第6話 私って2人に必要? !
私って2人に必要?! 1
竹内さんが去った後、私はエレベーターで上の階にあがる。2人とも彼女に会って情緒不安定になっているのでは、と心配になったからだ。竹内さんのキャラクターは結構強烈で、他人が影響を受けやすいタイプだ。仕事はできるだろうから、転職したセンパイに対して、会話の時間は短かったかもしれないが、何かしら言葉にしただろう。また、桃華ちゃんに、彼女が傷つくようなことを無意識に言っていなかったかも心配だ。人が意識の外で言わなくてもいいことを言って、他人を傷つけることなど日常茶飯事なのだから。
インターホンを押して、誰何の後、扉を開けて貰う。玄関の
「どうしたの? 連絡なしでくるなんて……」
センパイは今まで私が竹内さんと話し込んでいたことをもちろん知らないだろう。
「ちょっと心配になってしまって……」
「ごめん。そうだよね」
センパイは少しだけ表情を暗くして俯いた。
「あー マユミちゃんだぁ!」
桃華ちゃんが廊下を駆けてやってきて、私は笑顔を作った。桃華ちゃんもエプロン姿だ。
「やあ、桃華ちゃん、元気?」
私はこの家で何があったかなど知らない様子を装って彼女に挨拶する。
「うん! おねえさんがれんらくくれなくてどうしたのかなとおもってた」
「そうかー」
「あがってく?」
私は桃華ちゃんに聞かれて、センパイの顔を見た。
「ゆっくりしていってくれると嬉しいな」
嬉しい、と言ってくれるのが嬉しい。
もうすぐ夕飯の時間になる。なので、玄関でも夕食の準備をしている様子が窺える。何より2人ともエプロン姿だ。センパイは、笑顔で私を中に招いてくれる。私は断る理由がないので、答える代わりにそのままお邪魔した。
キッチンの作業台の上にはボウルや野菜が載っていた。お手伝い用の台もその前に置かれている。父子で夕食の準備をしていたようだ。
「量は多く作っているから、食べていけるよ?」
「マユミちゃんたべてって!」
「桃華ちゃんにそう言われたら断れないなあ」
私は頷く。母親と別れたあとだ。ここで私にも何か距離を取られるようなことがあったらショックを受けるかもしれない。それは避けたい。家には連絡を入れておく。
私はダイニングのテーブルに座り、壁の液晶テレビが点いていることに気付く。忍たま乱太郎が一時停止されて映っている。
「桃華ちゃんは乱太郎が好きなの?」
言葉遣いに影響を与えているという忍たまだ。父上呼びを顧みるに、きっと乱太郎が好きに違いない。
「ううん。どいせんせいが好き」
「土井先生かあ」
私は苦笑してしまう。桃華ちゃんがリモコンで再生を再開し、自分はキッチンに行き、お手伝いを再開する。
「今日は何を作るんですか?」
「トマト煮込みハンバーグ」
キッチンに立つセンパイからすぐに返事がある。
「美味しそう」
桃華ちゃんは忍たまを聞きながらお手伝いしているようだ。桃華ちゃんにしてはいかにも子どもらしいので安心する。
それにしても、引っ越したばかりで荷物が少ないとはいえ、本当に片付いている家だ。掃除が行き届いているし、置いてあるものにセンスを感じる。忍たまが終わると桃華ちゃんは今度は名曲アルバムプラスを選択する。名曲とCGによる、目で分かる解説。面白い。
「ようし。ハンバーグのカタチにするぞ」
「わかったー」
カウンター越しにキッチンから本成寺父子の声が聞こえる。夕ご飯を楽しく作っている様子だ。竹内さんが来たから2人で作っているのではなく、いつもの様子ではないかと想像される。これがいつもの様子だとすると仕事に疲れた竹内さんが帰宅して、2人でつつがなくやっているのを見たら、家庭で何もする必要はないと感じるのも自然だと思う。要するに母親を無理に演じる必要はある意味ないわけで、センパイが家事ができるからというのも理由にはあっただろう。おそらく今の私のようにダイニングで好き勝手していたに違いない。
ペタペタとハンバーグのタネを俵型にしているであろう音がこっちにまで聞こえる。音は2つ。父子で作っているに違いない。
「桃華ちゃんはよくお父さんのお手伝いするの?」
「おやすみの日は~~けっこう~~ひんぱんに~~」
ふふ。ハンバーグを作るのに夢中で返事が間延びしている。かわいい。
熱したフライパンの上にハンバーグタネを置いたのだろう。油が跳ねる音がする。そうか。煮込みハンバーグは先に1度焼くのか。最初から煮込むのかと思っていた。
桃華ちゃんが洗面所へ行ってから、エプロンを脱ぎつつ、ダイニングにやってくる。
「お手伝い終わり?」
「タマネギをきるからひなん」
「タマネギ切るの、苦手かぁ?」
「なみだでる」
「出るねぇー」
私は可笑しくなって笑ってしまう。まな板の上で何かを切る音が聞こえてくる。桃華ちゃんが言うとおり、センパイがタマネギを刻んでいるのだろう。
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