第16話 怒りの矛先
「いきなりやらせてもらうよ」
四つある武装の一つを変更して先端を尖らせ、目の前の彼に向かって飛ばす。金属同士が激しくぶつかる音が響いたかと思えば、その先端は四分割して彼の腹部にまとわりついて離れない。
そのまま今度はエンジンを起動して一気に彼を上にあげると、先ほどの何倍もの速度で彼ごと地面に突撃させる。砂埃が舞って一瞬視界が悪くなったと思えば、その中から黒い手がこちらへと伸びてくる。
「なんか見たことあるタイプだね」
四本の手、一本が左脇腹に向かってくるので左手の甲で弾き、僕の胸目掛けて来る二本目の手首を掴んで掌底を放つ。短刀を落としたその手をそのまま奥へと放り投げ、残る二本をそれぞれ足で捌きながら、迫り来る本体へ狙いを定める。
瞬時に先ほど使った装甲を再起動して、彼の背面目掛けて飛ぶように指令を出す。そして、同時にもう一つの装甲にも指令を出してその場で深くしゃがんだ。両方向から挟まれるように二つの突撃を受けた彼は一瞬よろめき、僕はそこを逃さない。フリーな二つのうち一つを僕の右手に装着し、中で必要な圧力を溜め始める。そして、少し横に移動して彼の顔面目掛けて重い拳を叩き込む。会場中に歓声が湧き上がり、懐かしさで思わず口角が上がってしまう。
「やっぱり、戦うのは楽しいねえ」
轟音と共に彼の体は会場の端まで吹き飛び、僕の体も殴った勢いそのままに一回転して地面に背中から着地した。地面に抵抗したような指の跡はないので、純粋に吹き飛ばれされたようだ。右手の排熱が始まり十分の活動休止が通知された。装備を外すとそれは再び宙に浮いたものの、すべての機構を解放して完全な排熱を開始したため、現時点で使用できるのは残り三本になった。
「クソが、調子乗ってんじゃねえよ」
「殴られ慣れてると思ったけど、そうじゃないんだね。じゃあ、なんでそんな下なの?」
「殺してやる!!」
背面の腕を使って立ち上がり、そのまま四本足のようにしてこちらへと迫ってくる。本体にダメージが入れば多少なりとも腕の動きが鈍くなると思っていたが、実際は独立しているかのように動いて、本体を置き去りにしてこちらへと攻撃を繰り出してくる。
わずか数秒の間で分かったことだが、彼はあまり闘いに慣れていない感じがする。さっきの挟み撃ちや顔面への攻撃も、普通は対処できるはずなのにすべて真正面で喰らっている。明らかに普通ではない。
僕自身も色々な戦いを経験しているが、直撃なんてものは絶対にしてはいけないという認識で戦っていた。食らえば勝利は厳しくなる。なのに彼にはその気配すら感じない。
「君って結構丈夫だったりする?」
「知るかばか、さっさとくたばれ」
四本腕は器用にバランスを維持したまま、足や腕など確実に狙って攻撃を続けてくる。だが、当の本人は浮いているだけで着地して戦おうともしないし、足をわざとバタつかせているようにさえ感じてしまう。本体を攻撃したいところだが、装甲はできる限り多い方がいいので冷却の時間稼ぎをしておきたい。
ひたすらに攻撃をいなし続けていると、徐々に腕の動きがおかしくなってきた。先ほどまでは装着している彼の体を一定の向き、頭を上に足を下に、という具合で維持して戦っていたが、向きを無視して腕だけが動きたいように動くようになった。会場の興奮は高まっているようではあるが、僕は少しずつ余計なことを考えるようになってしまっている。
「なんだこれ」
攻撃の手は枷を外したようにいっそう激しくなり、やむを得ず未使用だった装甲を自動運転に切り替えて攻撃をひたすら弾くように命令する。僕は立ち止まって、四方八方から来る攻撃を自動運転で捌いてもらいつつ、この奇妙な現象について考える。
もはや彼の体は完全に無視されているのか、腕は独立した生き物のように動き、そして体を振り子のように揺らして重心移動を行なっている。
ギアが意志を持って動くことはないし、仮に僕が今している自動運転を起動したとしても、こんなに人間を無視した動きはしない。ふと、この間の美由紀との戦いを思い出した。彼女も似たようなギアを使っていたが、腕の本数や細さは違かったし、彼女の命令で動いている感じはした。
「君のギアは大丈夫な代物なの? どう見ても馴染んでるようには見えないんだけど」
彼からの返答はない。一瞬動きが止まったが、数秒もしないうちに再開したと思うと、今度は彼の装甲がゆっくりと薄くなっていき、腹から同じような腕が一本生えてきた。会場は先ほどの興奮から変わって、嫌悪や不安などが徐々に伝播していく。彼の体から生えた腕は、そのまま彼の腕から刀をひったくると、器用に二本を構えて攻撃に参加してくる。
一本増えただけなら、そう思って装甲の仕様を増やさなかったが、徐々に追いやられ始める。明らかに増えた腕が邪魔で、的確にこちらの装甲の弱い部分を攻撃してくる。自動運転に使用していたものは、徐々にその速度と硬度を維持できなくなってきて、次第に僕の体とナイフが少しずつ接触していく。
金属が擦れて火花が散り、わずかながらにメタの総量が落ちる。そして、ついに僕の装甲は地面へ落下して、わずか数秒ではあったがものすごい量の斬撃を浴びてしまった。
「やばいなこれ」
待機させていた装甲を両腕に装着し、面積を広げて盾のようにして自分の体を守る。残っている最後の一本は今もまだ排熱中なので使用できないし、そもそもこの腕につけた二本も先ほどの戦闘で使用しているので、それほど活動できる時間は残っていない。
使用できるメタの総量は七割を切った。六割になればもう一本の装甲を失うので、再びあの斬撃を受けることになる。かなり追い込まれている状況ではあるが、希望もある。彼の体が徐々に見え始めているのだ。排熱中の一本が使えれば問題なく勝利できるはずだが、それまでにこの盾がもつか不安だ。
「……おい、俺はどうなってる」
「は? 君が使ってるんだろ、自分がよく分かってるはずじゃないか」
「何も感じないんだ、何も。何がどうなってるんだ、どうなってんだ。なんか言えよ!」
突然叫び出した彼に呼応するように、彼の体についているメタが彼の頭に集中していく。頭以外をすべてが生身になって曝け出されてしまい、集結したメタが姿を変えてもう一本の腕となって彼の頭から生えている。こんなものはもうギアとも呼べないいし、そもそもこの戦いも下剋上とは呼べなくなった。
ただの化け物との戦い、討伐でしかない。彼のギアは攻撃をやめて体の組成を変化させている。やがて、彼の頭から生えた腕は地面に自身を刺して、それを起点に体を持ち上げてさながら木のような立ち姿へと変貌した。彼の四肢は力無く地面に向かってぶら下がっており、もはや生きているのすら怪しい。
「ねえ、これってこのまま進めていいの?」
『……樺咲くん、続行してください』
聞き慣れない声だったのでコントロールの方を見れば、青と黒が金髪に混ざったロングヘアーの小柄な女性がこちらを見ながらマイクを持っていた。顔立ちやスーツを着ているのを見るに、おそらくはこの学園の先生なのだろうが、初めて見る顔だった。
そして、何より驚いたのはこのまま戦闘の続行を指示されたことだった。はっきり言って、この状況は下剋上が成立しているとは思えないし、何より対戦相手の彼が異形となっている以上、勝敗どころではない。
「見えてますよね、ギアが暴走しているのかわからないですけど、これはもう戦闘不能でいいのではないですか?」
『立花くんは自立型のギアを使用していると連絡が入っています。つまり、この状況では彼の敗北は認められません。戦いを続行してください』
「自立型なんて聞いたことないですけど」
『あなたが不勉強なだけです。とにかく、彼のギアの破壊か戦闘不可能な状態になるまで、下剋上は続いています。もし辞めるのであれば、樺咲くんの敗北として処理します』
どうしてこんな化け物を相手して戦わなければならないのか、不思議でしょうがない。でも、これで確信に変わった。この学園は明らかにおかしくなっている。そして、僕の怒りを向ける矛先は一つじゃないってこともわかった。
永遠の100 @Under_ber
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