11~20話

第11話 頑張ってきたからこそ、特別なご褒美ミッションが見えちゃえばよくない?


 ダンジョンから戻り、近くのギルド支部へと立ち寄った。

 受付けへと向かう西園寺と一時別れ、のんびり待合スペースへ。


 人はまばらで、空席の椅子が沢山あった。

 り見取りだったので、フィーリング的に一番前の右隅に座る。 



「…………」



 この時間帯はまだ日が落ち切っておらず、館内はかなり静かだった。

 

 職員さんが紙をペラペラとめくったり、キーボードを淡々と叩く音だけが聞こえてくる。


 心地よい眠気を誘われ、何も考えずボーっとしていた。    

 舟をこぎビクッとなった拍子に、ふと視線を上げる。


 目の前には大きなホワイトボードがあり、そこには沢山のチラシやポスターが貼ってあった。

 ちょっと頭を起こすにはちょうどいいと、時間潰しに流し見ていく。


 

≪冒険者資格を短期取得するなら、○○教習所!!≫

 

  

 イメージ写真に、無害化されたダンジョン内での集合写真が使われていた。

 流行りの冒険者着をした若者冒険者たちが、青春を謳歌するように肩を寄せ合っている。

 男女の割合がおよそ1:1で、あたかも冒険者になればこのような出会いがあるのだと思わせる作りと構図だった。


 ……だが残念ながら、もちろんそのような事実はない。

 


 A・Hさんが、未だ癒えぬ心の傷に苦しみながらも、実体験を語ってくれた。


 彼によると、教習所での出会いなんて皆無。

 可愛い女子大生と仲良くなって『……冒険者になる前に、私とエッチな冒険してみない?』なんて言われるのは創作の世界だけだったという。


 冒険者資格を取得した後も、彼は学校でずっとボッチ。 

 当然、突如として人気者になったりもしないし。

『えっ、雨咲っちも冒険者なの!? じゃあ今度一緒にダンジョンデートに行かない!?』と、ボッチに優しい同級生ギャルに誘われたりもしないのだ。

 

 若者よ、甘い言葉や幻想に惑わされてはいけない!!



≪ストップ! それ“魔石詐欺”かも!?≫


 

 可愛い女の子が右手を突き出し、そこに赤いバッテンがついた啓発けいはつポスターだ。

 いくつかの事例にギルドがアンサーを出す形で、魔石詐欺について周知しようという意図だろう。



『Q1 “ギルド職員による魔石買取りの出張サービスを行っています! ダンジョン内で冒険者の皆さまに魔石をお売りいただくことで、身軽なダンジョン探索の継続をお手伝いいたします!!”と言ってくる人と出会いました』 


『A1 ギルド職員がダンジョン内に出張し、魔石の買取りを行うことはありません。ギルド職員を装い他者から魔石を不当に安く得ようとする、詐欺師の可能性があります』

 


 へ~。

 そんなこと言って騙そうとしてくる人がいるんだ。 

 今のところ、俺も西園寺もまだそうした輩に出会ったことはない。



『Q2 “……ここだけの話。この魔石、実は使ったらスキルを習得できるようになるレア魔石なんだ。若い奴には苦労して欲しくないからな……よし、特別に、1個5万で売ってやろう!”』  


『A2 現在、魔石にスキルを習得できるような性能が確認されたという話は一切ありません。魔石は、内部に貯蔵されている魔力を取り出してエネルギー源としたり、装備やポーションを作るのに使われます』 



 なんだよ、スキルを習得できるようになる“レア魔石”って。

 んなのあったら普通売ろうなんて考えず、自分で使うだろうに。  


 どの時代も、詐欺師は必死に悪知恵を働かせるんだな……。 



≪人気冒険者ウェアチェーン店【シーカー】とのコラボキャンペーン!! ヒーラーのジョブ登録をしてくれた冒険者に、漏れなく【シーカー】社製の冒険者着を一式プレゼントします!!≫

 


 ダンジョンに入る前、サラッと読んだネット記事が思い出された。

 冒険者業界は、慢性的なヒーラー不足に悩まされているらしい。

 

 ポスターの詳細を見ていくと、どうやらまだ期間中だった。

 そして難しい手続きも必要なく、簡単な申請とジョブの確認だけで済むようだった。


  

「よっと――」   

  


 立ち上がり、受付スペースへと向かう。

 西園寺が腰かけているカウンターに、後ろからそっと近づいたのだった。



◆ ◆ ◆ ◆



「わっ、本当だ。――ありがとう雨咲君。そんなキャンペーンやってるなんて知らなかった」



 西園寺を伴い、待合スペースの席に戻ってくる。

 俺も見たポスターを、西園寺も興味深そうに眺めていた。


   

「いや、俺もさっき気づいたから。……でも凄いな。言って、その日中に貰えるって」


「ね~。申請も、渡された紙に名前とかジョブとか、欲しいサイズと色を書いて。後は“ジョブ紙”でジョブ確認されただけだもん」


 

 自分のステータスを、特殊な紙に転写して可読化する“ステータス紙”。

 それの応用技術で、自己のジョブだけを証明したい際に用いられる“ジョブ紙”。

 

 他にも色々あるが、用途や場面、利便性などに応じて使い分けられている。


   

「……私。まだヒール使えないのに。受付のお姉さん、凄く嬉しそうにしてくれてたね」


「それだけヒーラー不足が深刻ってことだろう」



 キャンペーンは、ヒーラーになりうるジョブでありさえすればよかった。

 その段階でもいいということは、ギルドもヒーラー不足の解消に本気だということである。



「……それに、西園寺は使えるようになるさ」

 

 

 だって、あと調教ポイント50で良いのだから。

 そうすれば【調教ツリー】の【ヒール】解放に必要な150ポイントになる。



「うん、そうだね……明日から、また頑張らなきゃ!」   



 胸の前で小さく握り拳を作り、西園寺は可愛らしく気合いを入れ直していた。

 


「はぁ~っ――」


  

 その直後。

 これまた可愛らしく、あくびをかみ殺す音がした。

 当然、横に座る西園寺から発せられたものだろう。

  

 チラッと横目で盗み見る。

 そこにはすでに赤くなってうつむき、恥ずかし気に縮こまっている西園寺がいた。



「……あ~。呼ばれたら起こすから。それまで寝てても大丈夫だぞ?」


 

 西園寺にお弁当を貰ったことを思い出す。

 手作りしてくれたということは、それだけ早起きしたんだろう。


 何もしてない俺でさえ、さっきウトウトしていたんだ。

 西園寺が眠気を催しても仕方がない。

          


「本当? ありがとう。……じゃあ雨咲君のお言葉に、甘えます」



 すぐに規則正しい呼吸音が聞こえてきた。

 優しく静かで。

 隣にいなければ気づけないだろう、とても小さな音。


 やはり疲れというか、眠気はあったのだろう。

 早めに切り上げて正解だった……え?


 

 ……左肩付近に、ピトッと何かが当たった感覚がした。    

 恐る恐る、首だけを動かして見てみる。



 ――何と、西園寺の頭が俺の腕にもたれかかっていた。 


 

 おいぃぃぃ!

 寝ててもいいとは言ったが、そこまでの許可は出してないぞぉ!?

 

 俺だったからよかったものの、並みの男子ならこれだけで即好きになってる。

 それくらい破壊力のある行為を、こうも無自覚にやってのけるとは……。

 

 

 西園寺、恐ろしい子!!



 それから15分くらいして、番号札の順番がコールされた。

 西園寺は跳ねるようにビクッと動き、自力で目覚める。

 



「行かなきゃ――わわっ!? ご、ごめん雨咲君っ、変なところ触っちゃった!?」  

   


 ……だが寝ぼけ慌てていたのか。

 椅子から立つ際、補助的に手すりを押すようにして。

 俺の股間に近い左太ももに触れ、よいしょと立ち上がったのだった。

   


 キャーッ!


 西園寺さんのエッチ!

 ラッキースケベ!  

“変なところ”はもうちょい右だったわッ!! 

  

 

 その後。

 とても大きな紙袋を抱えて戻ってきた西園寺は、真っ赤になりながら平謝りしてきたのだった。


 ……ペコペコする西園寺もそれはそれで可愛かったから、もちろん不問にしたけどね。

 

  

◆ ◆ ◆ ◆


 翌日。

 個人的に好きな曜日ランキング第2位の木曜日がやってきた。

 

 ちなみに第1位は金曜日。

 ワーストはもちろん、人類が生みだしてしまった共通悪、月曜日である。 

 月曜日を許すな! 

 


『雨咲君、昨日もありがとう。それとギルド会館でのことは改めて、本当にごめんなさい!』

   

  

 家を出る前に送られていたらしい、西園寺からのメール。

 もうすぐ校門というところで、今気づいた。


 相変わらず可愛らしい絵文字が使われている。

 汗を流し、手を合わせて謝罪する絵に、思わず頬が緩んだ。


  

『――それで、昨日は雨咲君の言う通りにすぐ寝ちゃった。だから貰った冒険者着、朝に着てみました。……どうかな?』

       

 

 文の下には、いわゆる自撮り写真が添付されていた。


 大きな姿見の前に、西園寺はスマホを向けて立っている。

 白を基調としたローブのような、後衛職用の冒険者着を身に着けていた。 

 ところどころに金と青のラインが入っており、シンプルだが清潔感あるデザインとなっている。

 

 ゆったりとした袖から覗く手は、純白のグローブに包まれていた。

 膝上まで覆う長いブーツも穢れないホワイトカラーで、統一感が伝わってくる。  

  


「へぇ~これ全部無料か」



 清楚で可憐な西園寺に似合っているのはもちろんだが。

 見たところ、決して量販店特有の安っぽさを感じなかった。

 むしろ、かなりお高い服なんじゃないかとさえ思えてくる。


 西園寺、よかったな~。

【神官】のジョブをゲットして、もう目に見えるメリットあったじゃん。



「…………」



 教室へと入る。

 中ではすでに、仲良しグループによる輪がいくつも出来上がっていた。


 しかも西園寺まで、もう登校している。

 それを見てハッとした。

 

 やべっ、返信してねぇ。


 

『スマン、本当についさっきメールに気づいたんだ』



 自席に座り、机と体の間で、スマホの文章を素早く打つ。


  

『良いんじゃないか? 西園寺に似合ってると思うぞ』


 

 っと。

 

 送信してすぐ。

 西園寺が一度クラスメイトに断りを入れ、輪から離れる。

 そして教室から出て行った直後、メールが届いた。



『よかった~。昨日のこと、雨咲君が怒ってるのかと思ってドキドキしちゃった!』



 いやいや。

 あんなことで怒るかよ。


 むしろアクシデントとはいえ。

 西園寺に際どいボディータッチなんてされたら、喜ぶ男子の方が圧倒的に多いだろうに。

 

 

『“良い”って、“似合って”るって、言ってもらえて嬉しいです。ありがとう雨咲君!』 


  

 目を“く”の字の左右対称にして、喜ぶ絵文字がついていた。

 

 すぐ後、西園寺も教室に戻ってくる。

 そして通らなくてもいいはずの、俺の席と接する通路を進んでいった。


  

「…………」    

   


 西園寺は細く綺麗な指先でちょんと、俺の机の角に触れていく。

 まるでお互いしかわからない秘密の合図をするように。


 そして何事もなかったかのように、女子仲間たちの輪へと戻っていった。

 


 ……そういうの、勘違いしちゃうからやめなさい!




 だが西園寺の無自覚攻撃に、ドキドキしてばかりもいられなかった。

 

 西園寺の左上に見えた調教ミッション。

 それが、いつもとは様子が違っていたのだ。

   


―[調教ミッション]―


●5回目チャレンジミッション!!


 下記の2つから1つ選び、成功する

 ①手を拘束された状態で、モンスターを1体倒す

 ②目隠しされた状態で、モンスターを1体倒す 


     

 報酬:【調教ツリー】〈調教〉の枝を追加


       

― ― ― ― ―

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