第4話 教室の人が驚いている


 眠れないままにベッドの中にいるといきなり大きな音が鳴った。何処から聞こえるのか思ったら机の上にある時計からだった。


 まだ俺が小さい頃、枕元に置いていた時計と大きさや形は違うけど目覚ましに違いない。頭のバーを叩くと止まった。時間を見ると午前七時。もうこんな時間か。


 直ぐに起きて傍に置いてあった洋服に着替えるのだけど着る物が多い。新しいパンツとアンダーシャツ、白いワイシャツ。紺の靴下。新しい学校の制服。

 今迄は中学校の制服をそのまま着ていたので、教室で見る他の人の制服と同じだと分かった。


 全部着てドアを開けると昨日の女の人が立っていた。

「瑞幸様、こちらに」


 大きな鏡のある部屋だった。

「制服の上着をお脱ぎ下さい」


 言われた通りにすると

「髪の毛を整えます。お父様からの言い付けです」


 そう言えば髪の毛は前の家でキッチンに在った鋏で適当に切っていた。今は大分伸びている。

 カバーを掛けられた俺はされるままにしていると二十分位して随分すっきりした髪型になった。

「これで宜しゅうございます。では顔を洗って下さい」


 俺はいつも外の水道で洗っていたので何をしていいのか分からないでいると

「こちらをこうして頂ければ水が出ます。こちらのバーはお湯になります」


 信じられない。蛇口からお湯が出るなんて。どうやって沸かしているんだ?


 顔を洗い終わった後は、女の人に連れられて行くと幸一お父さんがテーブルに座って居た、俺を見て


「おお、瑞幸。母さんによく似た綺麗な顔立ちだ。父さんにも似ているな。さあ、一緒に朝食を食べよう」

「はい」


 昨日の夜と同じで見た事も無いご馳走だった。前の家では朝は冷たいおにぎり一個と冷たい味噌汁だけだった。


 食べている内に涙が出て来た。美味しい。こんなに美味しいご飯なんてお母さんが作ってくれたご飯以来だ。


「どうした瑞幸?」

「お母さんのご飯を思い出して」

「そうか」


 周りにいる女性の人達が目元に涙を浮かべている。俺だけの事なのに。



 玄関を出ると周りが明るい所為かやっとここが分かった。大きな家だ。


 昨日は暗くて分からなかった庭が在った。遊んでいた山とは比較できないが前に住まされていた家は庭なんて無かった。


 そのまま歩いて行くと門の向こうに車が停まっていた。そして車の前に背がとても高くてがっちりとした体格の男の人が立っている。

「瑞幸様、東条鑑とうじょうかがみとも申します。今日より私がお車で高校まで送らせて頂きます。帰りは下校時間に門の前で待っております」


 俺はなんと返事して良いか全く分からなかった。



 車が門の前から出て走り始めると、二十分程して学校に着いた。運転手の人が運転席を出て俺が乗っている後ろのシートのドアを開けて

「行ってらっしゃいませ。瑞幸様」


 そう言うと俺が校門に入る迄見送ってくれた。周りの人が驚いた顔をしている。俺も驚いているよ。



 昇降口に行って、家で渡された新しい上履きを履いて教室に入るとみんなが一斉にこっちを見た。そして小声で


-おい、あれ誰だ。

-校門のところで車から降りて来たぞ。

-新入生かな。

-それなら担任が紹介するだろう。


-凄く綺麗な顔をしている。

-あんな子いなかったわよね。

-うん、誰だろう?


 そんな声を無視して自分の席に座ると


「「「「「「えーっ?!」」」」」


-あそこ汚物の小井川の席だよな。どういう事だ。

-さぁ?


 俺が一限目の教科書を取り出そうとしていた時、


-おい、あれゴッチの鞄だろ。

-うっそー!


 皆が俺を珍しく見ているけど、俺が一番驚いているんだ。周りも驚くだろう。



 予鈴が鳴って担任が入って来た。俺の方を一度見て驚いた顔をしたけど、そのまま朝礼が始まった。


 出席を取っている時、俺の名前を呼ばれた。小井川ではなく上河原と呼ばれた。返事をすると全員が驚いている。担任が

「静かに!何を驚いている」

「だって、先生。汚物の小井川が…」

「今、汚物の小井川と言ったお前、停学一週間だ」

「そ、そんな」

「今後、上河原君に失礼な言動をした生徒は全て停学とするように校長から全学年の先生達に通達された。皆も心しておくように!」


 担任が出て行くと皆が俺の方を見たので俺も見返すと皆視線を合さない様にと前を見てしまった。

 イジワルされていた時よりいいや。



 授業はいつもより静かに聞けた。授業の中休みもちょっかい出して来る人も居なくなった。

 口を利いてくれないのは始めからだ気にもならない。


 お昼休みになったけど、前だったらお金も無いから裏庭のベンチで座っていた。お腹が空いてどうしようもない時は花に水をやるホースから水を飲んだ。


 でも今日は幸一お父さんから財布を渡された。中を見ると見た事も無い様なお札が入っていた。

「瑞幸、お小遣いだ。学校のお昼もこれで食べなさい」

「うん、ありがとう」


 そう言って貰った財布を持って学食、初めて来たけど、勝手が分からない。

 少しの間見ているとチケット自動販売機と呼ばれている機械にお金を入れて好きなボタンを押せばいいらしい。ボタンに食べ物の名前が書いてある。


 俺が列に並んで機械の前に来て千円札を出して皆が入れていたスリットに入れると機械のボタンの明かりが一斉に点いた。


 かつ丼と書いてあるボタンを押した。田舎にいた時お母さんが大切な日に作ってくれた料理だ。


 下の受け口に紙が出て来たのでそれを取ってそのままカウンタに行こうした時、

「ねえ、君。お釣り取ってないよ」


 振り返ると女の子が

「ほら、ここ押して」


 言われた通りに言うと下の受け皿にジャラジャラと小銭が出て来た。俺が知っているお金だ。

「ありがとう」



 他の人と同じ様に並んでかつ丼を受け取った。お味噌汁やお新香も一緒に付いて来るらしい。

 トレイにそれらを乗せて箸も一緒に取って、空いている席を探すと二人座りテーブルが空いていた。窓際だ。


 そこに行って、一人で座って食べているとさっき俺にお釣りを教えてくれた女の子が来て

「ねえ、ここに座って良い」

「いいけど」


 その子が食べ始めた。食べている途中で

「ねえ、君。名前なんて言うの。見た事無いよね。転校生?」

「俺は、1Aの上河原瑞幸。君は?」

早乙女由羅さおとめゆら。1Bよ」

「そう」


 それだけで会話も繋がらずお互い何も話さずに食べ終わると別の女の子が近寄って来た。

「由羅、何処に行ったと思ったらこんなの所に居たの?えっ?この子誰?」

「1Aの上河原玉瑞幸君」

「えっ、上河原って。お…モゴモゴ」

「幸子、それ以上言うと停学よ」


 早乙女さんが、幸子とか呼ばれた女の子の口を押えていた手を離すと

「でも全然顔がちが…モゴモゴ」

「停学になりたいの?」

「もう分かったわよ。行こう由羅」

「うん、またね瑞幸君」


 誰あの人、俺の名前を勝手に呼んで…。



 食べ終わって学食を出て教室に戻ると俺を皆見ない様にしている。俺もこっちの方が楽でいい。


 そして午後の授業も終り昇降口まで行く途中、廊下を歩いていると周りの生徒が変な目で俺を見ている。


 それを無視して校門まで一人で行くと車が停まっていた。俺の姿を確認したのか運転席から東条さんが出て来て後部座席を開けてくれた。

「瑞幸様、ご苦労様でした」


 俺がその車に乗ろうとすると周りの生徒が目を丸くして驚いていた。どうでもいいや。でも八キロ歩くより楽でいいな。



 §1Bの教室


「由羅どういう事?あんな汚物の小井川なんかと話してさ」

「幸子は、瑞幸君は今は上河原よ、それに彼が汚物に見えたの?」

「だって、髪の毛が汚くていつも臭くて汚い中学校の制服着ていた奴だよ。確かに今日は別人だったけど。誰かがあいつの身代わりに来たんじゃないの?」

「幸子はそう思えばいいじゃない。私は瑞幸君は一年で学力トップだし、運動だってトップじゃない。背だって小さくないし。

 確かに昨日まではとは全然違ったけど、いいんじゃない。私は早く手を挙げるんだ。あの子は絶対に学校中の人気者になる」

「何で由羅はそこまであんな奴の肩持つのさ?」

「いいじゃない。こればかりは人それぞれよ」



 §早乙女由羅

 瑞幸君は確かに昨日までみすぼらしくて汚くてみんなから嫌がらせを受けていた。でもそれに何も文句を言わず、へつらう事もしなかった。


 勉強は学年一番、運動も全項目で一番。見かけだけではあの子のポテンシャルは分からない。


 そして理由は分からないけ今迄髪の毛で隠れていた顔が髪を整えられた事で表に出て綺麗な顔立ちである事が分かった。


 彼が持っていたお財布は万で二桁はする高級ブランドもの。鞄だってそう。靴だってブランドもの。


 そして車で帰って行った。どっちが本当の姿か分からないけど、どっちだっていいじゃない。

 でも気になる朝、担任が言っていた事。

『上河原君に失礼な言動をした生徒は全て停学とするように校長から全学年の先生達に通達された』

 学校が一人の生徒にそこまで徹底させる程の子。あの子一体何者?


―――――

書き始めは皆様の☆☆☆が投稿意欲のエネルギーになります。

感想や、誤字脱字のご指摘待っています。

宜しくお願いします。

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