第1話「ルキアーノ・エル・グレイダム」

 クソ奇蹟。奇蹟はクソだ。


 俺は2度めの人生を得た。


 新しい名前も与えられた。


 ルキアーノ・エル・グレイダムだ。


 鏡を見なくてもわからされるほど覚えた、俺の違う顔、地球の空よりもずっと淡い青の髪、元気のない松の葉みたいな薄い緑の瞳だ。


 歳は12だそうだ。


 他人に感じてる。


 自分の顔、自分の体、自分の命。


 2度めの奇蹟には怨みしかない。


 憎しみの炎が12の誕生日に噴きあがり、思い出させられた。最悪の気分だ。最低の気分だ。お気に入りの玩具でさえも叩き壊したくなるほどで、自画自賛していた薄い緑の瞳も真っ赤に燃えるほどに!


 脂肪に満ち満ちた体を起こす。


 大きな部屋には玩具が溢れる。


 愛されているのだろうか?


 実に様々な物が与えられている。


 俺は食うも遊ぶも不自由はない。


 だが、今、前世を思い出した俺は、大好きだった玩具──不活性化された宇宙スライムの一部でぐにゃぐにゃすると冷たい──を握り潰して指の隙間から垂らす。


 転生の奇蹟を起こした何かがもしいるのであれば、俺は許せない。形のないそれを、奇蹟を起こしたそれを!


 怒りに震えていたとき部屋に客が来た。


「──」


 と、言ってきたのは、なんとも不恰好なロボだ。バイナリで叫んでいるだけだがなんとなくわかる。ゴミ箱に手足が生えている……ロボットが進化しているんだか退化しているんだかわからないな……家政婦ロボだ。


「何かようか。お父上様とお母上様からの言伝? わかった。話せ」


 ロボが立体映像を投影する。


 映像には2人の男女、俺の両親だ。


『ルキアーノ! 12歳の誕生日おめでとう! ママとパパは貴方に会いに行くことはできないけどとびっきりのプレゼントをあげるわ!』


『あぁ、そうだ、息子よ。驚くなよ? お前の子爵家相続が正式に許可された! グレイダム領の全てが、今日のプレゼントだ。好きに使って遊べ』


『領地も権利も全てね!』


『だが……12歳の子供に領地経営などできるわけがない。遊ぶにしてもルールを知らないと楽しめないだろう。だからサポートもつけてやる。帝国貴族は良い顔をしないが、ロボットに経営を手解きしてもらえ』


『それじゃあね、ルキアーノ! 元気で!』


『ルキアーノ。立派に星系を守っていけよ』


 立体映像の両親が消える。


 俺が何か考える暇もない。


 取り敢えず、俺が、グレイダム子爵になったということはわかった。……両親の挙動が怪しい。両親の立体映像越しに、俺を騙してやろうというものを感じる。言葉にはできないが、両親が言うほどには楽しい状況ではないんだろう。


 親なのに、親が我が子を騙すのか。


 嘘でしかなかった家族がよぎった。


「……ロボットは、どこにいるんだ。オーダーメイド?カタログから選ぶのか」


 ロボはギシギシと機械音をたてながら立体映像を投影する。万全のメカという感じがしない。メンテナンス不足か、安物か、いずれにせよ、そういうことなのだろう。


 ロボが見せてきたのはメイドロボだ。


 人間にそっくりであり、給仕に従事しているような趣味性をたぶんに感じる女型ロボットだ。アンドロイド、女アンドロイドならばガイノイドと呼んだほうが良いのか?


 妻に似ていて気分が悪くなる。今思えば完璧な女が俺を好きになるわけがない。最初から利用されていたか。


「モデルはこれだけか?」


 俺は少々失望していた。


 カタログのガイノイドにバリエーションは無い。肉厚な尻、短いスカート、男の大きな手でも包めない巨乳に、キュッと絞られた腰、丸い目に小さい体は愛嬌と抱き心地に溢れている。それだけだ。


 俺は立体映像に指を当てる。


 奇妙な感覚だ。光なのに感触がある。


 立体映像が変わりパーツ一覧が出た。


 ゲームのキャラメイクと、同じだな。


「表情などいらない。愛想もだ。見た目が人間の女の姿をしているなど最悪だ。俺の側でつかえるのであれば、恐怖であれ。なめられることはなく、こいつがいるだけで支配の象徴であり力となれる存在でなければ価値はない」


 愛くるしいメイドロボは消え去った。


 そして後日──。


 俺はこの星を勉強していた。


 最悪だぞ。子爵家の実質の支配下はセントラルハイブという人口10億の巨大都市1つだけで、他の土地は全て技術蛮族てのが跋扈する世紀末で、地表は素人間が生存できず廃棄された宇宙戦艦が山のようにあちこち落ちている。


 そんな時だ。星系の支配者であるグレイダム子爵たる俺の部屋には、人の形をした人ならざる何か、名をつけるのであれば『恐怖』と呼べるものが来た。


 慣れない執務の合間にそれは扉を開ける。


 メイドロボと呼ぶにあまりにおぞましい。


 アンバランス巨大な頭には多目的複合センサの赤い目が蜘蛛のそれのように幾つも並び、胴体や脚あるい腕と呼ぶ物は手術用具のように細く鋭く危うさを見せ、棒切れのような垂直の胴体の先端には、脚なのだろう反重力装置の丸い機械があり、不協和音な作動音を響かせる。


 人間よりも大きな『異形』が見下ろす。


 メイドロボは小さな作業腕を蟹の顎、あるいは、虫のそれのように小刻みに動かして迫ってくる。


「ユバ・ウェイ社め……完璧な仕事だ」


 俺は心からの称賛をメーカーに贈る。


 メイドロボが執務室を進む。反重力装置で浮かびあがったまま滑るようにやってくる。そして止まる。


 赤い目らが俺を見下ろす。


「はじめまして、グレイダム子爵──」


 おぞましさとは正反対な可憐な声だ。


 14、5歳ほどの媚び売る小娘の声だ。


 だがそれが良い、優しさこそ恐怖だ。


「──フェアル、と、もうします」


 俺はフェアルのお披露目を無視して、仕事に戻る。グレイダムが領有する全てから献上された物、税金、物流の報告が、データサーバで処理されたあとの最終データが分別されている。


 名目上は、1個星系の支配者だ。


 幾つもの惑星と太陽が所有物だ。


 凄まじい資産価値があるようでも、それだけならば、この宇宙どころか、銀河でもいくらでも転がっている。


 我が所領は金銭不足でテラフォーミング未了であり、臣民は安価なドームの中で密閉されて暮らしている。そのくせどこからか湧いてくる頭数だけはいる人間が10億人だ。人間が一番、価値が安い。


 放っておいたら繁殖してしまった程度だ。


 10億人の文明を養う基盤は、存在しない。


 治安は劣悪、怪しげな連中ばかりときた。


 その筆頭は技術蛮族というまあ原始人だ。


 10億の人民が総犯罪者みたいな惑星だな。


 しかもグレイダム家に騎士は存在しない。


 ここでは、あらゆる資源が不足している。


 グレイダム子爵家の私兵もいるが役にはたたないだろう。あちこちで軍閥しているのが私兵の末路だ。技術蛮族でもある。戦車や宇宙戦艦持ちの蛮族だ。犯罪にも関与している。


 両親は上手く押し付けたな。


 俺の星系は負担でしかない。


 価値なんてものはゼロだな。


 寧ろ宗主の帝国や王国に借金でマイナスだ。


 町を歩けばバラバラにされて喰われそうなほど、ハイテク装備の技術蛮族が跋扈する大陸だらけで、うんざりする。腕が油圧カッターだとか頭が鋼鉄だぞ。


 奪われ続けている。


 俺が、惑星の地表を軌道爆撃して全て焼き払おうかと物騒なことを考えていると、フェアルが口をきいた。


「グレイダム子爵。もし統治にお悩みがあるのであれば、フェアルにはサポートする機能が備わっています。サポートをお望みいたしますか?」


「俺が、口を挟めと命令したか?」


「いえ、お許しを、グレイダム子爵」


「まあいい。悩んでいるのは事実だ。技術蛮族が俺の所有物を好き勝手に横領している。犯罪者だ。盗人だ。皆殺しにしたいが、足りているものが何もない。これでは手も足もでないが、妙案があるなら言ってみろ」


 俺はフェアルを睨みつけた。


 フェアルは無感情の表情だ。


 余計な口は挟まないか……。


「フェアル、命令だ。俺の教育係になれ。それとそこのポンコツと、その仲間連中とデータリンクして、グレイダム領の監視、できれば治安向上を指揮しろ。まずはここ、セントラルハイブの俺の敷地に限定して良い。手荒く取り締まってかまわない。情け容赦はいらない。叛逆者であれば軌道上か神経ガスや核攻撃も許可する」


「かしこまりました、グレイダム子爵」


 さて、忙しくなる。


 久方ぶりの勉強だ。


 くくく、領民には地獄の期間だろうなぁ。


 俺が戻る日には泣いて助けを乞うだろう。

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