公然猥食罪(こうぜんわいしょくざい)

ちびまるフォイ

人前で〇〇しちゃいけない

そこは人もまばらな深夜。


「ふへへ。お、お嬢ちゃん……良いもの見せてあげよう」


「な、なんですか……?」


「これだよ!!」


男はソレをボロンと見せつけた。

それはジューシーな肉を挟み、ふわふわパンのハンバーガー!!


「キャーー!! 公然猥食罪こうぜんわいしょくざいよーー!!」



ー 食事はいやらしい行為です。 ー


ー 日本警察 ー



CMが終わった。


「久しぶりにハンバーガー見たなぁ……」


日本で最後のファーストフードを見たのはいつだったか。

小さい頃に両親に連れて行ってもらった。


昔は普通にハンバーガーやポテトを露出して、

あろうことか人前で口なんかあけて食べていた。すごい時代。


いまや食事は最低限でも家の中で、

食事の音や食器の音すら気を使うほどに神経質。

うっかりお隣さんに音を聞かれたら苦情になってしまう。


「かといって、このサプリメント食も飽きたなぁ……」


家にストックした様々なサプリメント。

焼きそば味から、トリュフ味まで揃っている。


が、カプセルばかりの食事ばかりではりがない。


高い金を払って裏路地にある食俗店しょくぞくてんに行こうか。

いやいや。高すぎる。


大人しく個室ビデオ店にでも入って、

昔の食事シーンがたくさんあるドラマや映画で我慢するか。


「はあ……悶々としてきた……」


咀嚼への欲望が抑えきれず食俗店へと足を運んだ。

告げられたのは無情な言葉。


「すみませんね。うちもう閉店するんです」


「え゛っ」


「食事警察に見つかってしまってね」


「そんな!! それじゃここに展示されてあった

 冷凍食品のガラス窓はもう見られなくなるんですか!?」


「押収されました」


「延々と流される昔の食事のCMは!?」


「それも摘発対象です」


「ここでもう温かいうどんが食べられないんですか!?」


「すするなんてもってのほか、だそうです」


「うそだ……こんなこと……」


ひざから崩れ落ちた。

そのときウェイターがそっと耳打ちした。


「ごひいきにしてくれたお礼にとっておきの情報を教えます」


「とっておき……?」


「この住所に行ってください。合言葉は"我、食の深層を知る者"です」


「はあ……?」


たいして距離が遠くない場所だった。

延々と続くように思える地下の階段を降りると、

分厚そうな扉の前に黒い服のボディーガードが門番のように立っている。


「合言葉は?」


「わ……我、食の深層を知る者」


「通れ」


「は、はい……」


「残したら一生出禁だ」


背中越しに告げられた。

扉の向こうに待っていたのはまさにパラダイスだった。


昔に話しだけは聞いたことがある存在。

その桃源郷はこの地下深くにまだ存在していた。



「ばっ……バイキング・レストランだ……!!」



大きなテーブルには料理がたくさん積まれている。

ドリンクだっていくらでも飲めちゃう。

なんていやらしい。

こんな酒池肉林の宴が現存するなんて。


「もう最高だ!!」


もう辛抱たまらない。

トレーを取って、キラキラと誘惑する食べ物を配膳していく。


「ああ、これも! これも! これも!! 食べたいーー!!」


トレーいっぱいの食べ物を取った食豪が行き交い

ライブキッチンなんていうドスケベなパフォーマンスも始まる。


こんなにも食事をオープンに楽しめる場所があるなんて。


サラダも。

肉も。

パンも。

ごはんも。

寿司も。

焼き肉だって。


取り放題で楽しみ放題。

ドリンクなんて、オレンジジュースとメロンソーダ混ぜちゃう。


「あはははは!! 食事は最高だーー!!」


久しぶりのサプリメント食からの脱却。

トレー山盛りに積んだ食事を飛び散らせながら食べ進めた。


そして、終焉のときを迎えた。



「うぷ……。さすがに……もう食えない……」



料理を取り分けているときはテンションあがって、

あれもこれも食べられるし食べたいと思っていた。


しかしいざ食事を始めてみると食べきれない。

すでに食事を楽しむパートはとうに過ぎていた。


「まだ結構残ってるな……。

 デザートにケーキなんかもってくるんじゃなかった……」


このまま退席しようかと思ったが、

背中越しに告げられたドスのきいた声が蘇る。



"残したら一生出禁だ"



食べ物は残せない。食べるか、出禁か。


これ以上食べたら戻してしまう可能性すらある。

そんな粗相をしたらそれが理由で出禁になるかも。


「ああもうどうすれば……八方塞がりじゃないか……」


お腹が落ち着くまでと思ったがタイムリミット90分はすでに近い。

胃腸薬でも無いかとカバンを漁ったとき。


「こ、これだ!!」


魔法のアイテムを見つけた。

周りの視線が向いてないのを確認し、タッパーのフタを開けた。

食べきれなかった食品をタッパーに詰めた。

テーブルに残されていた料理もきれいになくなった。


「これでよし。あとは帰るだけだ」


次来るときは自分の胃のキャパを考えたうえで料理を取ろう。

固く決意しても、次回には忘れる気がしつつ出口に向かう。


そのとき。

出口のゲートを潜ると赤いランプが点滅した。


《食品ゲート作動。密食みっしょくの持ち込みを確認》


「げっ!?」


出口に待っていた門番の黒服が襲いかかる。


「貴様!! 料理を持ち出したな!!」


「だ、だって食べきれないんですもん!!」


「捕まえろ!!」


「ひいい!!」


人間は追い込まれると信じられない身体能力を発揮する。

黒服をヒラリかわして駅まで猛ダッシュ。

その速度と軽やかな動きは自分でも信じられなかった。


「はぁっ……はぁっ……なんとか逃げ切った……」


電車の外には悔しそうに地団駄する黒服の姿。

しっかり食事できたから逃げ切れたのだろう。


「疲れた……。もうあそこは出禁……だろうな……」


胃の許容量を超える過度な食事。

そして食後の急激な運動。


絵に書いたような非理想的な食後の過ごし方。

疲れと血糖値スパイクと安心が体に襲いかかる。


「はあ……安心したら……なんだか眠く……」


うとうとし始めた。

隣に座っていた人や前に座っている人が蜘蛛の子を散らすように逃げる。

もう眠い……。


少しだけ眠ろう……。

どうせ終点だから寝過ごすことはない……。





「お客さん」


ゆすられて目を開ける。


「ふあ。終点ですか?」


顔を上げると駅員ともうひとり。

警察官が立っていた。


まどろみが一気に消え失せる。

冷や汗が止まらない。


今カバンの中にはバイキングから取ってきた食品がある。


「お客さん、ちょっといいですか?」


「ななななななな……なんでございましょう?」


タッパーを改められたら終わりだ。

こんな公衆の場に食品を持ち込んでいるだけでアウト。


「通報がね、あったんですよ」


「あばばばばばば……」


口がガチガチと震える。

警察がここにいるということは、すでにわかっているのだろう。


「ご自身でなにをしたか? もうおわかりですね?」


その含みある言い方に泡を吹きそうだった。

もう逃げられない。

自白したほうがまだ罪は軽いはずだ。


カバンを開けてタッパーを見せつける。


「ご、ごめんなさい!! これですよね!?

 公然猥食罪で逮捕するなら事情を聞いて下さい!!」


すると警察は目を点にした。




「あいえ、私はあなたが眠る姿を露出したという

 露眠罪ろみんざいの通報をうけてここに来ましたが?」




電車は二重の罪を犯した犯罪者を乗せ、警察署へ向け静かに発車した。

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