2話 人を殺すための力

 記憶を辿ってみたものの、アンが求めるような錬金術への手がかりは、残念ながら僕の脳内には存在しなかった。


 当然と言えば当然だ。


 僕は元々、平凡な日本の高校生。


 科学の授業は真面目に聞いていた方だと思うが、錬金術なんてファンタジーの中の話だ。


 しかし、僕の語る現代日本の技術や文化は、アンにとって驚きの連続だったようだ。


「そんな魔法みたいな技術が、魔法なしで存在するなんて信じられない!」と、身を乗り出してくるアンの熱意に、僕は少し嬉しくなっていた。


◇◆


 数時間後


 魔力活性薬液の効果なのか、ようやく僕は自分の意思で体を動かせるようになっていた。


 まだ少しぎこちないものの、歩くこともできる。


「よし、これなら大丈夫ね!」


アンは嬉しそうに僕の背中を叩いた。


「ちょっと付き合って!」


 そう言ってアンは僕に、簡単な身支度をするよう促した。


 肌着のような薄手の服しか着ていないし、確かにこの格好で外に出るのは気が引ける。


 研究室の一角に用意されていた見慣れない素材の服に身を通し、備え付けの鏡を見た瞬間僕は息を呑んだ。


 そこに映っていたのは、見覚えのある自分の姿ではなかった。


 さらさらとした、まるで空の色のような青い髪。


 そして、アンと同じ、吸い込まれるような琥珀色の瞳。


 顔の造りは元の僕の面影を残しているようにも見えるが、全体的な印象は大きく異なっていた。


「どうなって……」


 僕は、自分の変わってしまった姿に愕然とした。


「ああ、それも錬成の副産物よ」


 アンは、特に気にした様子もなく言った。


「素材にした肉体の特性が出たみたい。綺麗な色でしょ?」


 綺麗、か……確かに、見慣れないながらも美しい色だとは思う。


 しかし、これが自分の姿だと考えると、強烈な違和感を覚えた。


 僕は黒髪で、もっと普通の深い茶色の瞳をしていたはずなのに。



「試してみたいことがあるの」


 複雑な思いを抱えながら身支度を済ませると、アンが目を輝かせながらどこか興奮した様子でそう言った。


「試したいこと?」


 僕はきょとんとした。


「そう!ズバリ…貴方の体に刻んだ私謹製の術式がどれくらい機能するのか、よ!」


 状況を飲み込めず、きょとんとした顔で固まることしかできない僕をよそに、アンは重ねて続ける。


「人体錬成が成功して実用化に至ったときのために、何度も何度も練り直しては刻み込み続けた超高度な錬金術式と幾つかの古代魔法を含んだ強力な魔法術式よ。並の魔法使いどころか、上級の魔法使いでも及ばないレベルのね!」


 彼女の言葉には、自信と期待、それから好奇心が満ち溢れている。


 なんか見たことあるなと思ったら、日本の早口オタクの姿だコレ。


 ところでどうやら僕の身体には、とんでもない力を秘めているらしい。


「どうしてそんな力を?」


 浮かんだのは、至極当然の疑問だった。そもそも仮想敵が魔法使いであるのも妙だ。人対人が前提として想定されているような言い回しも──


「そんなの、敵を殺すために決まってるでしょ」


「何を今更」とでも言いたげなアンの声。


 嫌な予感は、どうやら的中していたみたいだ。


「敵を殺すため……」


 アンのあっけらかんとした言葉に僕は一瞬、言葉を失った。


「そんな簡単にって……倫理的にどうなんだ?」


思わず口をついて出た僕の問いに、アンは不思議そうな顔をした。


「倫理?それで国が救えるの?第一、これは私の錬金術の粋を集めた最高傑作の機能テストよ?無駄にする方がよっぽど倫理に反するわ」


 突き刺すように放たれた言葉に、僕はまた返答できなかった。


「まあいいわ。百聞は一見に如かずよ!」


 アンはそう言うと、言葉を失った僕の手を引っ張り研究室を飛び出した。


◇◆


 引きずられるまま連れてこられたのは、人気のない荒野。


 乾いた土と岩が広がる殺風景な場所で、アンは満足そうに周囲を見渡した。


「ここなら、思う存分試せるわね!」


 彼女はそう言うと僕に向き直った。


「まずは簡単なところから。あの岩を砕いてみて」


 アンが指さしたのは、僕の背丈ほどの大きさの岩だった。


 僕は言われるがままに岩を見つめた。


 僕の身体に刻まれているという人を殺すための力。そう考えると、その力を行使するのに強い抵抗を感じた。


 っていうかそんな軽く「砕け」と言われても、やり方も分かんないし。


「こんなこと、する意味あるのか……?」


 小さく呟いた僕の言葉を、アンは聞き返さなかった。


「集中して!イメージするのよ、あの岩を粉々に砕くイメージを!」


 あぁ多分、これは聞き返さなかったんじゃなくて聞いてすらなかったんだな。


 そう考えて半ば諦め気味に僕は深呼吸をし、言われた通りにイメージした。


 すると、体の奥底から熱のようなものが湧き上がってくるのを感じる。これが、アンが言う術式の力なのだろうか。


 何となくするべきなんだろうなと思い、僕は手を岩に向ける。


 その瞬間赤い閃光が迸り、轟音と共に岩は跡形もなく粉砕される。砂塵が舞い上がり、周囲の空気が震えた。


「いい調子ね!まずは第1段階クリアよ」


 アンは目を輝かせ、粉砕された岩の跡を調べている。


 楽しそうなアンとは対照的に、僕は怖かった。


「これで第1段階……?」


 一瞬にして粉々になった岩。その光景に、僕は恐怖を覚えていた。「もしこの力を人に向かって撃てば」そう想像するだけで、悪寒がした。


 そんな僕の心や呟きなんて知ったこっちゃないと言ったふうに、アンは次のテストに向けて鼻息を荒くしている。


「次は、もっと大規模なものを試そう!例えば、あの山を削り──


 周囲の空気が突然変化した。雲一つない青空に歪みのようなものが現れたかと思うと、その歪みから複数の人影が出現する。



「まっずいわね」


 アンは、その人影を見るなりそう呟いた。味方でないことは確かだろう。


「魔術レーダーに反応しちゃったんだ、思ったより来るのが早いな暇人め」


 恨めしそうに呟くアンは、妙にどこか楽しそうですらあった。まるで、この状況を楽しんでいるようにすら見える。


「あれは……?」

「【魔法保安取締局マトリ】よ」


 アンは続けて、「無許可で一定以上のレベルの魔術や錬金術を使うと、専用のレーダーで察知されるの」と小声で説明する。


 ふむふむ、つまり……オレ、何かやっちゃいました?


「逃げるわよ!!」


 そう言うとアンは僕の手を掴んだ。


 彼女の横顔には焦りの色が濃く浮かび上がっているが、口角は緩んでいた。

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