第10話 ジョブを得た実感を持ってもらえばよくない?
「はぁ、はぁ……」
未だ呼吸の整わない西園寺。
吐く息は熱っぽく、トロンとした目はどこか色っぽかった。
「大丈夫か、西園寺? もう終わったぞ」
「え? ……あっ、うん」
言われて初めて気づいたというように、西園寺はハッとする。
それでようやく、目の焦点が何か定まったみたいに見えた。
……ステータスを確認しているっぽい。
「――あ、雨咲君、やった! ジョブ、ゲットできてるよ!」
赤い顔のまま、興奮したように西園寺は話す。
「それに【マジックショット】も、【ホーリーショット】に変化してる! 凄い凄い!」
「お~良かったな~」
嬉しさのあまりか、西園寺は小さく飛び跳ねて感情を表現していた。
西園寺の純粋に喜んでいる姿を見て、こちらも
普通なら、防具の中で一緒に誘惑のダンスをしている球体二つに目を奪われていることだろう。
……だが、今の俺は
西園寺の純真無垢な姿が生んだ明鏡止水なのだ。
この透明のごとく澄み渡った清い心に、西園寺のいやらしい体が付け入るスキなどないのである。
「っとと!? ……ご、ごめんね雨咲君。ちょっとつまづいちゃった――」
よろけて倒れ掛かってきた西園寺。
それを支えようと、両手が
そしてちょうど防具の及んでない
……わぉ。
――16時58分、いやらし法違反の現行犯で逮捕!
くっ、何て暴力的な柔らかさ。
西園寺さん、あなたの身体いやらしすぎですことよ!
「気をつけてな。それで――」
何も気にしてない風を装いつつ、多少強引にでも話題を変えてしまうことに。
危なかった……。
あのままだと“横乳”と“
西園寺耀、危ない女だぜ。
[調教ツリー 従者:西園寺耀]
“〈ジョブ〉:ヒール”
対象者を治癒する魔法を使えるようになる。
保有調教ポイント:100
必要調教ポイント:150
●〈基礎〉―全能力値+3 ○
|
―HP・筋力・耐久+3
―MP・魔力・魔法耐久+3
―敏捷・器用+4
●〈ジョブ〉―強撃
―マジックショット ○
|
―ジョブ 魔法使い
―ジョブ 神官 ○
|
―【ヒール】
「【調教ツリー】を見てるんだが……。【神官】の伸びた先、スキルの【ヒール】になってるぞ」
ちょうどよく別の話題になるものを見つけ、今正に言おうとしていたっぽい感を出しながら話す。
西園寺にも見えるように、枝の伸びた先を紙に書き写した。
「本当!? どれどれ――」
……いや、あの、だから紙は渡すから。
そんな体が触れそうなくらい近づかないでくれます?
特に今は、異性の
「おぉ~! えへへ。――誰か、
ちょっ、その前に耳元で無自覚ASMRするの止めてくれ。
そんなちゃんと役に入ったような可愛い声を、俺にだけ聴かせ続けるなんて!
“もう、西園寺殿の声無しじゃ寝れない体に開発されちゃったでござる……”みたいになっちゃうから!
「でも【ヒール】は150ポイント必要だぞ? 今は【調教ミッション】で得た100しか調教ポイント残ってないし……」
紙から視線を逸らし、オリジナルな【調教ツリー】を見るフリして絶妙に距離を取る。
普段は洞察力鋭い西園寺も、これには気づいた様子はない。
ふっふっふ。
まだまだ
……あっ、いや、“腋が甘い”って。
別に、西園寺の腋を物理的に舌で舐めたわけじゃないからね!?
そんな変態チックなことしないって!
防御が手薄ってことだよ。
わき、腋、脇……この場合は“脇”、かな?
……ってか、俺は一体何の話をしてるんですかね。
「うぅ~50ポイントぉ。微妙に足りないのかぁ」
わかりやすく残念そうに肩を落とす西園寺。
だがすぐに笑顔へ切り替わる。
「でも凄い前進だよ。だってあと50ポイントあれば、回復魔法を使えるようになるところまで来たんだもん。ね、雨咲君?」
「そうだな~。あとレベル1上げるか、ポイントが入る【調教ミッション】を1回クリアするか。……どっちにしても、時間の問題だろう」
【ヒール】獲得が現実性のあるものとなったためか。
西園寺は俄然、やる気が出てきたらしい。
「そっか――じゃあ雨咲君。改めてダンジョン探索へレッツゴー!」
「うぃ~。……ま、今日は早めに切り上げるけどな」
昨日長めに潜ったため、連日の長時間探索は避けようと話し合っていたのだ。
それを、俺の言葉で思い出したというように。
西園寺の口から“あっ”という可愛い声が漏れた。
…………。
「今“あっ”って言いましたか? 言いましたよね西園寺殿?」
「……それがし、記憶には自信ある
さっき一人称“拙者”だったよね!?
記憶に対する自信発言、薄っぺらすぎますぞ西園寺殿!!
だが苦し紛れの演技を続ける西園寺も、それはそれで可愛かったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
「――【ホーリーショット】!!」
可愛くも力強い西園寺の声が響く。
突き出した細い右腕。
グローブに包まれたその手から、光球が勢いよく飛び出していった。
【マジックショット】の時と、球の大きさはほぼ同じ。
一見して明確に違ったのは、その“光度”。
【マジックショット】自体も魔力の輝きを放っていたが、周囲を照らすほどの強さではなかった。
一方の【ホーリーショット】はそれ自体が、高速で飛来する光源のようになっている。
光球が直進するのに合わせ、天井と壁面にできた光のアーチも洞窟内を移動するのだ。
「GUGII――」
そして威力も、決して【マジックショット】以下ではなかった。
魔法の対象となったゴブリンは、避けようと動く暇さえなく。
光が凝縮した魔力に触れた瞬間、それに飲まれるように消滅していった。
「お~ちゃんと攻撃魔法として使えたな」
戦闘の終わりを認識し、素直に称賛の拍手をする。
西園寺もはにかみ、頬をかきながら頷いていた。
「あはは、うん。【マジックショット】の上位互換、とまでは言い切れないけど。【ホーリーショット】になって劣化や不便は感じないかな」
相手がゴブリンだったので実感はそこまでないが、【ホーリーショット】というくらいだ。
ゾンビやゴーストなどのアンデッド系モンスターには、強力な魔法になるんだと思う。
「……でも私、本当にジョブをゲットしたんだね。夢じゃないんだよね?」
【ホーリーショット】を放ち、ジョブゲットの実感が段々湧いてきたらしい。
その目にうっすらと涙がにじむほど、西園寺は感慨深げにつぶやいている。
それを見て、俺も自分のやったことが間違いではなかったのだと感じることができた。
よかったな、西園寺……。
◆ ◆ ◆ ◆
「さて、次は――」
やるべきことを、頭の中で素早く整理する。
時間的にそろそろかと思い【従者果実】のスキル画面を開いた。
[従者果実 収穫画面]
保有調教ポイント:100
●
〈基礎 果実1〉【HP 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫まで残り00:00:54
〈基礎 果実2〉【MP 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫まで残り00:00:54
〈基礎 果実3〉【筋力 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫まで残り00:00:54
〈基礎 果実4〉【魔力 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫まで残り00:00:54
〈ジョブ 果実1〉【マジックショット 経験点小】
必要調教ポイント:100 収穫日数:1日
→収穫まで残り00:00:54
〈ジョブ 果実2〉【セカンドジョブ 経験点小】
必要調教ポイント:200 収穫日数:1日
― ― ― ― ―
微妙にまだだったな……。
何もない宙を見つつ、少しだけ頭をボーっとさせる。
もう一度画面を見ると、今度はちゃんと“収穫OK!”になっていた。
[従者果実 収穫画面]
保有調教ポイント:100
●
〈基礎 果実1〉【HP 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫OK!
〈基礎 果実2〉【MP 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫OK!
〈基礎 果実3〉【筋力 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫OK!
〈基礎 果実4〉【魔力 経験点小】
必要調教ポイント:25 収穫日数:1日
→収穫OK!
〈ジョブ 果実1〉【マジックショット 経験点小】
必要調教ポイント:100 収穫日数:1日
→収穫OK!
〈ジョブ 果実2〉【セカンドジョブ 経験点小】
必要調教ポイント:200 収穫日数:1日
― ― ― ― ―
さっきのタイマーは“収穫日数:1日”、つまり昨日収穫してから24時間まだギリギリ経ってなかったということだろう。
これで〈ジョブ 果実1〉までは収穫可能だ。
「“〈ジョブ 果実2〉【セカンドジョブ 経験点小】”……」
これは、正についさっき西園寺が【調教ツリー】で取得したジョブ【神官】に対応した果実ということだ。
「――あっ、そうか!」
他にも昨日とどこか違うと感じていたが、今気づく。
全部の果実についていた“(×2)”が消えていた。
あれは全部の果実を収穫可能にした状態、つまり全穫状態にしたために生じたものだったはず。
ということは、【セカンドジョブ 経験点小】の果実が増えたから、全穫状態が崩れたのか。
しかし【セカンドジョブ 経験点小】を収穫可能にするには、調教ポイントが200必要となる。
……だが俺は、今日の【調教ミッション】分の100ポイントしか持っていないので、諦めるしかない。
「え~っと。雨咲君、大丈夫? 何か、落ち込んでるのかな?」
心情の変化を機敏に察してくれたのか、西園寺が優しく声をかけてくれた。
うわ~ん、ヒカえも~ん!
【従者果実】のスキルが僕をいじめるんだぁ。
いちごぼにゅ――じゃなかった。
いちごオ・レ出してぇ~!
……それもそれでまずいか。
……ああ、いや、“まずい”ってのは味の話じゃなく、文面的な感じのことね!?
西園寺から出てくるいちごオ・レ味の果実は美味しいんだけど――ってこの言い方だと、また西園寺の胸から抽出しているみたいな誤解が生じちゃう!!
……何か色々とわかんなくなってきた。
もう何でもいいや!(よくない)
「いや、落ち込んでるというか……スマン。これから【従者果実】のスキルを使おうと思うんだが」
「あっ――」
それだけで、西園寺はすべてを察したというような表情に。
「えっと、その……う、うん! 雨咲君が申し訳なさそうにする必要ないよ? 能力なんだから、全然、その、大丈夫! 私の身体に負担があるわけでもないし、どんどんやっちゃって!」
そうは言いつつ。
すでにその場面を想像した恥ずかしさからか、西園寺の顔は真っ赤になっていた。
そして気にしてないような口調で、しかし早口にまくし立てるように言っている。
それがかえって意識しまくっていることを、これでもかと伝えてきた。
「……見ないようにするし、すぐ終わらせるから」
「……う、うん」
通じ合っているかのように言葉少なく。
それだけで、お互いあとは無言に。
……なんか、エロいことおっ始める前のセリフと雰囲気っぽいけど、全然違うからね?
ただ能力の果実を収穫する時、胸元から出てきちゃうだけだからね!?
約束通り、西園寺の方は見ず。
先日と同じ、5つの果実の収穫を決定する。
「あっ、んっ――」
傍から、西園寺の声がした。
甘く、切ない吐息が漏れるような音。
西園寺さん、無自覚かもしれないけど、そんないやらしい声出さないで!
見えないうえで、これが聞こえる方がよりエッチに感じちゃうから!
「うわっぷ――」
そうやって一人脳内で、煩悩との死闘を繰り広げていると。
口の中に、あのフルーティーな甘酸っぱさを感じた。
そして後から追いかけるように、牛乳の優しい甘みが来る。
あぁ、やっぱり美味い――
果樹園オーナー西園寺!!!
いちごオ・レ、くそお世話になりました!!!
この御恩は一生……!!!
忘れません!!!
心の中で土下座。
……だが能力値バーのゲージは上昇こそしたものの。
前回と違って右端までたどり着くことはなく、4/5くらいで止まった。
【マジックショット】にいたっては殆ど伸びを見せず。
1/5行ったか行ってないか、くらいである。
“経験点小”というだけあって。
1日で得られる経験点は、やはり本来そこまで多くないようだ――
「――あ、あの、終わった、みたいだね? あはは」
声のする方、西園寺へと顔を向けた。
西園寺は昨日とは違い、今日は胸元を両手で隠していない。
だがそれはやせ我慢というか、無理をしているのだとすぐにわかった。
「……ああ、お疲れさん。今日はもう帰ろう、西園寺」
「……うん」
耳まで真っ赤になった西園寺を労い、今日の探索を切り上げたのだった。
――――
あとがき
何とか10話まで書くことができました。
ブックマークもとうとう1000に到達し、現代ファンタジーの週間ランキングも18位までたどりつくことができました。
早くも感慨深い思いでいっぱいです。
今後も楽しんで読んでいただければ嬉しいです。
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