もしかしたら私の幼馴染はセックスしたのかもしれない

皇冃皐月

第1話

 「最近、駅の近くにこのお店ができたんだけどね〜。私、結構気になってるんだよね」

 「なんのお店?」

 「クレープだよ、クレープ。フルーツ丸ごと使ってるちょっとお高めなクレープ屋さん」


 ほら、とスマホを私に見せてくる。


 放課後の教室。

 部活やらバイトやらでクラスメイトは颯爽と教室から居なくなって、私と幼馴染の佐倉透さくらとおるの二人だけになる。

 女二人でだらだら駄弁るこの時間。傍から見れば生産性の欠片もなくて、嘲笑ものかもしれない。それでも私にとってこのなんでもない時間は幸せだった。もしも私の願いが一つ叶うのなら、この幸せな時間がずっと続きますように、と願う。


 だけれど。

 今日の透にな違和感しかなかった。

 パッと見はなにも変わらない。いつものだらだらした幸せな時間。

 なのになんでだろう。『なんとなく』違和感を覚える。明確な理由はない。全くないわけじゃないが。どれもこれも些細なこと。

 例えば髪の毛が乱れているとか、首元に目立たない絆創膏を貼っているとか、いつもと違う香水をつけているとか、いつもと違う柔軟剤の香りがするとか、やけに機嫌が良さそうだったり。

 本当に些細な違和感。もはや違和感と呼ぶことさえ烏滸がましいと思うほど。


 きっとなにかあったのだろう。

 ただそのなにかが今の私にはわからない。


 「ん?」


 机上で頬杖を突いて、じーっと私のことを見つめる透。


 「ううん」


 と、首を横に振った。



◆◇◆◇◆◇


 「あかね。茜〜」


 どーんっと名前を呼ばれ、背中に強い衝撃が走る。誰かにぶつかられた。まぁ声とやってることで相手が誰なのかは顔を見なくてもわかる。


 「……詩伊しい。なに? いつも言ってるじゃん。ぶつかってくるのやめてって。交通事故みたいじゃん」


 文句をぶつくさ言いながら振り返る。そこには案の定というかやっぱりというか。テニスラケットを背負った詩伊が立っていた。黒いポニーテールをゆらゆら揺らして、にへへと白い歯を見せている。朝練終わりなのか、若干汗を額からつーっと輪郭を伝うように流している。テニス部特有のカラフルすぎるウェアが目を引く。


 「茜、茜、茜!」


 私の肩に手を置いて、ピョンピョン跳ねる。こちらの忠告なんぞ一切聞いていない。


 「はいはい。なーに」

 「透ちんって彼氏できたの?」


 純粋無垢な瞳でそんな質問を投げてくる。

 想定していなかった質問に思わず言葉を失う。

 透に……彼氏?


 「な、なんで……? 突然なんでそう思ったの?」


 露骨に慌てそうになったが、深呼吸を二回挟んで、平静さを装う。もっとも装っているだけであって平静とはしていない。


 「え、だって、この前……一昨日かな。部活終わって皆でハンバーガー食べて帰ってる時に、男の人と歩いてたから。しかも二人っきりで」

 「お、お父さんとかじゃなくて……?」

 「えー、どーだろ。若かったよ」


 若いってことは……。透のお父さんというわけじゃなさそう。透のお父さんには申し訳ないけど、あの人、禿げてるし。お世辞でも若いとは言えない。仮に透のお父さんを見て若い人と言っているのなら、詩伊の目は節穴だなぁと思う。


 「ねぇ、ヤバいよ。ヤバいでしょ? 透ちんに彼氏できたんだよ〜! 大大大大大スクープだよ」


 瞳をキラキラさせている。さすが女の子なだけある。恋バナ大好きだね。

 きっと透の恋バナじゃなきゃ、私も瞳をキラキラさせて彼女の話に乗っかっていたと思う。けれど、相手が透となれば話は変わる。心が騒めく。穏やかじゃない。


 もっと知りたい。

 透がどういう状況だったのか。詩伊はどこで見たのか。どこまで見たのか。どういう雰囲気だったのか。

 知りたい、知りたい、知りたい、知りたい、知りたい!


 けれど……。


 「ふーん、良いんじゃない。別に。良いじゃん、彼氏」


 と、強がってしまった。


 あーもー、なにしてんだバカ。本当に私なにしてるんだバカ。なんで素直になれないんだ。詩伊相手なら別に素直になったって良いだろ。本当にバカ。


 心の中で嘆くのだが、今更やっぱり……と聞き返すわけにもいかなくて。

 ただ後悔だけが胸の中に留まる。


 「意外! 茜だったら透ちんが男といたって知ったらもっとわーわーうるさいかと思ったのに」


 表に出さないだけで心の中ではわーわーどころじゃないくらいうるさい。だからあながち間違ってはいなくて、苦笑してしまった。


◆◇◆◇◆◇


 朝、詩伊に透が男といたと告げられてから、ずっと透のことを見てしまう。

 自分の席からずーっと透を見つめて、目が合いそうになったら慌てて目を逸らす。そんなのをずっと続ける。

 授業中、教科書でスマホを隠しながらスマホを触っている時に突然嬉しそうに口角を上げたり、虚空を見つめ嬉しそうにしていたり、シャーペンを走らせながらニヤニヤしていたり。

 透を見ていれば見ているほど、なにかあったな……というのが確信へと変わっていく。


 確信に近付けば近付くほど、心臓は張り裂けそうになる。バクバクとわけわからないくらい騒いで、爆発しそうだった。


 「……」


 このままだと本当にどうにかなってしまいそうで、透に「一昨日放課後なにしてたの」って聞いてやる。私はそう強く決意した。





 放課後になれば二人っきりになる。

 ちらちら透を見る。


 「……透さ」

 「ん?」

 「一昨日の放課後、透なにしてた?」


 一歩踏み出すのが怖くて、このままだとあれこれ言い訳を並べて、逃げてしまいそうな気がした。だからもうすべてを放り投げて歩き出す。怖いという感情には蓋をして。見て見ぬふりをして。


 「一昨日……ふふ、あ。なんもしてないよ」


 破顔を噛んでから、そう言われる。明らかに嘘をついた。だけれど嘘をついたという証明はできない。

 透がそうやって嘘を吐いた時点で私にはどうすることもできなかった。

 追及したって、彼女は嘘を貫き通そうとする。水掛け論になるのが見える。


 「そっか」


 だから私はこんな力のない返事しかできない。


◆◇◆◇◆◇


 仮に透がなにかしていたとしよう。そうだとして、私になにか知る権利があるのだろうか。

 と、自問してみる。答えは一つ。

 ない。


 私がとやかく言う筋合いはない。


 透に彼氏ができた? 良いじゃん。めでたいことだ。良かったね、おめでとうと祝福するのが幼馴染として、親友としてあるべき姿だと思う。

 独占欲じゃないけれど、嫉妬みたいな感情を渦巻いて、あろうことか本人が隠そうとしているのにずかずか彼女の領域に入り込んで、隠しているものを暴こうとする。褒められたことじゃない。


 もしかしたら私に気をつかっているのかもしれない。

 私が幼馴染とか親友とかじゃ収まらないそれ以上の感情を透に抱いていることを透自身は気付いていて、でも彼氏が出来たと言ってしまえば私が傷付くことを透は気付いている。だから隠している。私のために。


 なんだろう。

 すっきりした。すとんと簡単に納得できてしまった。そうだろうなと思ってしまった。


 ぶるるるる。


 スマホが震える。

 着信が入った。スマホの画面をちらっと見る。

 詩伊からの電話だった。


 少しだけ悩んでから、電話に出る。


 「もしもし。詩伊、どうしたの?」

 『ううーん、特に話したいことないけどー』

 「え、なにそれ」

 『家までの帰り道。一人で歩かなきゃでさー、さすがに外暗くて、一人は怖いし、誰かと話しながら帰りたいなーって』

 「で、私が選ばれた、と」

 『そうそう』

 「大した話できないよ。私も」

 『いーよいいよ。こうやって声を交わすことがなによりも大事だから』


 雑談電話にとりあえず付き合う。


 「今日の話だけどさ」

 『透ちん?』

 「うん」


 抽象的な話の入り方だったのに、詩伊は瞬時に話を理解した。すごいなと感動する。


 「私考えたんだよ。やっぱり詩伊が見たのって透の彼氏なのかも〜って」

 『ほうほう、ずばり、その心は?』

 「雰囲気が変わったんだよね。最近、透。なんていうか、柔らかくなったというか、可愛くなったというか、女の子みたいになったというか」

 『透ちんが乙女になったったこと?』

 「まぁそういうことになるかなぁ」

 『ふふーん、なるほどねぇ。つまり』


 くっくっくっと電話越しで、悪役がしそうな笑い声をあげている。


 「つまり?」

 『透ちんは一歩私たちよりも先に大人になったってことじゃない?』

 「大人になった……?」


 はっきりとした物言いではなくて、戸惑う。

 大人になった。

 えーっと、それはつまり……どういうことなんだ?


 『鈍ちんだね、茜』

 「悪かったな。鈍くて」


 黙っていると、ケラケラ笑われる。

 癪だが、実際問題私は理解できていないので、批判する資格さえない。


 『透ちんはきっと彼氏とセックスしたんだよ』

 「せ、せ、セックス……」

 『なにその純粋な小学生みたいな反応』

 「セックス……って。私たち高校生だよ? そんな、セックス……セックスなんて」

 『いや思春期の男女なんだし、恋人になったらするでしょ。ましてや高校生なんてお金もないしさ。恋人らしいことってセックスくらいだよ』

 「詩伊……」

 『どーした?』

 「セックス、セックス、うるさい」

 『ひっどー。待って、茜。酷くない? ってか、茜の方がセックスセックスうるさかったし』

 「うるさくないもん」


 透がセックスをしたかもしれない。その事実になぜか耐えられなくなって、場の空気を茶化してしまった。


◆◇◆◇◆◇


 透に彼氏ができて、セックスもした。その上で私を気遣っている。そこまで思考を巡らせた私は一つの結論に辿り着く。


――透と距離を置こう。


 気遣われて、仲良くしてくれている。

 それはまぁ、正直、特別扱いされているようで嬉しい気持ちもある。ないとは言えない。だけれどやっぱり申し訳ないなと思うわけで。距離を置くことがある種の恩返しになるのかなと思う。


 透はそんな私にも優しく接してくれる。

 お昼休みにはいつものようにお弁当を一緒に食べてくれるし、放課後になったらいつものように駄弁ろうとしてくれる。

 もう無視するしか彼女と距離を置く方法はないんじゃないか、と本気で悩み始めるくらいに透は優しかった。


 そして極めつけは。


 「最近、茜、私に冷たくない?」


 と悲しげに言ったこの言葉。


 なんでそんなこと言うの。

 透には彼氏がいるじゃん。良いじゃん。私と仲良くしなくたって。これ以上私を苦しめないで欲しい。誰にでも優しさを振りまいて、人を勘違いさせて。そんなのもうやめてよ、と思う。叫びたくなる。だけれどできない。


 代わりに……。


 「透ってさ、彼氏いる?」

 「わぁ、突然だね」

 「……」

 「あー、ふふ。秘密」


 意を決して投げたその問いを彼女ははぐらかした。唇に人差し指を軽くあて、いたずらっぽい笑みを浮かべながら。






 もしかしたら私の幼馴染はセックスしたのかもしれない。








◆◇◆◇◆◇あとがき◆◇◆◇◆◇


ご覧下さりありがとうございます。

こちら息抜き的に執筆した作者の読みたいを詰め込んだ癖だらけの作品ですが、なんだか思ったよりも好評で驚いています。この作品を見つけて、ブックマーク、レビューしてくださった方々ありがとうございます。


綺麗に纏まってるので迷ってはいますが、読者様の反応次第では連載用に執筆し直しても良いかなと思っています。


ブックマーク、レビューの伸びが良かったら連載用に執筆し直すと思うので、ぜひブックマークだけでも付けてもらえれば。連載する際は次話投稿してお知らせいたしますので。ぜひ。

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