じゃん」


 シャツと短パンを受け取って、試着室に移動する。


 ぱっと試着して、鏡で自分を見てみる。


 ……存外似合ってるのが変な気分だ。いや、嬉しいよ。似合う服があるのは嬉しい。ただそれがアロハである必要があるかというと、難しいよねって話。


 カーテンを開ける。


 茜は目を丸くした。


「わっ、けっこうしっくりくる!」


「意外とな」


「浅葱くん。浅葱くんだよね。……南国ビーチのナンパボーイじゃなくて、浅葱くんだよね」


「俺です。通してください」


「ダメです」


「そんな」


「審議するからちょっとそのままでいてね」


「はい」


 従順に従う俺の全身をじっくり様々な角度から見る茜。少しして、彼女は眉をひそめた。


「困ったよ。すごい似合ってる」


「本来困ることじゃないんだけどな」


 まあ、気持ちはわかる。


「浅葱くん的にはどう?」


「持ってたらめっちゃおもろいな、とは思う」


「じゃあ買おう。こういうのは、自分の気持ちが大事だからね」


 若干の疑問はあるが、着心地もいいので買うことにした。


 そのあともいろいろ服を探したが、アロハ以上に琴線に触れるものはなかったのでそれ以上はなにも買わないことにした。


 昼時になったので、一度車に荷物を置いてからフードコートに向かう。


「やっぱり混んでるね~」


「……これは聞いた話なんだが、女子ってフードコートで席さがしてる男を見ると嫌いになるんだって?」


「え、なんで?」


「知らないならいいんだけど」


「そんなことで人を嫌いになるかな?」


「なる人がいるんだってさ」


「世の中は広いねぇ」


 不思議そうな顔をしてから、茜はちらっと俺を見た。


「そんなことで、私は浅葱くんを嫌いにならないよ」


「知ってるよ」


「ならよし」


 にっと笑って、茜が少し離れた場所を指さす。


「あそこ空いてるよ」


「おっ、いいとこじゃん」


 茜が見つけたのは窓際の席だ。あそこだったら、落ち着いて座れるだろう。


「食べるものは決まったか?」


「うーん。私はちょっと悩んでるかな。浅葱くんは?」


「俺はラーメンにしようかな」


「あっ、いいね。私もラーメンの気分になっちゃったかも。……でもちゃんぽんもあるんだ」


「先に注文してくるぞ」


「はーい」


 それなりに混雑はしているものの、昼時の学食に比べれば遥かに短い列だ。おまけにここは出来上がるまでブザーを持って座っていればいい。普段は面倒で選べないラーメンを食べるなら、こういうときに限る。


 塩ラーメンを注文して席に戻り、茜と入れ替わる。


 茜はちゃんぽんにしたらしく、すぐに戻ってきた。ほとんど入れ替わりで、俺のブザーが鳴る。


 二人そろってから、割り箸を割って食べ始めた。


 午後の予定は今のところ決まっていない。最後に食品を買いに行ければいい。


「あとなんか、見ときたいものはあるか?」


「うーん、服はだいたい見たし……あとはそんなにないかな」


「ないなら野菜とか肉買って帰るか」


「うん。それで大丈夫」


 ラーメンをすする。あっさりして優しいから、塩が一番好きだ。


 茜はちゃんぽんをすする。野菜がふんだんに盛られていて、健康的だ。


「ちゃんぽん、美味いか?」


「美味しいよ。ちょっと食べる?」


「いや、いいよ」


「そう」


「茜」


「んー?」


「いや、なんでもない」


 きょとんとした顔の茜から視線を外して、窓の外を見る。別に、なにかあるわけじゃない。だだっぴろい駐車場だけ。


「浅葱くん、楽しそうだね」


「そうか?」


「うん。なんかご機嫌って感じ」


「そうかもな」


 靴の先が、茜のと触れる。


 ちょんっ、と悪戯みたいに向こうから当てられて、俺も同じぐらいの力で返す。


 くすっと茜が笑った。


「どうした?」


「明日からも浅葱くんが一緒だなーって」


「……お前は、急に、そういう、ことを」


 心臓に悪いことは、もっとためを作るとか、前ぶりがほしいもんだ。なにかしらの詠唱を挟んだっていいくらいの火力が出ている。


「はぁ」


 ため息。それと一緒に微笑んでしまう。


「夕飯はなに食べたい?」


「えっ、決めていいの? じゃあね、浅葱くんの親子丼!」


「いいでしょう」


 深々と頷いて、頭の中の買い物リストを更新する。


 ラーメンを食べ終えて、水で口の中をリセットする。ゆるく息を吐く。


 茜も食べ終わったようで、俺は立ち上がるタイミングを見計らっていた。


「浅葱くん」


「ん?」


「もしよかったら、なんだけどさ」


 言葉を切る。茜にしては歯切れが悪くて、軽い緊張感を覚えた。


 テーブルの上の水たまりを指でなぞって、そのまま膝の上に持ってくる。


 予感は的中した。



「今度、お父さんと会ってくれない?」

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