幻獣:翠眼鹿 ヒスイ
これは僕がアキと出会うまでの長大な物語。
僕が住むのは、死者の国。この世界は死者の魂が集う場所。そして、また生まれ変わるための場所。僕がここに来たのは、死者の国時間で建国八年の時。それ以前の話は最古の幻獣
僕たち幻獣の話をするのに切っては切れない、死者の国が誕生する前から話しをしょう。
死者の国が誕生する遥か前。その頃はまだ、生と死の境界が曖昧だった。そして、生者の欲望と死者の怨念が衝突し、争いの絶えない時代だったという。そんな頃に、死者であったリュカエルとCafe Nothingを経営する生者のマスターは出会った。
彼らは、それぞれの思いを語り、争いを沈静化させようと誓った。しかし、その頃には生者と死者の間で大規模な争いが勃発するようになっていたそうだ。
その争いは、生者の時間で言えば、百年はゆうに超えていたリオンさんが言っていた。それは、僕たち幻獣から見ても、途方もない時間だ。その間、リュカエルとマスターは、一体どれほどの苦難を乗り越えてきたのだろうか。
リオンさんから聞いた話だと、争いは凄惨を極め、生者の世界は荒廃し、死者の世界は怨念に満ち溢れていた。リュカエルとマスターは、それぞれの立場で、争いの鎮静化に奔走したが、事態は悪化の一途を辿った。
リュカエルは、本当に苦しんだようだ。多くの魂が犠牲となり、世界が崩壊していく様を、ただ見ていることしかできなかったからだ。
そんな中、リュカエルは、不思議な魂に出会った。それは、後悔に蝕まれ、薄汚れた魂が多い中で、綺麗な透き通った蒼い魂だったという。彼女は、戦いの最前線に立ち、傷ついた魂たちを癒していた。
「争いを終わらせるには、憎しみではなく、愛が必要なのです」
彼女は、リュカエルにそう言った。その言葉は、リュカエルの心を強く揺さぶり、再び立ち上がる力を与えた。リュカエルは、彼女の言葉をマスターにも伝え、二人は再び、両世界の代表者たちと対話を重ねていった。
そして、彼らの言葉は、少しずつ人々の心に響き始めた。争いの愚かさに気づき始めた者たちが現れ、次第に和解を求める声が大きくなっていった。
そしてついに、長きにわたる争いは終結を迎えた。両世界の間に、平和が訪れた。しかし、その代償は大きかった。争いの終結と引き換えに、リュカエルは大きな力を使い果たし、死者の国の神となった。
リュカエル様は、争いの後、マスターに言ったそうだ。「これからは、共にこの世界を見守りましょう」と。マスターは、静かに頷かれたそうだ。
死者の国が誕生して、数日。まだまだ死者の世界の再建でリュカエルも、マスターも忙しい頃。リオンさんはリュカエルに頼んだそうだ。マスターの近くに居られる存在としてほしいと。リュカエルも神になったばかりでそんな力が自分にあるのかわからない。リオンさんの願いを一度は断ったそうだ。
この話をリュカエルから聞いた時、もし僕がリュカエルの立場でも同じように断ったことだろう。なぜなら、マスターのそばにということは、生者でも、死者でもない別のナニカになるということ。リュカエルが神となったのも、マスターが生者として生きることができなくなったのも、大戦で失ったナニカの影響だ。成りたいと願ってなったわけではなかったそうだ。
リオンさんの願いに、リュカエルは悩んだ。マスターの傍に居られる存在。それは、生者でも、死者でもない、世界の均衡を保つために必要な特別な力を持つ存在。だが、その力を持つ存在を創り出す条件は何か。それが分からなければリオンさんの願いを叶える方法はないという考えになったようだ。
それからリュカエルは、先の戦いの中で見てきた、さくさんの魂とリュカエル自身の魂やマスターの魂の違いを考えてみることにした。そして、リュカエルは見つけたのだそう。生者でも、死者でもない存在になる方法を。ただ、リュカエルの見解では、その方法は人間だった魂には有効なのはわかっている。しかし、動物の魂に可能なのかわからなかった。
そのことを聞いたリオンさんは、それでもいい。可能性がゼロかわからないなら私で試してよ、といったらしい。流石、リオンさん。僕なら怖くてそんなこと言えっこない。そして、その方法は無事成功し、リオンさんは最初の幻獣となった。
それから、死者の国にやってくる動物の魂の中で、承諾を得た魂を使い、幻獣にするため、言い方は悪いが実験を行なったようだ。成功し幻獣になったものもいれば、失敗し魂が消滅してしまったものもいたようだ。
そして死者の国誕生から四年後。リュカエルは、幻獣と成れる魂の条件を定着させた。
その幻獣となる魂の条件が以下である。
――生前、傷を負い死んだ魂であること。
――現世という場所に未練はないこと。
――輪廻転生の試練よりもキツい試練に耐えられる魂であること。
――現世でない何かに強い思いがあること。
しかし、これらの条件を満たす魂は、そう多くはなかった。僕が幻獣となる前に幻獣となった魂は5つ。赤と青のオッドアイを持つ烏のリオンさん、毛並みが銀色に輝く狐のギンさん(フアナさんのパートナー)、片目が潰れてしまっている隻眼鷲のノクターンさん(シオンのパートナー)、虹色に輝く虹蛇、毛並みが白と黒の縞模様の犬、彼らは僕にとって先輩幻獣となる。
そして、死者の国建国七年の時。現世に生きる僕は、人間たちの戦争に巻き込まれた。人間たちが使う鉄砲というものから放たれた鉛玉が僕の両目を掠った。それは僕が命を落とす一番の要因ではなく、目が見えなくなったことで、鹿であった僕は食べ物にありつけなくなり、餓死した。そんな死に方をした僕だが現世に未練はなく、すぐに死者の国へやってきた。
幻獣にそれぞれ役割を与えていたリュカエルは僕も幻獣にしたいと考えたらしい。リュカエルと出会ってすぐに、幻獣にならないかと言われたのだ。僕は死者の国へ来たばかり、幻獣なんて存在を知らないから首を横に振った。しかし、リュカエルはしつこかった。
最終的には僕が折れることになった。それでもひとつだけ心配があった。幻獣となる魂の条件のうちの1つ。『現世でない何かに強い思いがあること』僕は現世に未練はないが、他の何かに強い執着心を持っているわけでもなかった。そんな僕が幻獣になれるのだろうか。しかし、そんな心配は杞憂に終わった。
リュカエルから、幻獣となるための試練を与えられた僕。それは、想像を絶するほど過酷な試練だった。僕は、己の魂と向き合い、過去の記憶と対峙する。そして、未来への希望を掴み取る必要があった。何度も心が折れそうになった。何度も諦めそうになった。未来の希望がわからなかったから。それでも、リュカエルから聞かされた魂の消滅が常に頭をよぎる。その度に、それだけは絶対に嫌だという思いが生まれた。そしてついに、僕は、幻獣として生まれ変わった。生前、光を失った両目は翡翠色の光を纏い、新たな力を得た。
僕が授かった能力は、僕が契約を交わしパートナーとなった魂の過去の記憶を辿るというもの。そして僕の幻獣の本当の役割は、死者の国の歴史を紡いでいくこと。僕の能力をわかりやすく言うと、パートナーの試練の手助けをする能力らしい。
僕は、幻獣として、リュカエルと共に、死者の国を見守る存在となった。
死者の国が誕生して八年。そして、僕が幻獣となって四年が経ったある日。リュカエルの紹介でアキと出会うことになる。
〈幻獣:翠眼鹿 ヒスイ 完〉
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