第15話 なんでもいい、はダメ

 連休の最終日、俺と茜は朝のうちに実家を出た。


 学校は明日から。途中で大きめの商業施設に寄って行くことにした。


 ゴールデンウィーク前に空にしていた冷蔵庫とか、夏服とか、揃えたいものがいろいろある。


 まず真っ先に向かったのは、ファッションエリアだ。別々で見て回ってもよかったのだが、


「浅葱くんの服、選んでみたい」


 という茜の要望により、一緒に回ることになった。


 連休中ということもあって、ショッピングセンター内は大勢の人でにぎわっている。


「なんか店いっぱいあるな」


「そういうところだからね」


「この店、全部見て回るのか?」


「気になるところだけだよ。全部行ってたら日が暮れちゃう」


「……そうだよな」


 規模のデカさに圧倒されている俺を、茜が安心させてくれる。俺よりずっと、茜の方がファッション方面には明るい。ここは黙って彼女に従っておこう。


「行くよ」


 茜がぱっと俺の左手を掴んだ。少し照れたようにはにかんで、そのまま歩き出す。

 ずらりと並んだ店。こうして見ると、実際はほとんどが女性用であることがわかる。ファッションにうっすら無頓着なのは、男全般なのだと思うと心が安らぐ。そうだよな。みんな実際、あんまり興味ないよな。


「あっ、このお店入ってもいい?」


 茜が示した先を見る前に、俺は頷いて了承する。従うマシーンと化しているので、このくらいは造作もない。


 女性服の専門店だと気が付いたのは、足を踏み入れた後だった。まあいい。茜が服を選んでいるのを、隣で見ているとしよう。


「茜はどんな服が好きなんだ?」


「私はねー、けっこうワンピースとか好きかな」


「なるほどな」


 頭の中で容易に想像できる。軽やかな生地のワンピースは、彼女によく似合いそうだ。帽子をかぶってもいいかもしれない。


「浅葱くんはどんな服が好き?」


「俺はジーンズ」


「浅葱くんが履くのじゃなくて、私に着てほしい服って意味」


 簡単な質問だなと思って答えたら、題意を読み違えていたらしい。茜の鋭い訂正に、俺は視線を泳がせてしまう。


 茜に……着てほしい、服?


「なん――」


 なんでも、と言いかけて口を閉じた。危ない。この場合「なんでも似合うと思う」は相手を喜ばせる言葉にはならない。適当で無難な相槌はNGだ。


「浅葱くんは、私にどんな服を着てほしい?」


 脳みその普段はまったく動かさない領域をフル稼働させる。頑張れ俺。頑張れ頑張れ。大学が午前休のとき、だらだら見てる情報番組のファッションコーナーを思い出せ。


 何色のなに? とかで盛り上がったあの時間を思い出せ。


「シースルーの……」


「シースルーの?」


 茜の目が大きくなる。なんだ、やればできるじゃんみたいな顔。いいように誤解されている気がする。違うんです。限界超えてこれなんです。


「透明感がある……」


「透明感がある?」


「トップス……」


「そうなんだ! じゃあ、さっそく探してみるね!」


「ほっ」


 よかった。上手くいったみたいだ。


 安心して声出た。


 ぶっちゃけまだシースルーとシーザーサラダの違いもよくわかっていないが、伝わったみたいでよかった。


 昼の情報番組も役に立つんだな。家事に役立つアイテムも、週末行きたいスポットも、ファッションも全部ファンタジーだと思ってたけど、これからはもっとちゃんと見よう。まとめノートとか作ったっていい。


 パッと笑顔を咲かせて、茜は店の奥へと分け入っていく。


 分け入っても分け入っても服。店舗の面積はさほど大きくないが、ぎっしりと服が並んでいる。その合間を歩くのは、オシャレの擬人化みたいな店員たち。


 なにをどうしたらあのコミュ力とファッションセンスが身につくのか。国立大学の理系学部は、ただちに彼らを客員教授として招くべきだ。


 ともかく、微妙に居心地の悪い場所である。男なので一人でぽつんと立っていると、不法侵入しているみたいな気分になってくる。


 茜が手招きしてくる。


「試着するから、ついてきて」


「はい」


 助かった。店の隅にある試着コーナーへ移動。気を利かせた店員さんが近づいてきて、茜と二言三言交わすと、サイズの違う同じ商品を持ってきてくれた。


 カーテンが閉まる。横で所在なく棒立ちしていると、店員さんが話を振ってくれた。


「彼氏さんですか?」


 店員さんは、ばっちりと化粧をきめた年上の女性だ。場を持たせようとしてくれる、素敵な気づかいだと思う。


 だが、俺にとっては難しい質問だ。


「……幼馴染です」


 数秒悩んで、無難に答えることにした。


 カーテンの奥から、茜はなにも言ってこない。セーフ。「ただの」とか余計なものをつけなければ、許してもらえるらしい。


「あ――なるほど。では、ごゆっくり」


 なにかを察したのか、店員さんは暖かい笑みを浮かべて売り場に戻っていく。


 なにを悟られた? 今の一瞬で。


 カーテンが開いて、茜が出てくる。シースルーの白いトップスに、黒いロングスカート。上半身は軽く、そのぶん下は重ためな印象でバランスをとっている。


「どうかな?」


「似合ってるよ」


「ほんと?」


「本当」


「そっか。じゃあこれ買おっかな」


「ワンピースじゃなくていいのか?」


「好きな服はもういっぱい持ってるから。ほしいのは浅葱くんが好きな服」


「……っ」


 その場で石像のように硬直する俺と、それを横目にカーテンを閉め、着替えを済ませるとレジに向かう茜。会計が終わるまで、完全に思考が停止。かろうじて店外に出ることで不審者になるのは回避した。


「おまたせ」


「荷物持とうか?」


「へーき。服だから重くないし」


「そっか」


 茜が俺の左にぴたりと寄り添うので、左手を出す。三歩で手がつながれた。


「次は浅葱くんの服ね」


 これは困った。


 先に茜の服を選んだことで、俺の服を選ばれることから逃げられなくなった。


 逃げる気はないけれど……ここまで見越しているとしたら、茜はなかなかに策略家だ。


「浅葱くんはジーパンとシャツが多いからなぁ。夏服はいっそアロハとかにしちゃう?」


「かかってこい」


「乗り気なんだ。ドン引きするかと思った」


「俺は地味な服が好きなんじゃなくて、着心地のいい服が好きなんだ。正直柄は派手でも気にならないと思う」


 茜がにやりと笑う。


「じゃあ、探しちゃう? アロハ」


「よろしくお願いします」


 乗り気で応じると、茜は歩みを速めた。引っ張られるようにして歩く。


 手をつないでいると、歩幅を合わせないといけない。


 その不便さが、くすぐったい。

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