12話「絵じゃなくて……」:叶恵side
あれから、先輩の言いつけを素直に聞くように、一度として会っていない。
だってもし、会いに言って「会わないって言ったよね」とか「ポスターできたの?」ってひどく冷たい目で見られる気がした。それはそれでいいんんだけど……先輩の機嫌を損ねたくない。それに……
————— 頑張れ、叶恵
折角あんなご褒美をもらったんだ。ここはどんなに苦しくてもいうこと聞かないと。
「会いたいなぁ」
それでも、感情は素直。先輩に会いたくて会いたくて仕方がない。
先輩、今頃何してるんだろう。
早く顔が見たいな。
早く声が聞きたいな。
早く触れたいな。
頭の中で再生される先輩は、今まで見た先輩の姿から叶恵が勝手に妄想した架空の先輩。リアルの先輩が絶対に浮かべないような表情。言わないようなセリフが再生される。
こんな妄想でもしないと、寂しくて仕方がない。
「これ、何しとるんじゃ」
机に座ってぼんやりとそんなことを考えていれば、クラスメイトに軽く頭を叩かれた。
今は午後の授業。文化祭の準備中だ。
「サボるんじゃないよ、まったく」
「うぅー……」
「何、先輩?」
「……うん」
「海崎どうしたのー?」
「いつもの病気だから大丈夫」
先輩への熱い想いが、なぜかクラスメイトからは病気認定されてしまっている。失礼きまわりない。
「……叶恵さ」
そばにいたクラスメイトが、どかりと叶恵の前の席に腰を下ろし、こちらをみる。
「元々は先輩の絵が好きだったわけでしょ?」
「今でも好きだよ」
「そうじゃなくて、先輩自身が好きっていうよりは絵に一目惚れしたんでしょ。最初は」
彼女が言っていることがよくわからない。いや、なんとなくわかる。一目惚れしたのは、自分の世界を変えたのはあくまで絵であって、その描いた本人ではないと。そう言いたいのだろう。
「いつから先輩のこと好きになったの?」
「いつから。んー……」
今、この瞬間から過去を遡っていき、叶恵が先輩……天川先輩を好きになった瞬間を探した。そして、その瞬間にたどり着いた。
「叩かれた時」
「え?」
「始めた会った時に、先輩に思いっきりほっぺた叩かれたの。その時、先輩のことを好きになった」
今でも鮮明に感じる頬の痛み。気のせいだとわかっていても、思い出すと無意識に頬に触れてしまう。
叶恵はその瞬間のことを思い出すと胸が高鳴流が、向かいの席に座っているクラスメイトは若干引き気味だった。
「Mなの?」
「いや、違うと思う。ん?違うのか?」
自分でもよくわからないけど、叶恵はとにかく先輩が好き。
普段のクールな姿も。
軽蔑する顔も。
不機嫌そうな顔も。
照れた顔も。
好きなことに目を輝かせる姿も。
叶恵は、全部の先輩が大好きだ。
「なんか先輩のこと考えて余計会いたくなったけど、元気出た!作業やりますか!!」
不思議と気合が入り、叶恵はクラスメイトたちの手伝いをする。
*
張り切りすぎた体はドッと重くて、帰り道も背中に誰かを背負っているようだった。やっとの思いで帰ってきたけど、妹と弟の熱烈的お出迎えで叶恵はダウン。流石にいまの体で可愛い二人を受け止めることはできなかった。
「疲れたぁ」
体は随分と素直で、お腹は減るし、満たされれば元気になる。お風呂になれば気持ちもスッキリするけど、流石に今日の活動限界を超えていた。
ぼふりとベットに倒れ込み、壊れたおもちゃのように「あー、あー」と唸りを上げるだけ。
「先輩、褒めてくれるかなぁ」
視線の先。一目惚れした先輩の作品。
先輩に合わない間、必死になって描いているポスター。あーでもないこーでもない。頭を悩ませながら、自分の感覚を信じながら色を塗っていく。まさか自分がこんなに描けるとは思ってもなかった。やっぱり、先輩はすごいなぁ。
「もうちょっとで会える」
絵の完成がマジかに迫れば、先輩に会える楽しみで気持ちが膨らんでいく。早く会いたい早く会いたい。そんな気持ちで毎日なかなか寝付くことができない。
「そういえば、先輩のクラスって何するんだろう。聞けずにいたなぁ」
枕元に置いていたスマホを手にして、天井に掲げる。
会わない。とは言われたけど、連絡しちゃダメとは言われてない。それに、別に絵のことを聞くわけじゃない。なんてない日常的な会話。でも先輩のことだから連絡しても既読無視されるかもしれない。だったら連絡しないほうがいいかも。
「うー……いや、ここは当たって砕けろ!怖気ずくのは叶恵じゃなーい!!」
メッセージアプリを開いて、早速先輩に連絡をする。既読無視、未読無視。返信きても罵倒は想定内としておこう。
《先輩こんばんはです!!夜遅くにすみません。そういえば、先輩のクラスの出し物ってなんですか?》
送信ボタンを押した瞬間。強張っていた体から一気に力が抜ける。ただメッセージを送るだけでこんなに緊張するなんて……普段はもっとグイグイ行っているのに。
その時、ピコンッ!と大人がなる。確認すると、なんと先輩から返信がきた。いや、きっと罵倒っていうか「教えない」とかかもしれない。それでも、先輩から返信がきたってだけで気持ちが舞い上がるからいいや。
《お化け屋敷。そっちは?》
予想外の返信内容に思考が止まる。思ってたのと違う……というか、先輩がデレた!神か!神なのか!!
《王道ですよ。男女逆転メイド執事喫茶です》
《執事するの?》
《いえ、叶恵は調理班なので着ないです》
あれ、やりとりできてる。先輩とメッセージのやりとりしてる。先輩からの返信の時点で終わると思ってたのに、先輩とやりとりしてる。これって、夢なのかな?夢なら、まだ覚めないでほしい。もっともっと、先輩とやりとりしたい。
《へぇー。執事はわかんないけど、メイド服は似合いそう》
「……うん、夢だな」
先輩がこんなこと言うはずがない。きっと、叶恵の願望が夢に影響してるんだ。なんて素敵な夢を見てるんだろう。
夢だし、何送っても大丈夫だよね。
《じゃあ、明日一着予備着て送りますね。ついでに執事も》
《別に欲しいとか言ってない。似合うとしか》
あ、これは先輩らしい返信だ。そうだよね。夢とはいえ、ちょっとはリアルよりも必要だ。
《またまた。先輩素直じゃないんだから。最高に可愛いポーズ取りますね》
その文に続けて。動物がハートマークを作ってるスタンプを送る。すると、先輩からは動物が布団に入っていくスタンプが送られて着た。文字に「寝る」と書かれている。
《はい。お休みなさい》
既読はつく。だけど、返信は帰ってこなかった。
あぁなんて素敵な夢を見てるんだろう。本当に残念だ。目が覚めたら全部のメッセージがないんだ。近い将来夢の内容を録画できる装置が開発されないだろうか……
「ふわぁ……夢なのに眠いや」
布団にもぞもぞとはいって、叶恵は夢の中の夢に入る。
翌日、あのやりとりが夢ではなかったことが判明し、朝から絶叫することになるとは、この時は思ってもなかった。
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