フアナ2

 リュカエル様の下で、魂の導き手となり、長い年月が過ぎた頃、私はアキさんのご両親と出会うことになった。


 アキさんのご両親は、交通事故で亡くなったものの、娘を思う強い愛情と、娘を残して逝ってしまった後悔の念に囚われていた。そして、自分たちが交通事故に遭った場所から動けずにいる両親を見た私は、彼らに何か出来ないかとリュカエル様に相談を持ちかけた。


「リュカエル様、彼らが、娘さんの成長を見守りたいと強く願っています。それが叶えば、死者の国へ導く第一歩になると思うのですが、何かないですか?」


 私は、リュカエル様にそうお願いした。リュカエル様は、アキさんのご両親の強い願いと、私の優しさに心を打たれたようだった。


「そうですね。それでは、こちらの鏡を使ってみてください」


 リュカエル様は、そう言うと、静かに立ち上がり、祭壇へと向かった。祭壇の中央には、美しく輝く鏡が安置されていた。


「この鏡は、現世と死者の国を繋ぐ力を持っています。ただ、彼らの娘さんの姿を見ることはできますが、こちらの声は届きません」


 リュカエル様は、鏡に手を触れながら、そう説明した。


「そして、この鏡は死者の国では使えますが、現世では使えないのでそこだけは注意しなければなりません」


 リュカエル様は、鏡の使い方、留意点を聞き、深く頷いた私に、鏡を手渡した。鏡は、温かく、優しい光を放っていた。


「はい。リュカエル様、ありがとうございます。必ず、彼らの魂を死者の国へ導きます」


 私は、リュカエル様に深く感謝し、鏡を受け取った。


 そして、私は現世の彼らの元へ戻り、アキさんのご両親に、鏡を見せた。


「この鏡は現世では使えないので今は何も映しません。しかし、娘さんは、立派に成長されています。心配なさらないでください」


 私は、彼らにそう伝えた。彼らは、私の言葉に安堵の表情を浮かべた。


「私たちが、この鏡を通してアキの、娘の成長を見たい場合はどうすればいいんですか?」


「あなたたちは、アキさんへの思いに囚われ、自力では死後の世界へ行けない魂となっています。しかし、私の案内についてきてくだされば、無事に死者の国へ行けます。死者の国であれば、いつでも、この鏡を通してアキさんの成長を見ることはできます」


「ありがとうございます。それじゃあ、その死者の国へ案内していただけますか?」


「わかりました。私の後をついてきてください」


 私は彼らを連れて、死者の国へ通じるゲート、Cafe Nothingへ向かった。


「マスター、“闇はあけました”」


「フアナさん、お疲れ様。どうぞ」


 カフェのマスターから門の鍵を受け取り、彼らを死者の国へ案内した。



 死者の国へ着くと、二人は安堵したように肩の力を抜いた。私は二人をリュカエル様の元へ案内する前に、少し時間をもらうことにした。


「ここが、あなたたちがこれから過ごす場所です。少しの間、私とお話しませんか?」


 私は二人を近くのベンチに誘い、腰を下ろした。二人は頷き、私の隣に座った。


「アキさんのことを、もっと聞かせてください。どんなお子さんでしたか?」


 私は、二人に向かって微笑みかけた。二人は顔を見合わせ、優しい笑みを浮かべた。


「アキは、本当に優しい子でした。いつも私たちのことを気遣ってくれて、笑顔を絶やさない子でした」


「アキは、絵を描くのが好きで、よく私たちに絵を描いてくれました。アキの描く絵は、いつも温かくて、私たちを幸せな気持ちにしてくれました」


 二人は、アキさんと過ごした日々を、まるで昨日のことのように語ってくれた。アキさんが生まれた時のこと、初めて笑った時のこと、初めて歩いた時のこと、初めて描いた絵のこと。二人の話を聞いていると、アキさんがどんなに愛されていたのかが伝わってきた。


「アキは、私たちの宝物でした。アキがいてくれたから、私たちは幸せでした」


「私たちは、アキにたくさんのことを教えてもらいました。アキは、私たちの誇りです」


 二人の言葉に、私は胸が熱くなった。アキさんは、本当に素晴らしいお子さんだったのだ。


「あなたたちの愛情は、アキさんにしっかりと伝わっています。アキさんは、あなたたちのことを忘れていません」


 私は、二人にそう伝えた。二人は、涙を流しながらも、安堵の表情を浮かべた。


「フアナさん、もしアキの魂を導く役目をあなたが与えられたら、私たちのことをアキに伝えてほしいのです」


 彼らは、私にそう頼んだ。


「かしこまりました。必ず、アキさんにあなたたちのことを伝えます」


 私は、アキさんのご両親と約束を交わした。


 そして、そのわずか数年後、私は現世のペルーでアキさんの魂と出会うことになる。




 〈魂の導き手:フアナ 完〉

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