元妻、襲来! 3
「なるほど。センパイと関係が悪かったわけではないんですね」
「どうしてこれを聞いただけで分かるの?!」
元妻も私の推理に驚いている。センパイとは似たもの同士なのかもしれない。
「私だって自分が桃華ちゃんの母親だったらうまくできるかなんてわかりませんよ。でも、そもそも子どもをかわいいなんて思う必要、あるんですかね?」
「ええっつ?!」
竹内さんは理解できないというような顔をした。
「子どもをかわいく思う理由なんか、いくらでも思いつきますけど、逆に、思わなくてもいい理由も同じくらい見つけられますよ」
「……そんなこと、考えたこともなかった」
「だって友だちって他人じゃないですか。でも、同じ人間同士、うまくいくこともいかないこともあるけど、仲良くしようと努力することはできる。結局それだけのような気がしてます、最近。努力してもダメならそれは仕方ないですけど、竹内さんは肉親だから桃華ちゃんを愛さなくっちゃって思い込んでいた。だからネグレクトに繋がった気がしますね。実の子どもですけど、普通に1人の人間として、友だちのように思って、尊重してあげていれば、そして離れた今からは、そうすればいいだけだと思うんです……いや、私の推理が合っていれば、ですけどね」
「すごい。目からうろこが落ちたわ。どうしてそんなに分かるの?」
竹内さんは呆然としている。
「この手のことは勉強しているからです。一応、地方公務員なんで」
「そういうのも勉強か……勉強、好きだったんだけどな。親子関係のことを勉強するなんて考えもしなかった」
「そうなんですね……竹内さん、もちろん、お友だちいらっしゃるでしょう?」
「……私、仕事大好きなのよね。だから仕事上の知人はいっぱいいる。その関係もとっても楽しくて。だから、家庭を作るなんて考えたこともなくて……桃華が出来ちゃったから結婚したようなもので……産める年齢って限りがあるじゃない? なのに母親になる覚悟ができていなくて、それでも産むしかないって思って、いつまで経っても母親になる覚悟ができなくて……」
「竹内さんもフルオープンですね」
それにしても私は元妻像をできるビジネスウーマンと想像していたが、その通りだったのがなんか怖い。
「真由美さん。話しやすいから。きっと桃華との距離も無理せず……」
竹内さんは苦笑した。やはり自分がフルオープンにならないと相手も心を開いてくれないものなのだ。竹内さんは麦茶を飲み干した。
「あー すっきりした。そして次に桃華に会いたいって言われたときの覚悟ができた」
「それは何より。で、竹内さんが私にお話ししたかったことって?」
「忘れた」
最初に答えを聞いてしまったからだろう。竹内さんは笑った。私とセンパイが前からつながっていていよいよ再婚秒読みだと考えてしまえば、少なくとも気にはなるだろう。
「私は、桃華ちゃんに幸せになって欲しいと思います。その幸せの定義の中には間違いなく、血が繋がった竹内さんの存在があるんです。竹内さんが母親を演じられなくたって、別にいいと思います。ただ、血以外もなにかしらで繋がってさえいれば」
それは私の本音だ。嘘偽りない本心だ。
「……参考にするわ」
竹内さんは小さく頷いた。すぐに答えを出せるはずはない。
そして私もつられて笑った。
「せっかくこうやってお話ししているんですから、東京でのセンパイの話とか桃華ちゃんがもっと小さな頃のお話とか聞かせて貰えませんか?」
「え? 聞きたい? そしてそもそも元妻の私に聞く?」
「もう毒を食らわば皿まで、ですよ」
竹内さんは今度は苦笑した。
「あなたには敵わないわね」
「そんなことないですよ。竹内さんが竹を割ったようなさっぱりした方だからこそこうやってお話できるんです」
「もしかして私たち、馬が合うのかしら」
「たぶん、間違いなく」
結婚するつもりがなかった、というところは竹内さんと私も同じだ。仕事も好きだ。違うのは彼女がすごい美人というところか。
私は竹内さんから新社会人になったときのセンパイの話から聞くことができた。ダメダメな
「佑くんには悪いことをしたと思ってる」
「それは本人には?」
「言ってない」
「じゃあ、私が伝えてもいいですか?」
竹内さんは私の言葉に、首を横に振った。
「いつの日か自分で言うわ」
「それがいいです」
私は頷いた。
話は夕方まで続き、話題もセンパイと桃華ちゃんとは全く関係のないところまで波及し、留まることを知らなかった。だいたい、業種の違う、歳の近い人と話をすること自体が希だ。面白かった。あと、謎だった桃華ちゃんの父上・母上呼びだが、忍たま乱太郎が大好きなので真似ているらしいと教えて貰った。なるほど。
話はそれからも延々と続き、暗くなってから父母が帰ってきて、ものすごい美人の竹内さんを見て、目を丸くした。竹内さんは何げなく挨拶した。
「こんばんわ。お邪魔しております」
母がおそらく彼女の美しさにちょっと引きつつ聞いた。
「噂の10階のお知り合い?」
「その関係者です」
そう答えて竹内さんは苦笑した。
暗くなってきたので、そろそろ帰ると竹内さんが言い出し、私はエレベーターホールまで彼女を送った。
「真由美ちゃん、連絡先教えてくれる?」
「喜んで」
私たちは連絡先を交換し、別れた。
エレベーターの中に消えていく竹内さんは、すっきりした顔をしていた。
私もたぶん、すっきりした顔をしていると思う。
昼間、母親と会った桃華ちゃんは今、どんな気持ちでいるだろう。そして去ったはずの母親が、すぐ下の階で私と談笑していたことを知ったら、どう思うだろう。センパイは今も嘆いているのだろうか。
そして私はエレベーターの「上」ボタンを押したのだった。
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