魂の導き手:フアナ1

 これは、私がアキさんの魂と出会うまでのお話です。


 私の前世は病弱な女の子でした。お医者様からは二十歳まで生きられたらいい方だと言われる難病でを抱えていました。そして、私は二十歳までという余命を三年伸ばし、二十三歳で死者の国へきました。


 私が死者の国へ来た当時、死者の国はリュカエル様、ただ一人で統治していました。リュカエル様が直々に死者の魂を導き、試練に対する助言をして、生まれ変わる魂を見送っていました。


 私が自分に与えられた試練と向き合っている時、リュカエル様に呼ばれました。


「フアナさん、少しいいでしょうか?」


「はい」


 私は、なぜ呼ばれたのか不思議でした。そして、伝えられた内容に驚愕しました。なぜなら、他の死者と同じように試練を乗り越え生まれ変わると思っていたからです。


「フアナさん、もしよろしければ、これからのずっとずっと長い時間、私の手助けをしてくれませんか?」


「リュカエル様を手助けですか? それは生まれ変わらずということでしょうか?」


「はい。死者の魂は円滑に巡っていると思われてますが、実際は違います」


 どういうことだろうか。私が死者の国を見る限り、死者の国に来た魂は皆それぞれの試練を乗り越えて生まれ変わっていっている。これの何処が円滑に巡っていないとなるのだろうか。


「えっと……。私が見る限りは円滑にいっているように見えますが……」


「それは違います。この国に自力で来られた魂だけが円滑に輪廻転生を行っているのです。生者の時の後悔や、死に際の後悔で現世を漂ってしまっている魂も無数に在るのです」


「では、私に何を?」


「あなたには、現世へ行き、彷徨っている魂をここ、死者の国へ導いて欲しいのです」


「魂を導く……そんなこと、私にできるわけないですよ」


 私は、リュカエル様の言葉に戸惑いを隠せなかった。生前、病弱だった私に、魂を導く力などあるのだろうか。


「フアナさん、あなたにはその力があります。あなたは、生前、病と闘いながらも、常に前向きに生きていました。その強い意志と優しさは、魂を導く力となるでしょう」


 リュカエル様は、私の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「そして、あなたに心強いパートナーを与えましょう。ついてきてください」


 リュカエル様に案内されたのは、決して死者は立ち入れない幻獣の聖域だった。


「リュカエル様、ここは?」


「ここは幻獣たちの住む場所、幻獣の聖域です」


「あの、私が入っていい場所ではないんじゃ……」


「私と一緒なので安心してください。ただし、あなたから幻獣に近付くことは大変危険ですのでおやめください」


 幻獣の聖域。そこはとても神秘的なところだった。周り見渡すとたくさんの幻獣がいた。


 古代・中世の動物誌に記載される怪蛇、ヤクルスに似たものや、ユニコーンに似ているが少し違うもの、フェンリルのような狼。それに普通に現世に存在するような、動物たち。でも、どこか違うようにも感じる不思議な生物たち。


 私が彼らを眺めていると一匹の狐が近づいてきた。その毛並みは月の光を吸い込んだように銀色に輝き、吸い込まれるような瞳が私を射抜いた。


「おきつね殿。フアナさんに興味が?」


『この魂、おもしろいわ。あなたなんて言うの?』


 狐の声は頭に直接響くようだ。


「えっと……、フアナといいます」


『フアナ。ねえ、私の主になってくれないかしら』


「おきつね殿がパートナーとは、とても心強いですよ。フアナさんがよろしければ、おきつね殿の主となってあげてください」


 リュカエル様にも言われた、主とはなんだろうか。私は狐の瞳を見つめたまま、思考を巡らせる。


「あの、主って……」


 私が言葉を紡ぐまでの間、静寂が私たちを包み込んだ。


「ああ、その説明がまだでしたね。ここにいる幻獣はそれぞれ違った能力を持っています。ですが、この子たちだけではその能力を使えません。主というパートナーがいて初めて能力を使えるようになるのです」


「幻獣の能力ですか」


「はい。おきつね殿の能力は、契約したパートナーに実体化させるもの。心の力を形にする力と言えば、わかりやすいでしょうか。現世でとても役に立つと思いますよ」


「実体化……。死者なのに生きている人間にも見えるということですか?」


「そうです。幽霊が見える人見えない人関係なく、あなたを認識できるようになります。この能力をどのように使うかは、あなた次第です。どうですか? おきつね殿の主になりますか?」


 私は狐の瞳を見つめ返した。その瞳は、まるで心の奥底を見透かすように、私の魂を映し出していた。


(この狐は、私に何を見出しているのだろうか)


 私は狐の瞳から目を離し、リュカエル様を見上げた。


「リュカエル様は、私がこの狐の主になるべきだと?」


「最終的に決めるのはフアナさんです。ですが、私はおきつね殿がフアナさんの力になると思ってますよ」


 リュカエル様の言葉に、私は背筋を伸ばした。


「わかりました。主になるにはどうすればいいですか?」


「おきつね殿に名前を与えてください。それが幻獣との契約方法です」


「名前……、あなたは毛並みがきれいだから、ギンというのはどう? 安直すぎるかな」


『ギン……、いい名前。気に入ったわ』


「ギン、これからよろしくね」


 私がそう言うと、狐は嬉しそうに目を細めた。


『よろしくね、フアナ』


 狐の言葉は、まるで古い友人との再会を喜ぶかのように、私の心に温かく響いた。私は狐の頭を優しく撫でた。その毛並みは、見た目通り、月の光のように優しかった。


 私がギンと契約を交わした後、リュカエル様は私に魂の導き手としての助言をくれた。


「フアナさん、おきつね殿は、あなたの旅を助けてくれるでしょう。しかし、最も大切なのは、あなたの心です。魂の声に耳を傾け、彼らの苦しみに寄り添ってください」


 リュカエル様の言葉に、私は深く頷いた。


「ありがとうございます、リュカエル様。私にできることを精一杯、やってみます」

 私は、リュカエル様の期待に応えるため、魂を導く旅に出ることを決意した。

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