第5話 慣れない生活
俺は、幸一お父さんの家に車で帰って来た。幸一お父さんは俺の父親だと言っている。DNA鑑定結果報告書という物を俺に見せて百パーセント親子だと言っていた。
でも俺が小学校の頃、俺とお母さんの所からいなくなってもう六年近くが経っている。居なくなった理由なんて分からない。
変に聞いて怒られるも嫌だし、今はこのままの方がいい。前の様な生活には戻りたくない。
玄関を開けたいけど鍵を貰っていない。どうすればいいのだろう。前の家では誰かが帰って来る迄ずっと玄関で待っていた。
玄関の前で立っていると車を運転していた東条さんが傍に来て
「瑞幸様、ここのボタンを押してください」
言われた通りにすると玄関が開いた。朝俺の髪を切ってくれた人だ。その人が
「瑞幸様、気付かずに誠に申し訳ございません」
そう言って深く頭を下げて大きく玄関を開けてくれた。靴を脱いで自分で靴を端に置こうとして手を伸ばすと、
「瑞幸様、その様な事は私どもが行います。お手を汚さない様にして下さい」
「えっ、でも?」
「良いのです。これは私達の仕事です」
今迄とあまりにも違い過ぎる状況に驚いていると
「瑞幸様、お部屋にいらしてください。お着替えを用意します」
前の生活は三畳の部屋に入って制服を脱いで小さくなりすぎた服を無理矢理着ていた。だから着替えを用意すると言われてもピンと来ない。仕方なくついて行くと
部屋に入って引き出し式のタンスや観音扉のタンスが並んでいる横に洋服をぶら下げてある部屋がある。女の人が
「瑞幸様、どれを着られますか?」
色々有り過ぎて選べない。それにどれも着た事がない服ばかりだ。
「分からないから選んで」
「畏まりました」
そういうとハンガーに吊り下げられている白い半そでのポロシャツと紺色のズボンそれにベルトを渡された。それと新しい靴下も
「これにお着替え下さい」
俺は言われたままに着替えると寸法が測ったようにピッタリだった。俺の身長どうやって測ったんだろう。
「良くお似合いでございます。洗面所でお手をお洗い下さい。リビングにジュースとお菓子をお持ちします」
違う。あまりにも生活が変わり過ぎている。でも前の生活に戻りたくない。言われた通りに朝顔を洗った所に行って手を洗うのだけど、ふと思った。
石鹸が無い。プラスチックの小さなボトルが置いてあるだけだ。お母さんと暮らしていた時は白い石鹸で手を洗っていた。前は玄関の傍にある水道水と掃除で使われている石鹸だ。
ジッとボトルを見ると後ろに説明が書かれていた。押せば良いんだ。押すとブルブルと泡の塊みたいなものが出て来た。手を擦ると石鹸の様に泡立っている。それにいい匂いがした。
良く洗って傍にあるタオルで拭くと、昨日一番最初に連れて来られたリビングと呼ばれている部屋に行くともうジュースとお菓子というかケーキがおかれていた。小さい時お母さんが誕生日に買ってくれたイチゴの乗っている奴だ。
「瑞幸様、お召し上がりください。ジュースとイチゴのケーキはお代わりもございます」
昨日のお風呂上りの様な喉を刺激するジュースではない。でもとても美味しかった。
そしてフォークでケーキを少し取って食べると口いっぱいに美味しい味が広がった。
「美味しい!」
「それは宜しゅうございました」
あっという間に食べてしまうと
「お代わりをご用意しますか?」
「いらない。それより部屋に戻って勉強したいんだ」
「分かりました」
俺は自分の部屋に戻って鞄から今日の授業で使った教科書と明日勉強する教科書を机の前のラックから取り出した。ノートがあるから予習が楽だ。
夢中で勉強しているとドアがノックされた。
「瑞幸様、お食事の用意が出来ました」
机の上の時計を見るともう午後六時半だった。ドアを開けて女の人に付いて行くと昨日、幸一お父さんと一緒に食べた部屋に連れて行かれた。
「あれ、幸一お父さんは?」
「はい、まだお仕事中でございます。あと一時間半程するとお戻りになると思います」
「じゃあ、待っているよ」
「宜しいのですか?」
「うん」
前の時はいつも午後八時をとうに過ぎていた。それを考えれば全然問題ない。また部屋に戻って勉強を始めた。
部屋全体が明るくて外より暑くない。丁度いい感じの温度だ。夢中になっていると
またドアがノックされて
「瑞幸様、お父様がお帰りになりました」
「分かった」
俺は勉強を止めてさっき案内された部屋に行くと幸一お父さんが
「瑞幸、先に食べていても良かったんだぞ」
「ううん、幸一お父さんと一緒に食べたい」
「そうか、そうか。では一緒に食べるか」
それから俺の夕食は仕事で遅くなる以外は幸一お父さんが帰って来る時間になった。それに学校から帰って来ると勉強にまとまった時間が取れる。
小学校の頃シカやたぬきやヘビと遊ぶ以外は勉強しかしなかったから教科書を読むのが好きになった。
お風呂は今日も一緒に入ってくれた。今日は一人で体を洗っている。幸一お父さんが
「瑞幸、学校はどうだった?」
「うん、周りの人が驚いていた。でも揶揄われたり、悪口を言う人が居なくなった」
「そうか、良かった。何か不都合な事が有ったらお父さんに言いなさい」
「分かった」
「瑞幸、この家では自由にしていいんだぞ。勉強ばかりでは詰まらないだろう。何か遊びたい物が有ったら言いなさい」
「いいよ、教科書を読んで勉強する事ばかりしていたから」
「そうか、部屋にも本は置いてある。好きな本を読みなさい。本は心を豊かにしてくれる」
「ありがとう幸一お父さん」
「瑞幸、幸一は要らない。お父さんとだけ呼びなさい」
「分かった。お父さん」
「後、お父さんは仕事で帰宅が遅くなる時がある。外国に行く時もある。だから夕食はなるべく自分の好きな時間に食べなさい」
「分かった。でもそれ以外は一緒に食べて。お母さんが亡くなってから暗い台所で一人で食べさせられていたから」
「暗い台所?」
「うん、冷たいご飯一杯と冷たいお味噌汁だけだったから」
お父さんの顔が一瞬怖くなったけど直ぐに元に戻って
「そうか、もうそういう事は絶対に無い。だから安心しなさい」
「ありがとう」
寝る時は昨日もそうだったけどパジャマに着替えて寝る。昨日とは違う柄だ。そして着心地がとてもいい。直ぐに眠りについた。
次の日もお父さんと一緒に朝食を摂って車で学校に行った。車から降りると周りの生徒が驚いている。
そして昇降口に行って綺麗な上履きに履き替えて教室に入った。誰も声を掛けて来る事は無い。一昨日までは、酷い事ばかり言われて蔑む様な目で見ていたのに。
でも今日は誰も何も言わない。俺も気が楽でいい。午前中の授業が終わると学食に行った。
廊下ですれ違う人は驚いた顔している人や視線を外す人とか色々いるけど構わない。中学入ってからずっとそうだったから。
今日は、B定食を買ってみた。豚肉を油で焼いて香ばしい匂いがする。お味噌汁や卵、それにお新香まで付いている。
一昨日迄お昼を食べられなかった俺に取っては家の食事を除けば物凄いご馳走だ。
でも今日も
「瑞幸君、ここに座ってもいいかな」
「いいですよ」
早乙女由羅さんだ。食べている合間に
「瑞幸君は休みはどうしているの?」
「勉強しています」
外で遊んだことなど無い。田舎では山に行っていたから。
「えーっ、そうなんだ。凄いなぁ。今度私に勉強教えて」
「それは…」
どう答えていいのか全然分からない。そもそも女の子と話したのは小学校時代の幼馴染、高橋幸奈くらいだ。
「ごめん、いきなりだったよね。ねえ、私もっと君の事知りたい」
「……………」
何を言っているか全く分からない。
「ねえ、君の事教えて?」
「ごめん、そういう事した事無いんだ」
俺は、定食を食べ終わると急いで席を立って食洗室、みんながそう呼んでいた所に持って行くと教室に戻った。
どういう理由で俺に近付こうとしているのか分からない。一昨日迄は顔も知らなかった子だ。気を付けた方がいいと俺の頭の中が警鐘を鳴らしている。
§早乙女由羅
はぁ、中々ガードが堅いな。ゆっくりしていると皆が彼に慣れて来る。その前に心を開かせないと。
―――――
書き始めは皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。
感想や、誤字脱字のご指摘待っています。
宜しくお願いします。
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