元妻、襲来! 2


 そこまで言ったところでピコンとスマホが鳴った。私のではない。ということはセンパイのだ。もしかして面会が終わったのかと思い、私は見るようジェスチャーする。センパイは慌ててスマホの画面をチェックし、ブランコから立ち上がる。

「家に戻らないと」

「終わったんですね」

 センパイは頷いた。

「10階までは一緒に行きますよ」

「え……どうして?」

「1人で戻るより気が紛れるでしょうから」

「……ありがとう」

 センパイはホッとしたような笑顔を見せた。

 センパイは2コ上の先輩だ。初恋の人で、先輩だった。しかし三十路になるこのお年頃では2コの年齢差はあまり関係がない。こんな不安げなセンパイを放っておくわけにはいかないと庇護の気持ちがわき上がってきていた。

 私たちは缶コーヒーを飲み干し、マンションに戻る。

 10階でエレベーターを降り、エレベーターホールでセンパイを送り出す。

「じゃあ、がんばってください」

「ああ」

 センパイがエレベーターホールを出るとなにかイベントが発生したような気がした。おそろしいことだが、死角なのに廊下で起きていることがなんとなくわかる。しかし声は聞こえない。そもそも会話がないのかもしれない。

 私はボタンを押し、行ってしまったエレベーターが早く戻ってこないかと願う。

 センパイと入れ替わりで、えらくきれいな背の高い女の人が入ってきた。

 重ねて言うが、死角だった。だが、分かる。間違いなく桃華ちゃんのお母さんだ。彼女によく似ている。あ、逆か。茶色の髪はお母さん譲りだったんだ。見るからに高価そうなファッションに身を固めている。年齢は――私たちよりちょっと上だろうか。ちょっとだけ。

 私が瞬時に桃華ちゃんの母親だと悟ると、向こうも向こうで刹那の間で口を開けて言い放った。

「真由美ちゃん!?」

「どうして分かったんですか!?」

 2人して驚きの表情を隠せなかったと思う。桃華ちゃんの母親は答える。

「桃華に今しがた画像を見せられたから。たすくくんと一緒にいたとはさすがに思わなかったけど」

 佑、というのがセンパイの名前だったか。すっかり忘れてた。

「外の公園で、ブランコを寂しそうに漕いでいるのを偶然見かけたんです。そこに連絡が入って……」

「あ~~それはやりそう。彼、そういうところあるのよね」

 桃華ちゃんのお母さんはずいぶんとコミュ強な方らしい。ぐいぐいと、そしてまるで昔からの知り合いかのように話しかけてくる。

「ところで『真由美ちゃん』、これから時間とれないかな?」

「どういうことですか?」

「女同士で話がしたいの」

 巻き込まれたくないな、と思いつつも、センパイ一家に片足を突っ込んだのも事実だ。逃れることは簡単だが、逃げたら逃げたで事情が分からないままだから、あとで私が悶々とするかもしれない。ここは受けて立つべきか。

「それもジェンダーハラスメントですが、人間同士、お話ししましょう」

 私は受けて立つことにした。

「じゃあ、立ち話もなんだからどこか入る? 近くにお店あるのかしら」

「私のホームでよければ」

「ホーム?」

「文字通り家ですけど。下の階なんです」

「ええっ! そうなの?!」

 桃華ちゃんのお母さんはメッチャ驚き、私を上から下まで見てから頷いた。

「アウェイで話すのも、まあ仕方ないでしょう」

「構えすぎです」

 私たちはちょうどきたエレベーターに乗って、下の階の我が家に戻る。幸い、父母は出かけていない。

「狭い上に整理されていませんが」

「そんなことないでしょう」

 リビングのクッションに座ってもらい、彼女に聞く。

「何か飲みます?」

「お構いなく」

「じゃあ麦茶で」

 私は冷たい麦茶をグラスに注いで、座卓の上に置く。

「一気にホームドラマの世界」

「お話聞きますよ。えーっと」

竹内たけうち未梨亜みりあ、といいます。姓は戻したので」

 私は座卓を挟んで竹内さんと向かいあう。

「あらためまして、鈴木真由美です」

「佑くんの高校の後輩、と桃華が言っていましたが……」

「そうです。当時、同じ風紀委員で。で、この度ご近所になって、最近、桃華ちゃんと何度か遊びましたよ」

「佑くん、あなたがここに住んでるって知っててここに引っ越してきたのかしら」

「それはないですね。高校時代は別のところに住んでいたので。本当に偶然だと思います。気になります?」

「結婚中もあなたと繋がっていたかもしれないと思うとね」

「それはないです。私のスマホ見ます? センパイと繋がったの、つい最近ですよ」

「びっくり……フルオープンなのね、あなた」

「隠すことないんですよ。やましいこと一切していないので。基本、桃華ちゃんかわいい、で一緒に遊びに行っているので」

「羨ましい」

「理解不能ですね。母親ならなんでそうなるんですか?」

「桃華をかわいいと思えないの。子どもが嫌いなのよ。きっと。だから、桃華に辛く当たってしまうし、無視もしてしまう」

 竹内さんの表情は暗くなる。本人は悩んでいるのだ。

 私はネグレクトに該当すると判断する。地方公務員として基礎的な知識はある。その手の研修を受けるのは今の公務員にとっては義務のようなものだ。市井には多くの問題が潜んでいる。それらの知識があるとないとでは関わり方が大きく変わるものだからだ。

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