11話「気づいたら」:夢乃side
どうしてかはわからない。
いつも通りの放課後。静かな図書室は随分と居心地いい。いつもここで一人静かに読むのが楽しくて好きなのに……いつからだろうか、あの子を待つようになったのは。
「先輩、お待たせしました」
ガラガラと開かれる扉と同時に声が飛ぶ。大きな声だったからカウンター当番だった生徒に静かにするように怒られていた。
彼女は勢いよく両手で口を押さえてペコペコと頭を下げてこちらにくる。
「えへへ、怒られちゃいました」
苦笑いを浮かべながら、当然のように私の向かい側に腰を下ろす彼女。
いつの間にか、私たちは当たり前のように毎日一緒にいる。
数ヶ月前、突然として私に声をかけてきた見知らぬ女子生徒。強引に私に絵を描かせようと追いかけてくるストーカーのような子。だったはずなのに、今は彼女がここに来ることが、バイト先に来ることを心の何処かで楽しみにしているみたいだった。
(やだな……かまってちゃんみたい)
机にポスターを広げて、鉛筆を走らせる。
消して、描いて、悩んで。
消して、描いて、悩んで。
それを何度も何ども繰り返す。チラリと視線を向ければ、小さく唸りながらも必死に紙に向かっている彼女の姿が目に映る。
色のついた瞳は常に紙の方。私には全く向いてこない。
(こっち見て欲しいな……)
そう思った瞬間に我に帰る。私は何を考えているのだろう。
最近とことん変だ。彼女を待ったり、彼女に見て欲しいだなんて思って。これじゃまるで……
「先輩?」
「っ……なに?」
突然声をかけられて、一瞬びくりと体が反応するが、軽く咳払いをしていつもの態度、表情に戻す。
「いえ、じっとこっち見てたので。えへへ」
「何笑ってるの。別に、どこまで出来たか気になっただけ……」
「こんな感じです」
まだ下書き段階のポスターを彼女は私に見せてくれる。
生徒会からある程度入れて欲しい文言もあったらしく、それを入れながら必死に絵のバランスを考えていたみたいたいだった。
全体的には問題なかった。絵も、以外にも覚えがよかったおかげでうまくかけてる。私は少しだけアドバイスをする。それを、彼女はちゃんと素直に聞いてちゃんと修正をする。この様子じゃ、私の出番はもうないみたいだった。
「私、しばらくこっちこないから」
「え!な、なんでですか!」
「バイト先、ちょっと人手足りないみたいでね。それに文化祭の準備もあったりするから図書室による暇がないの」
特に文化祭の準備の方が忙しかった。うちはお化け屋敷をするから色々大道具や小道具の準備が大変。最終下校の時間まで作成の方に駆り出されると思う。
「そ、そうですか……」
「そっちも、準備あるでしょ。それにポスターもあるし、お互い忙しいから」
チラリと視線を向ければ、彼女はあからさまに落ち込んだ様子だった。そんな顔されても、無理なものは無理だ。私だって、貴女に会いた……。
心の中で思ったそれを一瞬口にしようとしたが、無理やり口を塞いで言葉にしないようにした。
「とりあえず、ポスターできたら連絡して。私が手伝えるのはデザインまで。塗りは自分でどうにかして」
これに関しては、本当に私はどうにもできない。
色のない私の世界では、色合いのアドバイスがどうしてもできない。だから、ここから先は彼女一人で頑張ってもらうしか……
「わかりました。できたら速攻で先輩に連絡します」
「だからって、雑に塗ったらいけないからね。生徒会もなんだかんだ期待してるんでしょ?」
「そうなんですよ……描いてるの叶恵なのに、先輩が手伝ってるだけではーどう上がってるんですよ」
「……嫌ね、それは」
私は項垂れる彼女の頭を、謝罪の意味も込めて撫でてあげた。
海崎さんは一瞬驚いた表情をするけど、すぐに嬉しそうに目を伏せる。猫、のようにも見えるけど普段の行動からして犬って感じがする。
まぁ、頑張ってるワンちゃんにはちょっとぐらいご褒美をあげてもいいか。
「頑張れ、叶恵」
すると、ピクリと体が震えて、海崎さんが少しだけ体を起こし、頭を撫でていた私の片手を両手で握り、自分の頬に持っていった。
「不意打ち、ずるいです……」
甘えるように、手のひらに頬をすり寄せるその姿に、恥ずかしさが込み上がってきて、しばらく好き勝手にされるが、すぐに手を引っ込める。
自分でも顔が赤くなっているのがわかる。まだ掌に彼女の頬の感触が残っている。それを感じると、胸が酷く苦しくなる。
「何ニヤニヤしてる」
「い、いえ……先輩があまりにも可愛い反応をしてくださるので思わず……ちなみにですが、さっきの頑張れボイスをもう一度言っていただくことは……」
「しない」
「ですよねー」
小さなため息をつきながらまたポスターに向かっているけど、随分と嬉しかったようでずっと口元がニヤニヤしている。それを見ると、なんとも言えない感情に襲われる。
そんなに喜んでもらえて嬉しい、という気持ちとからかわれているようで釈然としない気持ちが入り混じっている。
本を読もうとしても、なかなか集中できないため、私はこのまま帰ろうと思った。
「え、先輩帰るんですか?」
「今日はもう集中できないから。誰かのせいで」
「え!」
「それじゃあ、ポスター頑張って」
背後から、苦痛の声を聴こえるけど、私は気にせず図書室を後にする。
ガラガラと扉を閉めた後、途端に混みあげてきた感情に口元が緩む。
「頑張れ」
*
本当に、あれから彼女とは会っていない。図書室はもちろん、バイト先にすら彼女は顔を出さなかった。本当に、素直にゆうことを聞くところは忠犬のようだった。
「後輩ちゃん、最近来ないね」
事情を知らない先輩の皆さんが心配そうにそう口にする。
私は、必要最小限の説明をする。文化祭の準備が忙しいと思うから、と。
流石に、私がポスターできるまで会わない。なんて答えたときには、先輩たちはいろいろな妄想をされて目をらんらんに輝かせるだろう。それを避けるための答えだった。
「寂しいんじゃない?」
「……いえ」
すぐに答えなかったのがいけなかった。先輩がすっごいニンマリとした顔を浮かべる。
私は逃げるように先輩から離れ、ホールに向かう。
働き始めてもうすぐ一ヶ月がたとうとしている。すっかり仕事にも慣れてしまった。元々人手が足りないからという理由での手伝いだったけど、ふとあるときに先輩に聞かれたことがある。
「何か欲しいものとかないの?」
「欲しいもの、ですか?」
「せっかくバイトしてるんだからさ、最初のお給料で何か買ったりとか」
「……あんまり、考えてないですね」
オシャレには興味ない。ゲームとか漫画にもあまり興味はない。強いていうなら、小説ぐらいだろうか。それ以外に、欲しいものはその時浮かばなかった。
「欲がないなぁ。せっかくだし、がっつりおしゃれすれば?」
「興味がないので」
残念そうにする先輩。確かにそういうところをもう少し磨くべきだろうけど、なんだか面倒だから私は苦手だ。
お金の使い道をあまり考えたことはなかったけど、小説以外なら、前みたいに海崎さんと出かけるために貯めておくっていうのもありな気がする。また、突然言われるかもしれないし。
「楽しかったな」
あの時のことを思い出すと不思議と口元が緩んでしまう。
普段よりよく喋った気がする。気持ちも高ぶって……あんな感情、いつぶりだっただろうか……
「また、誘ってくれるかな……」
私はいつも待ってばかりだ。自分から行けばいいのに、どうしてもできない。理由は、彼女が私が行く前に来てくれるから。
「会いたいな……」
ドクドクと心臓が激しくなり、込み上がった感情を口にしたら、無意識にそんな言葉がこぼれ出てしまった……。
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